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2/15

葦沢と城戸、放課後。Ⅱ




 そうして焼き芋を食べ終えると、私たちは再び線路沿いに戻り、次の駅を目指して歩き出した。

 千歳は相変わらず私の左腕に引っ付いているが、先程よりちょっと抱く力が強くなっているような気がする。


 そうして特に代わり映えもしない、人気のあまりない小道を歩いていると、


「あっ、猫だ」

「ほんとだ。猫だ」


 少し先、十メートルほど先の道のど真ん中に猫が現れた。

 普通の野良猫って感じの模様。キジトラっていうんだっけ?


「猫ちゃん、こっちおいで〜」


 千歳が私から腕を離して屈みこみ、猫の方に向かって手招きする。


 猫はこちらを見てはいるものの、姿勢を屈めて警戒している様子だ。


 私も猫に威圧感を与えないように千歳に合わせて屈んだが、猫は全く寄ってこない。


「どうしよう……こっちから近付いたら怖がらせちゃうよね……」

「あ、これ使ってみる?」


 私は先程食べていた焼き芋の包み紙を取り出し、猫の方へ向けてパタパタと振る。


 すると、動くものに興味を示したのか猫がゆっくりこちらへ寄ってきた。


「綴ちゃんすごーい」

「もっと褒めて」

「綴ちゃんかっこいい、偉い、天才、可愛い」

「でしょ〜?」


 包み紙を振りながらそんなふうに千歳とじゃれているうちに、猫はいつの間にか私たちの近くまで来ていた。

 私は包み紙を懐にしまう。


 恐る恐る千歳が猫の方にゆっくりと手を伸ばす。


「ほら、猫ちゃん、怖くないよ〜」


 すると、猫はスリスリと自分から千歳の手に身体を寄せてきた。

 千歳の手はそれに返答するように猫の身体を撫でた。


 野良猫をこんなに簡単に手懐けるとは。

 やっぱり、野良猫からしても千歳の手は魅力的なのだろうか。


「私結構動物に好かれやすいんだよね……」

「すごいね」

「もっと褒めて〜?」

「可愛い、一緒にいると落ち着く、いい匂いする」

「ちょ、言い過ぎ……」


 自分で褒めてとか言ったくせに褒めるとしっかり照れる。可愛い。


 さて、猫の方はというと、千歳の手に優しく撫でられ、嬉しそうにしている。


「この子可愛いなぁ。かなり人馴れしてる」

「ふーん」


 千歳は嬉しそうにニコニコ笑いながら、両手を使って猫と戯れている。

 真っ先に猫が羨ましいと思った。


 私も触ってみようかと手を伸ばすと、猫は後退って千歳の後ろに隠れてしまった。


「避けられた」

「避けられちゃったね」


 猫は警戒したような顔をしていたが、千歳に後ろ手で撫でられるとまた心地良さそうな表情に戻った。


「ほら、猫ちゃん、綴ちゃんにも撫でさせてあげて」


 千歳が猫をこちら側へ誘導してくれた。

 私はそれを撫でようと手を伸ばしたが、すぐに猫は千歳の後ろに引っ込んでしまった。


 なんだか腹が立ってきた。

 この猫が私に撫でられる事を許さなかったのに怒っている訳ではない。

 私には素っ気ない態度をとっている癖に、千歳には恥もへったくれもなく甘えているその姿が気に食わないのだ。

 千歳の優しさを利用している感じがして不快なのだ。


 要するに、態度の悪い泥棒猫に千歳を盗られて腹が立った。

 私にとってこの猫は、文字通り泥棒猫だった。

 撫でられて気持ちよさそうにしているこの泥棒猫の表情は私を馬鹿にしているようにさえ見えてきた。


