葦沢と城戸、放課後。I
「お待たせ、千歳」
「あ、来た。早く行こ!」
校門を出るや否や私の事を待っていたのは、長い髪で姿勢のいい、私より少し背の低い美少女。名前は城戸千歳。まあ、私――葦沢綴の彼女だ。
千歳は歩く私の左腕にがっしりとしがみつき、腕を組んできた。
自然と頬が緩むのを感じる。至福の時だ。
校門で集合して放課後デートに行く。これが私たちの毎週木曜日の習慣になっていた。
他の日はどっちかが部活だったり、千歳が習い事だったりで放課後は会える時間がないのだ。
これが、私にとって週で一番の楽しみと言っても過言では無かった。
しかし、毎週デートに行くとなると、問題点も発生する。例えば――
「今日どこ行く?」
「……渋谷、とか?」
「んぁー……流石にちょっと飽きちゃったかも」
流石に行き先が無くなってくるのだ。
放課後に学生がデートに行ける場所なんて限られている。いつの間にか学校の近場でデートスポットと言われるような場所はほとんど周りきってしまった。
別に千歳となら同じ場所に何度行ったって楽しいのだが、それはそれとして同じ場所に行き続けるというのもなんだか味気ない。
さて、どこへ行こう。私がうーん、と声を出して唸りながら歩いていると
「いっそ何もせず散歩する?綴ちゃんと一緒ならそういうのも楽しいかも」
と千歳が提案した。
「あー、逆にアリかもね?でもどこ歩くの」
「とりあえず線路沿い、とか?」
「じゃあそうしよう。三駅歩こうか。乗り換えしやすいし」
「そうだね」
私たちはもはや二人で一緒にいられるならなんでも良かった。
お互い行き先なんて瑣末な問題だと思っていたせいで、線路沿いを歩くだけのデートが始まる事になってしまった。
「それじゃ、ここ曲がって行こうか」
「うん、分かった」
普段使っている学校の最寄り駅の前を左折する。私たちと同じ制服を着た生徒たちが駅になだれ込んで行く中、私たちはその流れから外れていく。なんだか面白い。
「普段来ない道なだけに結構特別感あるね」
「そうだねぇ」
千歳は見るからにワクワクしている様子だ。
今にもスキップでもし始めそうな軽い足取りで、アスファルトの上を闊歩している。
これは今日に限った事ではない。千歳はどこか行ったことの無いところに行く度、毎回こんな様子だ。
こっちまで気分が良くなってくる。木曜日までの疲れが吹き飛んでいくのを感じる。千歳を見るのはもはや健康にも良いような気がする。
三月。気温は歩くのにちょうど良く、僅かに春の気配がする。天気は快晴。時々鳥の声が聞こえて快い気持ちになる。
そんな中を歩くのは中々気分が良かった。
「今日ちょうどいい気温だね」
「そうだね〜。はー、気持ちいい風」
風が吹く度に気持ち良さそうに千歳は目を細めた。可愛い。
「でも花粉症がなぁ……」
「あー、千歳今年入ってから急に花粉症なったよね?」
「うん……こんな辛いんだねぇ、これ」
「私もいつかなるのかな。怖……」
千歳は会話中にも度々鼻をすすっている。失礼かもしれないが、ちょっと可愛いなと思ってしまう。
そんな他愛もない会話を繰り広げながら歩いていると、目の前に公園が見えてきた。
「あ、公園!入ろ入ろ!」
「ふふ、急ぎすぎ〜」
駆け出す千歳に引っ張られるような形で、公園の中へ走り込む。
そんなに広くはない。住宅街の一角にある公園。ブランコと滑り台、それとよく分からないモニュメントだけがある。
「私ブランコ乗ってくるね!」
「あっ、ちょ、千歳?」
私から手を離し、千歳がブランコの方へ駆け出す。
私と腕組んでたのを解いてまでブランコに乗りたいのか。私はなんだか悔しくなった。ブランコごときに負けた感じがした。
「綴ちゃん、後ろ押して貰える?」
「はいはい、仰せのままに〜」
ブランコに座った千歳の後ろに回り込み、背中に手を置く。
