葦沢と城戸、日々。Ⅰ
今回は超短いエピソードの詰め合わせです。
・葦沢と城戸、愛してるゲーム。
「千歳、愛してるゲームしよう」
ある日の事。私の家にて。家にいるのは私と綴ちゃんだけ。
私の部屋のベッドで二人で寝転がりながら雑談をしていると、突然綴ちゃんからそう提案された。
「何、それ?」
「知らない?」
「有名なやつなの?」
「まあ、そこそこ」
「どんなゲーム?」
「お互いに愛してるって言い合いまくって、先に照れたり目逸らしたら負け」
「……面白いの?」
「いや、別にゲームとしては全然面白くないんだけど……ただ千歳に愛してるって言いまくって貰えるいい口実になるかな、と思って」
素直に頼んでくれたらいつでも愛してるくらい何度でも言ってあげるのに、と思いながらも、私は誘いに乗った。
綴ちゃんは身体を起こし、ベッドの上に片膝を立てて座る。
私もそれに合わせて向かい合って座った。
「じゃ私からね」
「えっ、ターン制なの?」
「あ、うん。そう。愛してる」
綴ちゃんがあっさりと言う。しかし、その淡々とした感じの声色と僅かな笑みが、かなり素敵だった。
「で、次私が愛してるって言うの?」
私は照れ隠しをしつつ一呼吸置くために、分かりきっているルールを再び尋ねる。
「そう」
「えっと……愛してる」
普段から言っている事でも、目を逸らさず、はっきりと言うとなると流石にちょっと恥ずかしい。
でも同時に、そういう気持ちを綴ちゃんに伝えて、綴ちゃんがその気持ちを受け止めてくれる、という事自体がなんだか心地良かった。
一方で、綴ちゃんは私の言葉を聞いてニマニマ笑いながら言う。
「愛してる」
「愛してる」
「……愛してる」
「愛してる」
「愛してる!」
続けざまに何度か言い合う。
ちょっと言い慣れてきて、照れだとか躊躇いが少しずつ無くなってきた。
そんな中、綴ちゃんが攻めの一手に出た。
「千歳、愛してるよ」
ぐっ、と私の肩を押してベッドに倒し、私に覆い被さるようにして綴ちゃんは言った。
突然の事に驚き、ついちょっと目を逸らしてしまった。
「あ、目逸らした。千歳の負け〜」
「もー、それはずるくない?」
ちょっと消化不良なままあっさり終わってしまったなあ、と私は思った。
愛してるって言い足りなかった、もっと伝えたかったのに、と。
いや、言い足りないなら言えばいいのか。
別にゲーム外で愛してるって言っちゃいけない理由なんて何もないし。
「綴ちゃん、愛してる」
「えっ、二回戦目?」
「そういう事じゃなくて、言いたいから」
私が言うと、綴ちゃんは照れ隠しのように「ふーん」と言ってなんとも言えない微妙な表情で微笑むと、
「私も、愛してる」
と再び言った。
「二回戦目?」
「ううん、私が言いたかったから」
綴ちゃんは私の言ったことをなぞるように言う。私たちは二人で笑った。
「愛してる」
「私も愛してる」
「綴ちゃん愛してる」
「千歳、愛してる」
私たちは抱きしめ合いながら、それだけのやり取りをしばらく続けた。
・葦沢と城戸、たいやき。
「綴ちゃん、たいやき売ってるよ」
「あー、食べる?」
「食べる」
木曜日のデート。
街角でたまたま見かけたたいやき屋を指さし、千歳がにこにこ笑う。
「たいやき二つ……あ、味?えーと――」
「あんこ」
私が千歳の方に視線をやると、千歳は楽しげな囁き声で答えた。
「ん、両方ともあんこで」
店頭で待つこと数分。紙で包まれたほくほくのたいやきが手渡される。
「んー、美味しそー」
「めっちゃいい匂いする」
さて、たいやきを頭から食べるか尻尾から食べるかとはよく言ったものだ。
この食べ物をどちら側から食べるかで世の中ではよく派閥が分かれているのだが、私はその論争に加わりたくないという打算から、たいやきをいつも背中から食べる。
いや、こういう斜に構えてひねくれている感じが気持ち悪いというのは重々承知している。だが、それ以上にしょうもない自意識が働いてどうしようもできないのだ。
今回も例に漏れず私はたいやきを背中からいった。
「あ、美味しい」
「うん。美味しい」
甘い。美味しい。普通のたいやきと比べてもかなりレベルが高い気がする。いい店を見つけられた。また来よう。
そこでふと千歳の手元に目を落とすと、なんと小さな手で握られたたいやきの背中側が抉れていた。
千歳も奇跡的に、私と同じ背中派のマイノリティであったようだ。
