葦沢と城戸、惚気話。
「浅羽、帰ろ」
「んー」
ある金曜日の放課後。終礼が終わるとすぐに、私は二つ隣の席に座っている背の低いショートボブの少女――浅羽に声をかけた。
金曜日は千歳が部活で遅いので、私は浅羽と二人で下校する事にしていた。
浅羽は私の友達である。
中一の時からの付き合いで、だいぶ仲がいい。趣味が合うし、ノリも合うし、笑いのツボもだいたい同じ。一緒にいて気が楽な相手だ。
私にとって千歳が一番大切であるように、浅羽も私以外にもっと仲のいい友達がいる。
それ故に、私たちはお互いを二、三番目くらいに仲の良い人くらいに思っているのだ。
だがその一方で、私が一番素の自分でいられる相手は浅羽だなと思っているし、浅羽も私の事をそう思っている。多分。
まあ要するに、一緒に馬鹿やれる程々にいい友人って事だ。
そんな浅羽と二人で家に帰りながらの事。
「てか聞いてよ浅羽ぁ〜。今日千歳がマジで可愛くてさぁ……」
「毎日言うじゃんそれ……で、何があったの?聞かせてよ」
私はいつものように、千歳との惚気話を浅羽に持ちかけた。
浅羽は呆れたように失笑しながらも、前のめりに尋ねてきた。
浅羽は私の良き理解者だった。
私の千歳への強い感情にドン引きしながらもいつも惚気話や相談を聞いてくれるのだ。
私は素直に今日あったことを話す。
「今日の三限千歳のクラス体育だったんだけど、体育着忘れたらしくて、私のジャージ貸してあげたのね」
「うん」
「で、まあそれ着た千歳が、もう、ゲロ可愛くてさぁ。ジャージぶっかぶかで、もうチャック一番上まで上げたら顔隠れるくらいの感じでさぁ、萌え袖みたいになってるのも可愛くて可愛くて……」
話しながら思い出すだけでも悶えそうになるほど可愛い。ニヤけが止まらない。
「ふーん。良かったね」
浅羽は私の悶える様を嘲笑するように言った。
「で、重要なのはここからよ。三限の生物の時マジで暇だったから、窓から体育してる千歳観察してたのね?」
「うわ、授業集中しなよ」
「いいのいいの。ノートはちゃんと取ってたし……。んで千歳の話ね。私が見た時は八宮さんと二人組でサッカーのパス練習かなんかしてたんだけど、なんかずっと口元に手当ててるの。何してんだろうなーって思って目凝らして見てみると、めっちゃ私のジャージの匂い嗅いでんの」
「えっ、城戸ちゃんも匂いフェチなの?」
浅羽は目を見開いて心底驚いたように言った。相変わらず反応が良くて話しやすい。
「いや、私もビックリしたよ。それでニヤニヤしながら見つめてたら、千歳がこっち気付いて!んであの子めっちゃ焦ってさ。三限終わりに千歳めっちゃ慌てて私のとこ来て弁明し始めて」
「もう弁明できないでしょ」
「いつも綴ちゃんが私の匂い嗅いで喜んでるから私も試してみたくなって……って言ってた」
「え城戸ちゃん可愛っ。葦沢の真似してたのか」
「そうなのそうなの。どうだった?って聞いたら、ちょっとハマりそう、って」
「やっば……」
話し終え、私は恍惚とした表情を浮かべる。
てかあの時の千歳本当に可愛かったな、と改めて思う。
「はー、相変わらずお熱いね、おまえら」
浅羽が呆れたように言う。
その様子を見て、私は少し不安に思って尋ねる。
「てか浅羽、毎回私の惚気話聞いてくれるけど、嫌じゃない?」
「いや全然。てかもっと欲しいよ。私人の恋愛の話めちゃくちゃ好きだし」
「あ、そう。良かった」
少し安心する。
「でもそれはそれとして腹立つんだよなー。私も恋人欲しー……。イチャイチャしてー」
「でもま、浅羽ならちょっと頑張ったらそのくらいできるんじゃない?」
「頑張るのは違うじゃん。もっと運命的な出会いを果たして、それで次第に惹かれあって、そんでお互い好きになって〜」
「うわ、拗らせてるロマンチストだ」