ちょっと肩甲骨の感触が手に当たる。痩せすぎだな、もっとご飯食べろよ、と思いながら私は勢いよく背中を押した。
千歳は脚を伸ばしたり折り畳んだりしながら、楽しそうに、子供のように笑っている。
恋人同士というよりは、親子とか姉妹とか、そういうのに近い感覚がする。
無邪気で純粋で可愛い子だなぁと、改めてこの声を聞くと実感する。
「綴ちゃん、押すの上手いね」
「上手いとか無いでしょあんまり」
「んーん、上手いよ。受け止め方とか、すごい優しくて、安心できる」
ブランコの鎖をしっかり握りながら、私の方を向いて千歳は微笑む。
千歳は人を褒めるのが上手い。ポジティブで、まっすぐで、綺麗だから、人のいい所をすぐに見つけられるのだ。
私はそうやって千歳に褒められるのが好きだ。
千歳は私のところから離れたり、戻ってきたりを繰り返す。
近づくたびに、ほんのり、千歳の香りが漂ってくる。
私は千歳の匂いが大好きだ。はっきり言って匂いフェチだ。そのため、もっとしっかり千歳の匂いを嗅ぎたいという気分になってきた。
「えい」
「ひっ……つ、綴ちゃん?」
「いや、ごめん、ちょっと抱きしめたくなってしまって」
私はつい、こちらに戻ってきた千歳をブランコごと抱きとめてしまった。
そして、千歳にバレないように、こっそりその頭頂部に顔を近づけ、息を吸う。
いつも通りの千歳の素朴ないい匂いがする。
「……綴ちゃん、頭嗅いでるでしょ。気付いてるからね」
「あ、バレた?」
千歳は気まずそうに頬を赤らめながら言った。
私は誤魔化すようにしてまた千歳の背中を押した。
「もー、綴ちゃん?勝手に匂い嗅ぐの恥ずかしいからやめてっていつも言ってるでしょ……?」
「はーい、今度から許可とります」
私は言葉だけで反省を見せた。
そのままブランコをただ漕いでいるだけの時間が続き暫くすると、
「綴ちゃんも乗る?」
と千歳が提案してきた。
「ん、じゃあ、乗ろっかな」
「今度は私が押してあげるね……とぅっ!」
私が隣のブランコに腰掛けると、千歳はブランコから飛び降りた。
「ちょ、千歳、飛び降りたら危ない!」
「大丈夫だよ、このくらいの高さなら。綴ちゃん、私の事心配しすぎ。そんな子供じゃないんだよ?」
千歳に注意され、ちょっと反省する。
私は度々千歳を子供扱いしすぎな節があるかもしれない。
子供みたいに可愛いけど、実際は私と同い年の同級生なのだ。そういう扱いは本来失礼だろう。
「あはは、お尻に砂付いちゃった」
いや、失礼でも無いな。
スカートについた砂埃を払い落としている千歳の様子を見ると、やっぱり子供扱いされて然るべき可愛い奴だなと思った。
「じゃ、押すねー。私上手いよ?」
「だから上手いとかないでしょあんまり」
千歳に背中を押される。
ちっちゃい手。しかし、私が後ろに下がる度にしっかり包み込むように受け止めてくれる。
そうされているうちに、ブランコを押すのが上手いという言葉の意味をなんとなく理解してきた。
なるほど、この安心感か。
「ブランコ押すの上手いってこういう事か」
「えへへ、分かったでしょ?誰にでもできるもんじゃないんだよなー、これが」
千歳が自慢げに笑う。
ブランコから地面は結構近くて、脚をしっかり折りたたまないとつま先が擦れてしまう。
大人になったな、と感じる。
先程の千歳のブランコの漕ぎ方は、身体が大きくなったのを感じさせないような、子供がするような自然な漕ぎ方だった。
私は千歳のように上手くは漕げないな。
そういう事を考えながらブランコを漕いでいたが、ふと我に返る。
「……てか、まだ一駅分も歩いてないのに公園でこんなに時間とってて大丈夫かな」
「確かに。そろそろ出た方がいいかもね?」
千歳が私の背中を押すのをやめた。
「とぅ……痛っ!」
「つ、綴ちゃん?!大丈夫?」
ブランコから飛び降りると、着地をミスり足を捻った挙句、後ろから戻ってきた座板が太腿に直撃。私は痛みに声をあげた。
