葦沢と城戸、宿泊。Ⅴ
時刻は十二時過ぎ。
二人で雑談したり、ゲームしたり、何もせずぐーたらしたり、後は――まあ、色々やっているうちに、千歳の欠伸の回数が増えてきた。
「……千歳、そろそろ寝る?」
「んー……もうちょっとだけ起きてたい」
千歳が眠たげなとろんとした目をしながら言う。
眠たげな顔は、普段より一層万尋ちゃんに似ていた。
「めっちゃ眠そうじゃん」
「大丈夫、まだ、いける」
しょぼくれた目を必死に開き、眉間に皺を寄せながら千歳が言う。
その様子がおかしくて私は少し笑った。
「はは、なんでそんな必死なの」
「だって……綴ちゃんともっと一緒にいたいし」
こてん、と千歳が体を倒し、私の胸に頭を預けた。それを優しく抱きとめる。
千歳は「んへえ」と鳴き声のような気怠げな声を出した。マジで可愛い。
そのまま頭を撫でていると、すぅ、と寝息のような深い呼吸音が聞こえてきた。
「ちょ、ここで寝ないでよー」
「……ん、寝てない……」
「でも寝そうだったじゃん。ほら、明日も一日ずっと一緒にいてあげるから。もう諦めて寝て」
「はーい」
私が立ち上がると、千歳は私の左腕にしがみついてそれに続いた。
適当に寝る支度をしてから、私は千歳に連れられて千歳の部屋に来た。
「え、千歳寝る時アイマスク付けてるんだ」
「うん。これあると落ち着くんだ」
千歳がアイマスクを付けて一人用にしては少し大きなベッドに入る。
アイマスク付けてても可愛い。
ベッドにはご丁寧に枕が二つ並べられていた。
私はわざとらしく尋ねる。
「で、私はどこで寝るの」
「……えっ、ここじゃないの?」
千歳は驚いたように上半身を起こし、左手でアイマスクをずらしこちらを訝しむような目で見ながらもう片方の手で布団を捲り上げた。
まあ、そりゃ千歳の事だから一緒に寝たいと言い出すだろうなとは思ってたし、私もそうしたいとは思ってたが、ここまでさも当たり前のように言われるとは思っていなかった。
私が黙って布団に潜り込むと、千歳は満足げな笑みを浮かべてずらしたアイマスクを戻した。
枕に頭を乗せると、少し良い匂いがした。
「ね、綴ちゃん」
「なに?」
「私普段は枕抱きしめて寝てるの」
私は次に千歳が言わんとしている事を察した。普段抱きしめている枕を私が使っているせいで抱きしめられないから、代わりが欲しい、と。
私は左腕を千歳に差し出す。
「さすが綴ちゃん、話が早い」
「まあね」
千歳は嬉しそうに私の腕にぎゅう、と全身でしがみつき、手のあたりを脚で挟んできた。
千歳の身体の感触を、左腕だけでとことん感じる。柔らかい。
「綴ちゃぁ……」
「なに?」
「すき」
耳元で千歳がぽしょぽしょと囁く。
私はいても立っても居られなくなり、にんまり笑う千歳の唇に口付けをした。
「……私も好き」
私がそう耳元で囁くと、千歳は驚いたように軽く跳ねた。アイマスクのせいで、耳への不意打ちで驚いたのだろう。
「そんな風にされたらドキドキして寝れなくなっちゃうんだけど……」
「ごめんごめん。自重する」
元の姿勢に戻ったが、私の腕には千歳の心臓の拍動がしっかり伝わっていて、未だドキドキが潰えていないのが感じられた。
数分もすると、千歳も平静に戻ったのか、落ち着いて寝息をたて始めた。
私の腕を抱く力は依然として強く、その強さが心地よかった。
私もそれからすぐに意識を失った。
翌朝。
「うわ危なっ」
私はベッドから落ちかけて目が覚めた。私は寝相が結構良い方なので、普段はこんな事はない。
きっと千歳のせいだと思い、ベッドの方を確認する。千歳は私を押しのけるように大の字で口を半開きにしてだらしなく寝ていた。寝ている間に布団もはいでしまったようで、ベッドの隅にぐちゃぐちゃの布団があった。
「寝相悪すぎじゃない……?私の腕も離してるし……」
私はぶつぶつ文句を言いながら、千歳に布団をかけ直す。
眠たい目を擦りながらスマホの時計を確認すると、時刻は七時半だった。だいぶいい時間に起きられた。
とりあえず洗面所に向かい、歯を磨き、顔を洗う。
そうしていると、元気な足音と一緒に万尋ちゃんが登場。
「あ、そういえば綴ちゃん来てたんだ」
「万尋ちゃんおはよ」
「おはよー」
万尋ちゃんが隣に並んで歯を磨く。洗面台がちょっと高いのを不便そうにしていて、可愛い。
「あ、綴ちゃん、せっかくならお姉ちゃん起こして。そろそろ朝ごはん食べたい」
「はいはい。起こしてくるね」
万尋ちゃんは私にそう告げると一階に降りていった。中々自由な子だ。私は千歳の部屋に戻る。
ベッドには相変わらずだらしない姿の千歳。
アイマスを外すと、長くて綺麗なまつ毛が見えた。
「千歳、朝だよ起きて」
千歳はんん、と軽く呻くと、布団を引っ張って顔を隠した。
「起きてー」
私は布団に潜り込み、千歳を後ろから抱きしめて言う。千歳は不快そうに口を結び、布団を掴む手に力を入れた。
