第53話 崩れた均衡
「はぁ…はぁ…しつこいっ、ね…」
この決戦の場に移動して、約半日が過ぎた。
少し前に日は沈み、暗闇が辺りを支配する。
頼みの綱である満月には雲がかかり、役には立たない。
松明などの光源なんてものはなく、あまりに頼りない五感だけで戦うのだ…彼女は。
正確には分からないけど、攻撃の精度から察するに合っていると思う。
ちなみにこちらは、しっかりと夜闇でも視覚が機能してくれていた。
「悪魔は夜が本番みたいなもんだしね〜」
天魔融合の悪魔部分、その副次効果だったみたいだ。
でも…だったら彼女も出来ないとおかしくない?
「私達は覚醒状態にならないといけないからね」
「そうだな。
角が生えた状態じゃないと無理だけど…アイツ、そもそも攻撃を受けないからな」
そう、これだけ時間をかけても彼女の防御は破れない。
この感じだと、魔力切れは勝ち筋にならなそうだ。
流石にあれだけ疲労している彼女が、それを使って維持しているなら底をつきそうだし…だったらもっと焦っているだろう。
そんな逆説的な考え。
「そろそろっ、諦めてくれないかなあ?
もうそっちも疲れてきてるっでしょ…」
「いや、全然」
「えっ?」
荒い呼吸混じりに、怒りを滲ませた様な彼女の声。
そんな彼女からの問いに答えると、呆けた様な鳴き声が聞こえた。
「まだまだ。
別にここから1日でも付き合うけど?」
「……ははは、そんなのっ…出来るっわけが…」
明かりのない闇の中でも、この目なら彼女の表情も見えてしまう。
口角をピクピクと引き攣らせ、壊れた様に笑う彼女が。
「もういいっ、私はそんなに暇じゃないんだよッッ!!」
そうして叫びながら、腕を地面に叩きつけんとばかりに勢いよく振り下ろす。
それに呼応する様に、今まででいちばんの触手達が濁流の様に襲いかかってくる。
でも…今まで一番冷静さを失った彼女。
覚えているだろうか、彼女をここまで連れてきた方法を。
触手が体に届くギリギリで、その場から瞬間移動を行う。
そして振りかぶった剣、もうハイネルは目の前だ。
驚きの表情を浮かべる彼女は…後ろに一歩引いた。
「痛ッッ!?」
宙に舞う、真っ赤な鮮血。
こちらの剣が遂に…彼女の頰を切り裂いたのだ。
決して致命傷にはならない。
でも、決して小さくはない一歩だ。
「な…なな」
傷が付くなら、こちらにも勝機はあるのだから。
彼女は静かに自分の頰を手のひらで撫でる。
ドクドクと流れる鮮血は、その白い手をべっとりと汚した。
「〜〜〜〜ッッッ!?!?」
驚愕の表情を浮かべるハイネル、この隙を逃す訳にはいかない。
返しの刃を間髪入れずに放つ。
ただ、それは…触手によって阻まれてしまった。
カウンターを警戒して、大きくバックステップで距離を取る。
結果だけ見ればかすり傷だけ。
でも最終的に、彼女に防御行動を取らせることは出来た。
つまり…もう、あの無敵防御は剥がれたのだ。
「なんでっ!? まだ私の方が上ッ。
そう思ってるはずなのにッッ!?」
「…私の方が上?」
彼女が発する発狂した様な叫び。
その中の気になったワードをつい、反復してしまう。
私の方が上、そう思っているはず。
これが、能力に関係があるという事だろうか?
そして魔力が関係するならここまで取り乱さないだろうし、多分切ってもいい。
それらを推理し、導き出されるのは…
「自分より下と見ている敵の攻撃を受けないってところ?」
「…だと、言ったら?」
「もう、防御出来なかったりして」
「………」
そんな結論。
人の意識は、そう簡単には変えられない。
一度こちらを同格とでも認めたなら、また発動させるのは容易ではないだろう。
とはいっても、まだ勝ちになった訳ではない。
こちらに流れが来ただけ、それを掴めるかはこちらの腕次第だ。
だからまずは、
「切って確かめてみようか。
合ってるなら、刃が通るはずだし」
「…やってみなよ。
きっと通らないだろうけどッッッ!!」
幾千本もの触手達が、勢いよくこちらへ差し向けられた。
視界を埋め付くほどのそれらを一本、また一本と切り捨てていく。
切って、切って、切っていく。
まるで終わりの見えない作業。
流石に、憂鬱にもなってくる。
「ほらほら!近づけないでしょッッ?」
そんな煽り言葉も聞こえてくる。
彼女も馬鹿ではない、もしこちらがまた瞬間移動したら…狙い撃ちしてくるだろう。
だから、この状況を変えうる方法はこれしかない。
悪魔の能力が一時的に失われ、新しく現れた光の粒子が具現化していく。
標準は、触手の先に隠れた傲慢の魔女ハイネルへ向けて。
…そういえば、初めて人間に撃つのか。
そうして俺は…怨念銃の引き金を引いたのだった。
戦場となった無人の荒野、そこに大きく地面が抉れた場所があった。
一筋というにはあまりに太すぎるその跡が、その威力を証明している。
到底人間が放ったとは思えないものだが、これは現実だ。
「えげつねぇな…」
「私が喰らう側じゃなくて、本当に良かったよ…」
初めて見た元魔女の2人はドン引きだった。
久しぶりに見た俺も改めて驚くぐらいだし、当たり前ではあるんだけど。
あれだけあった触手も、この火力には耐えきれずに塵一つ残さずに消えた。
そして少し先には、それに守られていた彼女の姿が遠くに見える。
そんな彼女へ向かって、一歩ずつ踏み出していく。
「ははっ、なんっ…ですか…その武器は」
呆れた様に笑うハイネル。
その爆心地に立つ彼女の額からは角が生えているが…体はボロボロだった。
きっと立つのもやっとなくらい。
怨念銃の一撃は、彼女へ致命的なダメージを与えて魔女化を促した。
ただそれでもあまりあるモノが、変身後の彼女へ襲いかかったのだ。
その結果が…これだ。
教皇としての威厳を保っていた衣服、それはもうボロボロとなり機能していない。
白かった素肌は、煤けた黒に覆われた。
石などの破片でか、裂傷や火傷の様なモノも目立つ。
軽傷…とは到底言えない傷だ。
ガタンッ
辛うじて2本の足で立っていた彼女。
ただ緊張の糸が切れたのか崩れ落ち、膝立ちになる。
そんな虫の息のハイネル、その首へ大鎌を添えた。
冷え切った刃が彼女の肌に触れる。
「最後に…一つ聞いてもいいかな」
「ああ」
首に刃を突きつけられた彼女、その表情は下に向けられて見えない。
怒っているのか、悲しんでいるのか…それとも喜んでいるのか。
再び持ち上げられたその顔は…それらが混ぜられたらこんな感じになる、それを思わせる様な顔。
彼女と出会ってから初めて見る表情だった。
「神様って、本当にいると思う?」
「…死んだら、会えるよ」
「……そっかぁ〜」
投げられたのは答えづらい質問ではある。
でも、ここは正直に実体験を話す事にした。
そんな彼女の返事は、諦めの中に…どこか爽快感を混ぜ合わせた様なモノで…
「なら、会ってくるとしようかな〜?」
そうして彼女は目を瞑り、両手で首からぶら下がる輝きを失った十字架を手に持つ。
きっとこれが…ダイヤモンド教の祈りのポーズだ。
最後に教皇としての仮面を被った彼女、その身をもう守るものはない。
首に添えた大鎌が走り、戦いは…終わった。