「千歳、そろそろ行こ」

「待って、もうちょっとだけ撫でさせてっ……」


 私が呼びかけても、千歳は夢中になって猫を撫でたままでいる。


 私の不満感は千歳の方にも向いてきた。

 なに私という彼女がいながらそれをほっぽり出して猫にかまけているんだ。

 猫撫でてる暇あったら私撫でろよ。


 そうしてとっとと千歳をこの猫から取り返さないとという焦燥感に駆られた私は、ついに奇行に及んでしまった。


「千歳」


 私は千歳の袖を引き、ぐっと頭を突き出した。

 猫なんかより私を撫でろというアピールである。私が愚かなのは分かっている。しかし、咄嗟に他の方法も思いつかなかった。


 千歳は猫を撫でる手を止める。

 一瞬驚いたように目を見開いたのち、ニマァと恍惚とした笑みを浮かべた。


「……可愛い」


 千歳の手が私の顎の下を優しく撫でる。

 猫から千歳を取り戻したという達成感と、千歳に触れられる事への純粋な喜びで、身体が満足感で満ちていく。


 自分が本当に情けない事をしている自覚はもちろんあったのだが、それはそれとして、とにかく千歳を取り返したかった。

 仕方なかったのだ。


「綴ちゃん、もしかして猫相手に嫉妬しちゃったの?」


 千歳がニタニタ笑いながら意地の悪い質問をする。

 どうせ私の気持ちなんて分かってる癖に。


「別にそういうのじゃないから……私も撫でられたいなーって、ちょっと、思っただけ」


 認めるのもみっともないので反論するが、それはそれとしてキモいな。

 猫が撫でられてるのを見て、そうだ、私も撫でられよう。と思うのは超キモい。

 いや、でも猫に嫉妬する方がキモいか。


「そっかぁ」


 しかし、そんな私のキモさも千歳は受け止めてくれるのだ。

 千歳は私を抱きしめるようにして、後頭部や背中をわしゃわしゃ撫でた。


 私は心地良さに目を瞑る。

 もう尊厳なんて無くなってもいいや。私は千歳の手にされるがままになってしまった。


 猫は完全に千歳から放置されて、「なんだコイツらは」というような表情でこちらを凝視していた。

 突然人間が尊厳を全部捨てるのを目の前で見たら、そりゃ猫でも驚く。


 住宅街のど真ん中で、かがみ込んで頭を撫でている女子高生と、頭を撫でられている女子高生、そしてそれを凝視する猫。

 傍から見たら異様な光景だ。


「えっ」


 そこに通行人が通ってしまった。

 そりゃそうだ。ここは公道だ。人くらい通る。

 その人は驚いたような表情をして声をあげた。


「ちょ、千歳、行こう」

「あっ……うん……」


 私はすぐに正気に戻り、千歳の手を引き早足にその場を去った。


 千歳は心なしか名残惜しそうに見えたが、気のせいだろうか。


 猫はこちらを数度振り返りながら、路地裏へと消えていった。




 そのまま暫く歩くと、次の駅に着いた。


「この駅こんな感じなんだ……」

「なんだかんだ降りたことないなぁ」

「私も降りたことない」


 普段は電車の窓から見ているが、実際に立ち寄るのは初めての駅。

 一個手前の駅とは違い、あまり賑わっている様子も無く、少し寂れた印象を受ける。

 しかし、こじんまりとして温かみのある雰囲気も同時に感じた。


「ここ、なんか良いね?」

「あ、私も今同じこと考えてた」


 私はスマホのカメラを起動し、その風景を写真に収める。

 