「痛くなかった?大丈夫?」
「っ〜!……だ、大丈夫」
太腿を抑えながらスカートについた砂を払い落としていると、千歳は優しく背中を撫でてくれた。
眉尻が下がり、千歳は本当に心配しているとでも言いたげな顔をしていた。
さっきまで私が千歳の事を子供扱いしてたのに、今度は私が子供みたいだ。
なんだか情けなくなったので、痛みを堪えてすぐに背筋を正した。
そうして私たちは公園を後にして線路沿いの道へと戻った。
「そういえばさ、綴ちゃんが買ってくれたこのネックレス、今日八宮さんに褒められた」
「へー、良かった。やっぱ似合ってるよね、それ」
千歳は二週間前に買ってあげたネックレスを、それ以降毎日付けてきてくれている。
私が何かプレゼントをする度にこれだから、かなりプレゼントする甲斐がある。
付き合いたての頃に冗談で変なTシャツをプレゼントしたら、休日のデートの時に本当に着てきてしまってちょっと困った事もある。
それ以降、渡すプレゼントはしっかりとした、質のいい物を選ぶようにしている。
そんないつものような会話をしていると、見慣れた隣駅の前の広場に出た。
「あー、ここに繋がってるんだ」
「急に日常に戻った感じするね」
隣駅にはカラオケやらゲーセンやらがあるので、度々二人で来る。
定期の圏内だからいつも電車で来ており、歩いてここに来ることは無かったぶん、新鮮だ。
「学校とここの広場って、同じ世界にあるんだなぁ」
「確かに。なんか地続きなイメージ無かったね」
私にとって、この広場は電車を降りた先にある場所で、学校から歩いて行く場所という印象は全くなかった。
学校から歩いて行くことができる地続きの空間だと頭では分かっていても、今まで全くそういう印象は無かった。なんだか面白い。
「あ、綴ちゃん、焼き芋売ってる!」
千歳の指さす方を見ると、このご時世あまり見ない石焼き芋の移動販売車があった。
「あ、ほんとだ」
「食べよ食べよ!せっかくの機会だし」
「まあ、そうだね。食べようか」
なんだかんだ実物を見るのは初めてだったし、今後もまた出会える保証はない。
せっかくなら食べておこうと、私は千歳に同意した。
「私あんまりお腹空いてないから一個にしよ」
「ん、分かった!」
私はあまり食欲が無かったので、二人で一個の焼き芋を買って食べた。
私が焼き芋を半分に割って渡すと、千歳は嬉しそうにそれを受け取る。
割り勘は面倒なので私が払った。この前千歳がクレープを奢ってくれた分のお返しだ。
「あつっ……」
「千歳大丈夫?火傷してない?」
「んー……多分大丈夫」
千歳は猫舌だ。猫舌というか、食べるのが下手というか。
今だって、焼きたての芋に躊躇いもなくかぶりつこうとし、ダメージを喰らっている。
千歳は焼き芋が熱くて触れないのか、交互に焼き芋を持つ手を入れ替えながら、ふぅ、ふぅ、と何度も焼き芋に息を吹きかけている。
そういう不器用なところも可愛らしく見えてしまう私は、千歳の事を盲目に愛しすぎているだろうか?
「綴ちゃん、食べないの?」
うっかりしていた。千歳の事ばっか見てて、自分は焼き芋を全く食べていなかった。
「え、あ、ごめん、見とれてた」
「……っ、あ、うん」
焦って変な返事をしたら、なんか気まずい感じになってしまった。
歯の浮くような発言をしてしまい、恥ずかしく千歳の方から目を背けながら焼き芋を食べる。ちょっと熱い。
ふと千歳の方に目をやると、千歳はこちらに顔を向け、じっくり私の方を見ていた。
なんとなく、どうしてかは分からないが、ここで照れてまた目を逸らしたら負けな気がして、千歳の瞳を私は眺め続けた。
数秒、両者焼き芋も食べずに睨み合いを続けたのち、先に千歳が目を逸らした。
「見つめ返してやろうと思ったのに……綴ちゃんには敵わないな」
千歳が悔しそうに、また恥ずかしそうにそう漏らした。
本当に可愛い奴だ。