「……千歳も背中から食べるんだ」
「えっ、あっ……」
私が尋ねると千歳は口ごもった。
続けて、千歳は恥ずかしそうにこう言った。
「綴ちゃんが、背中から食べてたから。私もそうしよっかなー……って」
私は悶えた。流石に可愛すぎやしないか。
食べ方すら私の真似をして。いくらなんでも私の事が好きすぎじゃなかろうか。
「えっ、なに」
「ぅあー……千歳ぇー」
私は千歳を抱きしめた。千歳はただただ困惑していた。
・葦沢と城戸、Slay the Spire
最近、綴ちゃんがおかしい。
なんか、スレイザスパイア?というゲームにめちゃくちゃハマってしまって生活がおかしくなっているらしい。
こういう事は前にも何度かあった。なんなら私たちが付き合う前にも、異様なほど何か一つのゲームにどハマりする事が綴ちゃんにはあった。
エルデンリングやらFactorioやらブレスオブザワイルドやら、私はよく知らないが世間では往年の名作と言われるような「神ゲー」に度々洗脳されたようにのめり込むのだ。
本当に中毒と言えるような領域で、私がいつ連絡して「今何してた?」と聞いても、最近は「スレスパ」としか返ってこない。
私はちょっと腹が立ってきたので、ちょっと問いただす事にした。
木曜日。放課後のデート。カフェのテーブル席に私たちは座っていた。
「ところでさ、綴ちゃん」
「なに?」
「最近綴ちゃんがハマってる……その、スレイザスパイア?ってそんなに面白いの?」
綴ちゃんは私のその言葉を聞くやいなや、待ってましたと言わんばかりの表情で「良くぞ聞いてくれたね」と言った。
その後、綴ちゃんのスレイザスパイア愛を語るだけの時間が続いた。
奥深い戦略性だの、高難易度を乗り越えた達成感だの、挙句の果てにはこれは人生そのものだとかわけの分からない事を言い出した。
綴ちゃんが好きな物の話をする時はいつもそうだ。
綴ちゃんはかなり話が上手くてそのゲームの魅力が私にも伝わってくるくらいだったのだが、それはそれとして綴ちゃんが私以外のものにここまで心酔しているのは不安になる。
綴ちゃんには私のことだけ考えて欲しい。それが良くない願望である事は分かっているのだが、それでも少し不満を抱いてしまう。
「ふーん、そんなにそのゲームが好きなんだ」
「もう、マジで好き。まだアセンション8とかまでしか行けてないんだけど、それでも好き」
「私とどっちが好き?」
私は問うた。
自分が面倒で重い女なのは分かっている。それでも、つい口から出てしまった。
綴ちゃんは少し固まった後に苦渋の表情を浮かべながら
「……勿論千歳だよ。ごめん、不安にさせちゃったよね」
と暗い低い声で言った。
その表情があまりにも誠実で、私は胸を打たれた。先程の楽しそうに自分の事を語る綴ちゃんの姿からは想像もつかないような、そういう表情。
私は自分がつまらない質問をした事を猛省した。初めから、私が不安を抱く必要なんて無かったのだ。
綴ちゃんは結局私の事が死ぬほど大好きで、私の事を心からよく考えてくれているのだ。
私はそんな綴ちゃんのことを信じきれなかった。それ故に不安を抱いてしまった。
「ううん、ごめんね、私の方こそ変な質問して。ありがとう」
私の何気ない発言にあまりにも綴ちゃんが意気消沈してしまったから、それを紛らわすように早口で言う。
「いやいや、千歳が謝ることないよ。さっきのちょっと意地悪な質問も、可愛かった」
「もー……」
綴ちゃんは安心したような声色で、急にそんな事を言い出した。私は照れた。
やっぱり綴ちゃんは私の事を本当によく考えてくれているのだな、と感慨に耽っていると、
「で……あの……こんな話した後に申し訳ないんだけど、千歳もやらない?スレスパ」
と綴ちゃんが言いにくそうに言った。
私は半ば呆れるような、しかし目の前のぎこちなく笑う私の恋人を愛おしく思うような気持ちで失笑した。
で、その二週間後。
私はSlay the Spireにどハマりした。完膚なきまでに堕ちた。
PCゲームにこんなにハマったことはないというくらいまでハマった。
今となってはスレスパと綴ちゃんの事しか考えられなくなっている。
「ねえ千歳、スレスパと私どっちが大事なのー」
綴ちゃんが冗談のように言う。
私は「はい綴ちゃんです……」と情けない声で返答することしかできなかった。