改築工事が入ってもいいくらいガタがきているこの駅前の風景は、いつ変わってしまってもおかしくなかった。


 私はそれを写真として残しておきたかった。

 いや、残しておかないと気が済まなかったと言うべきだろう。

 私はいつもこうなのだ。度々、発作のように写真を撮らないと気が済まなくなる。


「よっ」

「ちょ、千歳!」


 写真を何枚か撮っていると、千歳が飛び跳ねて写真に写りこもうとしてきた。


 手元がブレて変な写真が撮れてしまった。


「私も撮って撮って〜」

「もー、しょうがないな……」


 線路沿いの金網を背景にして、千歳が全身を使って色んなポーズをとる。


 私は千歳の写真を撮るのも好きだ。

 千歳にも、変わらないでいて欲しい。今があまりにも幸せで、今の千歳があまりにも好きなので、そのままでいて欲しいと思うのだ。


 しかし、千歳の写真を撮っていると、ふと、何か罪悪感のようなものを感じる時がある。

 変わらないでいて欲しいという願いは、ひとりよがりなのではないか。

 千歳に成長しないでくれと懇願しているようなものなのではないか。


「どう?いいの撮れた?」

「撮れたよ」

「じゃあ、寂しい時はそれ見て元気出してね」


 千歳は私のそんな気持ちも知らずにニコニコ無邪気に笑っている。


 私もつい釣られて頬が弛緩する。


 なんか切ない。


「お、いいの撮れた!」

「えっ、私今撮られた?」


 撮った千歳の写真を確認していると、突然横からシャッター音が鳴った。

 今度は千歳に撮られてしまった。


「綴ちゃんのかっこいい横顔、撮れちゃった〜」

「もー、やめてよー」


 気分がほぐれる。

 写真ごときでそんな憂鬱になることもないか、と、千歳の笑顔を見ていると思える。


「そろそろ、次の駅向かおうか」

「はーい」


 歩き出す私の左腕に、また千歳が絡みついてくる。

 幸せだ。私は。




 さて、この楽しい散歩デートも次の駅についてしまえば終わりだ。

 二人でのどかな町の中を歩きながら、私はなんだか寂しくなってきた。


「あー、ずっとこうしてたい」

「私も」


 自然と歩みが遅くなり、口数も減る。

 毎週こうだ。お別れの時間が近づくと寂しい。


 しかし、これはこれで快いのだ。

 今日はもうお別れだけど、来週も会えるよね、という合意が千歳と沈黙の間で交わされているという事実が、心地よくて堪らないのだ。

 それと、その沈黙の心地よさを千歳と共有しているというのも、また気分がいい。


「……あれ、雨かな?」

「ほんとだ」


 歩いてるうちに、突然、雨が降ってきた。


「あ、私傘ないや」

「私折り畳み傘持ってるから、一緒に入ろ」

「ふふ、相合傘だ」


 私は鞄の中に手を突っ込み、傘を探す。

 筆箱の下、ぐちゃぐちゃになったプリントの上に折り畳み傘の感触を見つけ、引っ張りあげる。


 雨が少しずつ強くなっている。

 私は半ば焦りながら傘を開きながら、天高く掲げた。

 しかし――


「えっ、何これ、めっちゃ壊れてる」

「あはは、すごい壊れ方してる」


 開いた傘は骨がズタズタに折れていて、もはや傘と呼べるような状態ではなかった。

 辛うじて、雨水は防げるようになってはいたが、防げる面積が小さい。左半分はまだどうにか雨水を防げるが、右半分はもう骨だけ。


 そういえば、この前の大雨だった日に強風でぶっ壊してしまったのを思い出した。

 くそ、新しいのを買うタイミングを逃して今日まで来てしまった。


 こんな状況でも、千歳は呑気に笑っているというか、大笑いしている。

 自信満々にズタズタの傘を取り出した私が余程面白かったのだろう。


「もー、笑うなー」

「あっはは、これじゃもっとくっ付かないと濡れちゃうね?」


 千歳がさらに距離を寄せ、全身をぴったり密着させてくる。暖かい体温。心音が腕に伝わってくる。

 くっ付いたところでこんなボロボロの傘では殆ど雨は防げていない。


 千歳は、私が何か失敗をしたとしても、楽観的に捉えて笑ってくれる。

 こうやって明るく振舞ってくれて、私はいつも助けられている。


「雨強くなってきたね……綴ちゃん、走ろう」

「えっ、ちょ!」


 千歳はニヤニヤ笑いながら私をほとんど抱えるみたいにして走った。

 私もそれに置いていかれないよう走った。


「危ないよ千歳……っはぁ……こんなくっついて走ったら……はぁ、はぁ、転んじゃう」

「転ぶ時は一緒に転ぼうねっ!」

