葦沢と城戸、夜。
「……あ、もしもし、綴ちゃん、聞こえる?」
「ん。バッチリ聞こえる。」
聞き馴染んだ大好きな声がイヤホン越しに聞こえる。安心感のある、少し低い掠れた声。私の彼女、綴ちゃんの声。
私と綴ちゃんは、夜になるとよく電話をする。
なんとなく、話をしたいと思ったら、とにかくすぐに電話をかける。すると、綴ちゃんはすぐに出てくれる。
寂しい時、眠れない時、嬉しいことがあった時、嫌なことがあった時、とりあえず私は綴ちゃんに電話をかける。
たまに出てくれない事もあるが、大抵はすぐに出てくれる。
こうやってたくさん電話をかけてしまう私は、世間一般的に見れば愛が重い面倒な女だ。
そのくらい私も自覚している。
しかし、綴ちゃんはそんな私の重い愛もしっかり受け止めてくれるから、問題無いのだ。
なんなら、綴ちゃんも私と同じくらい愛が重いし。
「千歳、今日はどうしたの?」
「んー……なんか、急に寂しくなってきちゃって……」
「綴ちゃん今何してる?」
「ゲームしてる」
確かに、イヤホン越しに微かにキーボードをカタカタと触る音が聞こえる。
「あ、邪魔しちゃったかな……ごめん」
「いいよ全然。ちょうどそろそろ千歳の声聞きたかったし」
「……そっかぁ、嬉しい」
綴ちゃんは私との会話では毎回、百点満点の解答を出してくる。
私の気持ちをすぐに察して、私が嫌な気分にならないようにしてくれるばかりか、喜ばせてくれる。
千歳の声聞きたかった、そう言われた途端、私の胸はきゅうっと縮こまるようにときめいた。
ベッドで寝転がりながら電話をしていた私は、手元にあった布団をぎゅっと抱きしめた。そうしないと気が済まなかった。
「で、千歳は何してた?」
「えっと、さっきまでお風呂入ってた。それで、髪乾かしてたら……急に、ちょっと綴ちゃんと話したくなってきちゃって」
「ふふ、そっか。ありがとう」
綴ちゃんはちょっぴり恥ずかしそうに笑った。綴ちゃんは私の前でしかこの笑い方をしない。
「あ、そういえば貸してくれた漫画読んだよ」
「え、ほんと?どうだった?」
ふと、綴ちゃんが貸してくれた漫画の感想をまだ伝えていなかったな、と思い、話題を変える。
すると、綴ちゃんの声色が露骨に嬉しそうになった。普段クールに見える綴ちゃんだが、実際はかなり感情豊かな人だ。声や顔にすぐ感情を出すから、今どんな気分かが分かりやすい。
電話越しでも伝わるくらい分かりやすい。そういうところが可愛い。
「すっごい面白かった!」
「でしょ〜?!」
「今回もすっごい私の好みだった……綴ちゃんの勧めてくれる作品全部超好き!」
「もう千歳の趣味はだいたい分かってきたかも」
「綴ちゃん、もはや私よりも私の事詳しいよね……」
「千歳の家族とも張り合えるくらい千歳には詳しくなってきたかな」
「ふふ、そうかも」
綴ちゃんの言ったとおり、本当に綴ちゃんは私について詳しい。私が自分で気づいていないような事に綴ちゃんは気づいてくれる。
笑う時前のめりになる癖とか、眉毛に感情が出やすいこととか、首の後ろにホクロがあるのととか、そういうことは綴ちゃんから教えて貰ってはじめて知った。
なんだかちょっと恥ずかしいような、嬉しいような。
「あっ、来た」
突然、綴ちゃんが声を上げた。
「どうしたの?」
「今やってたゲームで欲しかったレアアイテムようやく取れたの……嬉し〜」
「あっ、そうなんだ。おめでとう!」
綴ちゃんは私の全然知らないゲームをめちゃくちゃやっている。
大体は私には難しすぎるものだ。難解なストーリー、シビアな世界観、高すぎる難易度。とにかく、綴ちゃんと付き合うまでほとんどゲームをしてこなかった私には、手の出しようがないものばかりだ。
でも、綴ちゃんは私でも楽しめるようなゲームも沢山知っていて、頼むとすぐにオススメのものを教えてくれる。
そのせいで、今では私もすっかりゲームをするのが好きになってしまった。
綴ちゃんの影響で始めた趣味は他にも沢山ある。私は綴ちゃんに趣味さえも掌握されてしまっているのだ。
「一段落ついたし今日はもうやめよ……」
「お疲れ様〜」
私は抱きしめた布団を優しく撫でる。綴ちゃんの代わりに。そうすると落ち着く。
