第52話 無敵のカラクリ
「この私に、刃が届く訳ないのに」
彼女の無防備な首筋、そこへ刃が吸い込まれていったはず。
なのに明らかにおかしい、鈍い音が鳴り響いた。
そしてその音に違わぬ、硬いものを思いっきり叩いた衝撃が腕をビリビリと走っていく。
明らかに人体を殴った感触ではない。
それに、こちらは天魔融合状態で強化されている。
のにも関わらず…彼女の首には、かすり傷一つ残っていない。
そうして思考中のこちらを容赦なく触手が襲いかかってくるのは、何とか捌けた。
…いや、
「ん〜、致命傷にはならなかったかあ」
その中の1本は剣の防御の隙間をすり抜けてくる。
そして瞬時に首を傾けて避けた事で、なんとか浅い擦り傷だけで済んだ。
もし遅れていたら…きっとハンマーで叩かれたトマトみたいに頭が弾け飛んでいただろう。
本当にそれぐらいの勢いと破壊力を持っていた。
謎の防御…に、破壊力のある触手。
そして、
「ご無事ですかっ、教皇様ッッ!!」
「大丈夫、大丈夫!
心配しなくても、私の体には傷1つ付かないから」
何重にもなった騎士達の壁。
全身鉄の甲冑で覆った彼らを、触手を捌きながら相手するのは…。
ヒヤリとした汗が頰を流れ落ちる。
『ルシェ』
「ん?」
『このまま、ここで戦うと分が悪いと思わない?』
「そうだね、じゃあ…跳んじゃおうか」
彼女がこちらの意図を汲み取ってくれたおかげで、能力が切り替わった。
久しぶり…とは言えないぐらい、最近使ったものではあるけども。
そして…
「消えた!?」
「奴はどこに!?」
次に姿を現したのは、
「あらら、そんな能力もあるのかぁ」
教皇様の背後。
そして、まだ振り向くこともできていない彼女の体に手を触れ…念じるのだ。
人が通らない様な、瞬間移動先を。
前髪を持ち上げるほどに吹き荒ぶ風。
それを遮る様な構造物や樹木は、辺り一面見渡しても見当たらない。
ここはそんな荒野地帯だ。
「う〜ん、どこだろ?」
「…ここって」
心当たりがなさそうな教皇…ハイネルとは別に、ヤオはすぐに気づいたみたいだ。
そう、ここはダイコウの近くで…彼女と戦いを繰り広げた場所だった。
ところどころ土が不自然に抉れているのはあの戦いの痕跡。
あの時と同じ様に、簡単にはいかない戦いが今から始まるのだ。
そうして俺は、大量に消費した魔力をセフィの差し出す魔力回復薬を飲み干し回復させる。
うん…相変わらず不味い。
けど何度も飲んだからか、もう慣れてきた。
再び剣を構え…る前に、彼女の背後へと転移する。
視界には入っておらず、完全に彼女の油断をついた。
伸びる剣の刃が、完全に捉えたはずの首筋…
ガキンッッッッ!!
異常だ。
「せっかく、効かないよって教えてあげたのに。
学習してくれないんじゃ骨折り損だなぁ」
そうしてゆっくりと背後へ振り向く彼女、その瞳はこちらを憐んでいる様にも見える。
かすり傷一つすらも付けれていない。
このままでは…勝ち負けどころか、戦いにもならない。
「本当はもい気づいてるんでしょ?私は…無敵だって!」
彼女の言葉と共に、足元から数えきれないほどの触手が現れ、こちらの肉体へと殺到してくる。
明らかにこちらの手数が足りていない。
握りしめた剣1本だけでは捌ききれず、体に浅い傷がどんどんと増えていってしまう。
それに堪らず…瞬間移動で距離を取る。
「はぁ…はぁ…」
天魔融合状態は、疲労をほぼ感じない体になる。
そのはずなのにこの緊張感と考え事からか、肩で呼吸をする程に疲れを感じていた。
一瞬で命を奪われかねない攻撃を捌きながら…あの無敵のカラクリを考えていたのだ。
とは言っても、まだそれを見つけられていないんだけども。
…本当に無敵だったりして。
だったら、もう打つ手がなくなってしまう。
ドンッッッッ!!