「そもそも転ばないようにっ……しようよ」


 私は息を切らしながら走る。千歳も疲れてきている。

 二人とも運動ができないから、二人とも体力がない。傍からみたら酷い有様だろう。

 ボロボロの傘を抱えて、くっついて二人三脚みたいに醜いフォームで雨の中を走る二人の女子高生。

 滑稽だ。


 どんどん身体が濡れていく。雨水が上着を貫通してシャツが濡れ、ひんやりとした感触が襲ってきた。

 辛うじて頭は守ったが、右肩はもうびちゃびちゃだし、そこから背中にかけてシャツが背中にへばりついていて気持ちが悪い。

 千歳を濡らさないよう、私は傘の位置を調節するが、こんなボロボロの傘で護れるわけもない。どんどん千歳も濡れていく。


「っはぁ……綴ちゃ、ここ、見覚えある!」

「ほんとだ……はあ、はあ、駅まであとちょっとだね」


 走っていくうちに、見慣れた景色。

 ついに、目的地の駅のあたりまで私たちはたどり着いた。

 私も千歳も完全に息切れしている。


「一旦、あそこの……高架下で、休もう」

「そうだね」


 どうにか雨宿りできる場所を見つけて一安心。私はくたくたになりながら高架下へ駆け込む。

 私は安堵感と疲労から、柱に背中を預けそのまましゃがみ込んだ。

 雨水で濡れた背中がひんやりして超気持ち悪い。


「はー、かなり濡れちゃった」

「う……ごめん……」

「あ、いや、責めるつもりは全然無いよ。私傘持って無かったから、綴ちゃんがいなかったらもっと濡れてただろうし」

「……優しいね、千歳」

「いやいや、そんなぁ」


 千歳がニマニマ笑いながら濡れた上着を脱ぎぱたぱた振って乾かす。このちょっとぎこちない笑顔が私は大好きだ。

 私も立ち上がり、びちゃびちゃになった上着を脱ぐ。


「っくしゅ……寒〜、綴ちゃん、あっためて〜」

「これじゃ余計に冷えない?」


 上着を脱いだのもあり、冷えてきた。千歳もくしゃみをしている。

 千歳が私にくっつき、前方から抱きついてくる。


 濡れた衣服のひんやりとした感触ののち、千歳の体温がじんわり伝わってきた。

 私は心地よくて、ついつい抱き返し、優しく頭を撫でる。


「ぁ……綴ちゃんに頭撫でられるの好き……」

「私も千歳の頭撫でるの好きー」


 千歳は甘え上手だ。

 こういう事をしてあげると喜ぶし、しかも、して欲しい事もちゃんと伝えてくれる。

 だから私もついつい甘やかしてしまう。


「綴ちゃん、好きー」

「はいはい、知ってる知ってる。私も好きだよ」


 好きと言われるのも毎日のことなので軽くあしらうが、内心ではかなりいい気分になっている。

 千歳から好きと言われる度に、胸の奥からなにか感情が込み上げてくる。

 これがなんという感情なのか私はよく知らないが、とにかく、千歳から好きと言われると何か、心地のよい感情がこうして湧き上がってくる感触があるのだ。


「あ、雨やんできたね」

「ほんとだ」


 千歳が露骨に寂しそうに言う。私だって寂しい。ずっとここで雨宿りしていたかった。


「ほら、行こ、千歳。早く帰んないと風邪ひいちゃうから」

「分かった」


 私が千歳を引っ張って歩き出すと、千歳は後ろから抱きついて、私の背中に顔を埋めながらついてきた。

 まだ私の事を抱きしめていたいようだ。


「ほら、千歳、駅着いたよ。帰るよ」

「……分かった」


 駅につくと、千歳は名残惜しそうに私に抱きつくのをやめた。

 私たちは別の電車に乗って帰るので、ここでお別れだ。


「なに、寂しいの?」

「寂しい」

「じゃ帰ったら電話しよ」

「……うん」


 それでどうにか妥協できたのか、千歳は一度大きく深呼吸をすると「また明日」と一言言って駅の改札へ向かっていった。

 私も微笑みながら「じゃ、また明日」と返す。


 一人になった。

 私はふぅ、とため息をつき、とぼとぼと帰路についた。


 電車の中、ふと、千歳の写真を撮ったのを思い出し、写真フォルダを開く。

 そこには、私の大好きな笑顔を浮かべる千歳の姿があった。

 再び私の表情は微笑に変わった。





ここまで読んでくださりありがとうございました。

今後もこういう短めのエピソードをあげていく予定ですのでよろしくお願いします。


他の長編を書く傍らで書き進めているので、不定期更新になります。今回のお話を気に入ってくださった方は、是非ブックマークしてお待ちください。

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