電話越し、ベッドに倒れ込むような、もさっとした音が聞こえる。
「はぁ…………千歳?」
「なに?」
「……好き」
突拍子もなく好きと言われ、一瞬驚く。私の方から好きと言うことはたくさんあるが、綴ちゃんから好きと言われるのは中々珍しかったからだ。
「珍しいね、綴ちゃんの方からって……」
「いいじゃん別に。言ってみたくなっただけ」
「ふーん……綴ちゃん可愛い」
「んぇ……そ、そんなことないって……。千歳と比べたら」
綴ちゃんは、たまに可愛いと言ってあげるとしっかり照れる。可愛い。
そんな会話をしていると、なんだかかえって寂しくなってきた。
「はぁ……会いたいなぁ」
「私も」
「今から会う?」
「ふふ、もう十時過ぎだから無理だよ」
「そっかぁ」
もし二人で一緒に住めたら、こうして一人で寂しくなる事もないんだろうか、なんて考えてしまう。
「あ、そういえば昨日千歳がくれたジャージあるじゃん」
「……何に使うの」
「いやぁ、ちょっと千歳が恋しくなってきたから……嗅ぎたいなぁ、と」
「もー……私が相手だからいいけど、他の人にそれやったら引かれると思うよ?」
「千歳以外にはやんないから大丈夫」
がさごそと何か探すような音が聞こえ、その後、すぅ、と綴ちゃんの息を吸う音が聞こえた。
電話越しでも、普通に恥ずかしい。
「はぁ……まだ千歳の匂い結構残ってる……」
「臭かったりしない?大丈夫?」
「全っ然大丈夫。花畑みたいな匂いしかしないから」
綴ちゃんの鼻がおかしいだけなんじゃないかと思ったけど、口には出さなかった。
電話口からはしきりに、すぅ、はぁ、と息の音が聞こえる。
「綴ちゃん、流石にそんなに吸われたら恥ずかしいよ……」
「でも嫌じゃないんでしょ?」
「……ずるいなぁ」
私は嫌じゃないんでしょと聞かれても全く否定できなかった。
恥ずかしくはあるが、その羞恥心さえ甘く心地いいものに思えてしまう。
そして、私がそう思っているというのが綴ちゃんにバレているという事実さえ、ある種気持ちいい物のように思えた。
「今日もう千歳のジャージと寝よっかな〜」
「えー、私も綴ちゃんと寝たいー」
「なに千歳。ジャージに嫉妬してるの?」
「……うん」
「……今日さ、このまま電話繋いだまま寝る?」
「……!いいの?」
綴ちゃんからの突然の誘い。胸が昂らないはずがない。
私はぎゅう、と布団を抱きしめる。
「あんまりはしゃがないでよ?寝れなくなっちゃうから……」
「ん、ほどほどにするね」
私は内心はしゃぎながらも、それを外に出さないよう気を配りながら返事した。
その後、しばらく話して、寝る支度をして、いつもより早くベッドに入った。
「なんだかんだ、一緒に寝るの初めてだね〜」
「電話越しだけど、ね」
「いいのいいの……そうだ!今度うち泊まりに来ない?」
「いいね。行こうかな……」
「来て来て!」
また楽しみな事が一つ増えてしまった。幸せだ。
「そうだ。千歳、子守唄歌ってよ。めっちゃ寝れるかも」
「えぇ?私やったことないよ?」
「いいのいいの。千歳の声ならなんでも心地いいし」
「……じゃあ、ちょっとだけだよ?」
私は小さな声で、母親から幼少期に聞かされたのを真似して――まあ、ほとんど覚えてないから大半はアドリブで――子守唄を歌った。
「千歳、相変わらず歌上手いね……」
子守唄を口ずさみながら、私はにやけた。
歌には自信がある。特に誰かから習ったということは無いが、独学で結構しっかり練習した事があるのだ。
また、子供の頃からずっとフルートを習っているのもあり、音感も人並み以上にある。
綴ちゃんも、カラオケとかで私の声を聞く度に喜んでくれて、その度に誇らしい。
もっと綴ちゃんを喜ばせよう、安らぎを与えてあげようと、夢中になって歌っているうち、寝息が聞こえてきた。
「あれ、寝ちゃった……。疲れてたのかな?」
私は優しく布団を抱きしめ、撫でる。
イヤホンから聞こえる寝息のリズムが気持ちよくて、私の呼吸のリズムも次第にそのリズムに同調していった。
綴ちゃんと混ざるような感触。気持ちがいい。
ふわぁ、と大きな欠伸が出た。
やたらと眠くなってきた。もう少し綴ちゃんの寝息を聞いていたかったが、諦めて私は目を閉じた。