「葦沢にだけは言われたくないんだけど」
「まあ、確かに私は千歳と運命的な出会いして、次第に惹かれあって、らそれでお互い好きになったけどね」
「うわ腹立つ〜」
「浅羽も私みたいな恋できるといいね」
私が悠然とした笑みを浮かべると、浅羽は「くそ、腹立つ顔しやがって」と不満を零した。
で、そんな話をしているといつの間にか駅に着いた。
浅羽と私は別の電車に乗るので、ここで別れることになる。
「じゃまた明日」
「また明日ー。てか今日久々にスマブラやらない?」
「いいね。夜は千歳との先約があるからそれまでね」
「りょーかい。じゃまた後で」
私は手を振りながら改札を通った。
振り返る事はない。千歳と別れる時のような寂しさとかは全く無い。即座に私はポケットからイヤホンを取り出して耳につけた。
***
「……千歳ちゃん、何か良いことでもあった?」
「えっ、何で分かったの」
とある水曜日の放課後。私は友達である綿木絢――もとい、絢ちゃんと一緒に下校していた。
絢ちゃんは私の数少ない友達の一人である。綴ちゃんと一緒に帰れない日は基本的に絢ちゃんと一緒に帰っている。
「顔を見たら分かるよ。葦沢さん関連かな?」
「絢ちゃんには全部お見通しだね……」
絢ちゃんは私と綴ちゃんの関係を応援してくれている。
私は度々絢ちゃんに綴ちゃんとの事を話す。その逆もまた然りで、綴ちゃんに絢ちゃんとの事を話すこともある。
しかし綴ちゃんと絢ちゃんは直接話した事は一回も無いらしい。
「それで、どんな事があったの?」
「んっとね……今日の昼の事なんだけど」
私は絢ちゃんに尋ねられ、ついつい話し始めてしまった。
「隣のクラスの浅羽さん……あっ、浅羽さん分かる?」
「うん、わかるよ。去年同じクラスでちょっと話した事があってね」
「ああ、そうなんだ。で、その浅羽さんが綴ちゃんとすっごい仲良いらしいんだけど、今日の昼にちょっと話す機会があったの」
「うんうん」
絢ちゃんは綺麗なふわふわした髪を揺らしながら頷き、相槌を打つ。
「廊下でたまたますれ違った時に突然声かけてきて『葦沢の事大切にしてやってね』って当然伝えてきたの」
「えっ、浅羽さんの真似、すごく似てるよ」
「あっ、そう?ありがとう。それで、ちょっと話聞いてみたんだけど、綴ちゃん、ずーっと浅羽さんに私の事話してるらしいの」
「はぁ、愛だね」
「私それ聞いてちょっと感動しちゃって。めっちゃ愛されてるなーって思って……」
「良いねぇ」
私がニヤニヤ笑いながら語ると、絢ちゃんは表情豊かに私の言葉に反応してくれた。
「あと、ついでに綴ちゃんが本当は私にもっと甘えたがってるけど言い出せてないって話も浅羽さんから聞き出せたから、今度活用してみる」
「良かったねえ」
私が嬉しそうに笑うと、絢ちゃんもなぜか嬉しそうに笑う。
「……絢ちゃん、いつも私の惚気話聞いてくれてありがとうね」
「いやいや、こちらこそありがとうだよ!」
自分の単なる惚気を人に聞かせるのも申し訳ないように思い、改めて私は感謝の言葉を告げた。
すると、私以上の熱量で感謝が返ってきた。
「えっ、なんで」
「いや、私人の恋愛を見るのが一番好きでね?私自身は別に誰かと恋愛したいとかそういう気持ちはないんだけど、人の愛に触れたいという気持ちはあって……」
「なるほど……?」
「ま、とにかく今後もじゃんじゃん惚気話をちょうだいね、って話だよ」
「う、うん、分かった」
よく分からないまま私は頷いた。
そうこうしているうちに別れの時間がやってきた。絢ちゃんは家が近いので、駅前で別れて徒歩で帰るのだ。
「じゃ、絢ちゃんまた明日」
「はい、また明日」
手を振りながら悠々と立ち去っていく絢ちゃんの背中に向かって、私はしばらく手を振り続けていた。