まだ起きないか。
私は半ば呆れるような気持ちで、この眠れる美少女をどう起こそうか考える。
ひとまず、普段通りの起こし方をするか。
私は千歳の頬にキスをして、
「今起きれたら次は口にしてあげる」
と言った。
電話越しだと平気で言えているのに、対面だとなんか恥ずかしくなってしまい、言葉尻が少し萎んでしまう。
とはいえ、いつもこれで起きているのだ、千歳もこれで起きるだろう――と思った次の瞬間。
「ほら、早く起き――んっ、ぐ……」
突然振り返った千歳に両手で頬を掴まれ、強引に唇を奪われた。
私が呆然としている間に、千歳はまた後ろを向いて布団を握りしめてしまった。
なるほど、そう来るか。
そこまでして起きたくないか。振り返り、私にキスする元気があるのに、どうしても布団から出たくないか。
もはや私の呆れは感心に変わっていた。
さて、今度はどうしようか。
私は後ろから千歳を抱きしめ、うなじに顔を埋めながら考える。良い匂いがする。
色々考えて、説得しても起きなそうだし、一旦物理的に色々やってみようという結論に私は至った。
とりあえず千歳の服の中に手を突っ込み、腹部をまさぐる。
「ちょ、ふふ、綴ちゃ……くすぐった、んは、あはっ……やめっ、ん、あはは」
千歳が身を捩る。かわいい。私は脇腹を重点的にくすぐる。
「起ーきーろー」
「わかった……ふふ、起きる、起きるからっ……んっ、これ止めてよぉ……」
千歳がアイマスクを外しながら言う。
私は手を止める。
「はい、じゃあ起き上がろうねー」
「はーい」
くすぐられて目が覚めたのか、私が肩を持ち上げてやると千歳は素直に上半身を起こした。
「立てる?」
「うん」
おぼつかない足取りで千歳がベッドから降りる。私は不安になって腰に手を回して千歳の身体を支える。
ようやく千歳を起こせた。
もし同棲したら毎朝これくらい苦労させられるんだな、と思うと流石に面倒な気がした。
「ほら、洗面所行くよ」
「はーい」
千歳をエスコートするようにして廊下に出て、洗面所へ向かう。
これじゃあ私が千歳の世話してるみたいだな、と思った。万尋ちゃんの方がまだ千歳より大人っぽいようにさえ思えた。
そんな千歳を見ていると、意地の悪い庇護欲のような物が心の奥底から芽生えてきた。
「えっ、綴ちゃん?なに?」
歯ブラシに手を伸ばした千歳の手を遮り、それを奪う。
千歳は驚いたように眠たげにしていた目を見開いた。
「口開けて。磨いてあげる」
「へっ?なんで?どういうこと?」
「いいから」
私が千歳の顎に手を当てると、千歳は渋々口を開いた。その中に歯ブラシを突っ込む。
こんな提案をしたのは、ただその場の衝動のせいだ。ただ、千歳の全てを介護したいというような行き過ぎた庇護欲。それが倒錯した愛である事は分かっているのだが、どんな愛情表現も受け止めてくれる千歳が可愛くてやめられない。
奥歯を歯ブラシで磨く。
千歳は恥ずかしいのか目を逸らしているが、度々上目遣いでこちらを向く。いや、恥ずかしがっているというより、私の奇行に困惑しているだけかもしれない。
「ぅえっ……」
「あっ!ごめんね、苦しかったよね」
「んん」
突然千歳がえずいた。私が咄嗟に謝ると、否定とも肯定とも取れない曖昧な返事が帰ってきた。
涙が溜まった千歳の眼球に自分の顔が映っているのに気付いて初めて、私は自分が今笑顔である事を自覚した。
「前歯磨くよ。口閉じて」
「んい」
優しく前歯を磨いたあと、唇を引っ張って奥歯の表面を磨く。
困惑しながらも、私の指示に従ってされるがままになる千歳の姿。愛おしい。
「終わり?」
「……フロスもやったげる」
「うん」
困惑していた千歳だったが、私の事を拒むどころか寧ろねだるような視線を私に寄越した。
私は焦れったいような気持ちに駆られ、デンタルフロスの糸を引っ張り、切り、指に巻いて、千歳の口に突っ込んだ。
歯の隙間に糸を差し込む。
奥側の手の指が千歳の口蓋に当たる。指に涎が付く。
それを繰り返す。
「はい終わり」
「……ありがとう」
千歳は少し俯きながら感謝の言葉を述べた。
千歳の俯いた顔を見ていると、突然背徳感が押し寄せてきて、私は無心で手を洗った。
それから、朝食を食べ、約束通り万尋ちゃんと遊んでいると、いつの間にか時刻は正午。
「もう帰っちゃうの?」
「また来るよ」
「えー。夜までいたらいいのに」
万尋ちゃんが駄々を捏ねるのを軽くあしらい、玄関口でスニーカーを履く。
正直私も夜まで居たいのだが、他に予定を入れてしまっている。
お泊まり会より先にした約束だから、無下にする訳にもいかない。
「じゃ、綴ちゃん、また明日ね」
「ん。また明日」
玄関の扉を開け、外に出る。
ドアが閉まる。寂寞感の中、私は目的地へと向かった。
歩く途中で振り返り、城戸家を遠くから見る。
近いうちにまた来よう。次は夜まで居ようと私は心に決めた。