勢いよく振り下ろされた触手が大地を割る。
なんとか、その攻撃は横にステップする事で避けれた。
でもこのままでは…
「ジリ貧…か」
いつかこちらの体力が尽き、あの触手が心臓を貫くだろう。
流石に死んでしまっては…セフィとルシェの力でも生き返れない…と思う。
「どうしますか?一旦撤退するのも間違いではないと思いますけど」
「攻撃が通らないんじゃ、勝てないからねぇ」
地面に剣を突き立て、膝をつく俺に2人は話しかけてくる。
撤退…確かに、この状況なら最善…かは分からないが、次善手ではあると思う。
俺が死んだら…この旅は全て無意になってしまうし。
彼女達からしたら、逃げてくれた方が嬉しいか。
「…別にそれだけ、じゃないんですけどね」
「そうそう、アタシ達がまだ任務だけの関係だと思ってるなら大間違いだよ。
でしょっ?セフィ」
「なんで私に振るんですか……まあ?
嫌いではないですけどっ?」
「セフィは素直じゃないね〜」
そっか。
「おいおい、俺たちも忘れないでくれよ〜、ダンっ!」
「そうだね、君一人の旅じゃないんだ。
私たちは一蓮托生、そうだろう?」
「…うん、そうだね」
最終決戦なのにも関わらず、いつもの様な少し緩い空気感。
それで、少し肩の力が抜けたかもしれない。
「ふぅ…」
軽く一呼吸置き…再び剣を構えた。
「へぇ〜、あの能力なら逃げるぐらい簡単だと思うけどやらないんだ。
それって……傲慢だよ」
その選択を選ぶと、彼女から呆れた様な目を向けられた。
傲慢の魔女にそう言われるほどか。
…そう言えば魔女達は、といっても2人しか能力を知らないけど、どういう形で選ばれているのだろうか?
ステラの力は?
「体の自動治癒、加えてそのダメージに応じての身体強化。
あと身体能力が上がったり、魔王の魔力を使って剣を作ったりか?」
今も絶賛戦闘中。
攻撃を捌きながら、といっても体に傷を増やしながらその話を聞く。
取り敢えず後者はヤオも同じだったから省くとして、自己再生と強化。
これは…なぜ彼女に付いたのだろう?
憤怒とは、関係は全くない。
でもカラゴ市で戦った時の悪魔も自己再生を持っていた。
「そういえば悪魔が言っていましたね、『魔王様の死後、その力を啜り…本能のままに生きる売女が?』と」
なら、彼女らの能力は…
魔王が生前持っていた能力?
それを早い者勝ちか、それとも…求める人間の元へいったのか。
「俺が、自己治癒を欲しがっていたって事か?」
ステラを倒し、覗いた記憶。
彼女の根幹を担っているだろうそれは、母親の存在。
そして母親が求めたのは、彼女が長く生きて人のためになる事。
だから…
「傷を治せる能力をって事か。
俺が人のための貢献なら必然的に戦いを選び、そこで勝ったとしても傷を負う。
それで死なない様に…求めたと」
あくまで推察だけど、可能性は高いと思う。
それに力が強化されるというのは彼女自身が何よりも求めたものだ。
そしてヤオは、
「その理論で行くなら私は…剣爛装甲?
もう奪われない様に自分のものにしてしまおう…という感じだろうか」
そんな能力だった。
ただ問題は、
「とはいっても、魔王の能力を私たちは知らないんだよなあ…」
「まあ、魔王の情報は相対した勇者だったり、魔族ぐらいしか知らないだろうからね」
そうなのだ。
俺たちは全く魔王についての情報を持ち合わせていない。
彼女達の記憶を一回覗いたから、薄々思ってはいたけども。
だから正直意味は…なかった。
「それにしても…ダン、すごい余裕そうじゃないか。
相手が無敵の魔女だって言うのに」
少し呆れた様なトーンで、ステラは喋りかけてくる。
まあ…ステラの戦闘の記憶のおかげなんだけどね。
そうして、今まで出来なかったのがむしろ不思議に思えるくらい、自然に攻撃を捌けていた。
動体視力はいつも通り強化されているのもある。
だから、こうして脳内で会話しながら戦う余裕も。
取り敢えず…粘ってみようか。
傲慢の魔女ハイネルの防御が、燃費が悪い事を祈って。




