第40話 交渉の品
「私の目からは逃れられないよ。
キミの…中に着ているこのシャツ、とんでもない値打ちだろう」
そう言いながら彼女に捲り上げられたシャツ。
……表通りという公衆の面前で。
「いや、いきなり何するんですかッッ!?」
今もシャツの裾を握っている彼女の指を外し、勢い良く元に戻す。
出会って早々、なんて奴だ。
気分はいきなりスカートを捲られた女子…それに追加で下着の評論までされた感じ。
…ちょっと例えが下品過ぎたかもしれない。
「あれは、ヤオ様か?」
「ヤオ?…まさか!強欲の魔女ヤオ?」
セフィのその言葉で思い出した。
確かにそんな名前の人がいた…気がする。
「それはすまなかったね、つい興奮してしまい…。
野次馬の言う通り、私の名はヤオ。
この町で商人をやっている、以後お見知りおきを」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。
私はダン、冒険者をやっております」
強欲の魔女…色欲の間違いじゃなくて?
「それは例えに引っ張られすぎじゃねえか?」
…それもそうか。
そんなボケは置いておいて…この丁寧な挨拶、貴族やそんな上流階級を相手にする商人だろう。
それもあの金ピカの馬車を買えるぐらいなら、かなり上澄み…この街のトップ級でもおかしくない。
「冒険者ダン、どこかで聞いたことあった気がするが…」
「俺も聞いたことある気が…」
「…あれ、今年の竜王祭優勝者の名前じゃねえか?」
…バレた。
途端にざわめきを増すこの場所。
いやいや、この世界に写真はないんだし顔はバレてないはず。
黒髪とかの特徴は書かれていてもおかしくないとは思うけど。
「なるほどね…それがキミって訳かい?」
「…いえ、私は銀級ですし流石に優勝まではとてもとても。
それに優勝者は魔女ステラに挑んだはずですし、生きていたならもっと大々的に宣伝されるでしょう」
俺は、全ての責任をステラに投げることにした。
「それは…酷くないか?」
まあ、確認する術はないし大丈夫でしょ!
後でねぎま奢るから、許してくれない?
「…2本ならいいぞ」
交渉は成立だ。
とそんなやり取りをステラとしている間に、場のざわめきも収まっていく。
流石に300年間君臨し続けた王者に勝てるとは、思わないだろう。
しかも…強化されてないと、銀級という実力も見合わない弱さ。
彼女がこちらの裾を捲ってくる動きにも全く反応出来てない訳だしね。
「ふむ、まあ…そんなに少ない名前でもないか」
どうやら成功したみたいだ。
彼女は顎に手を当てながら、そんな呟きを漏らす。
ステラも憤怒の魔女というワードを出すまでは、こちらの正体に気づかなかったのだし。
「とはいえ、その品を見逃すのは惜しいな」
「げっ…」
流石にそこまでは忘れてくれなかった。
彼女の青い瞳はこちらを、正確には服の下に隠れた肌着に目をつけているんだろう。
その目はこちらの服を掴んで離さない。
「ヤオ様、あまり立ち往生されますと周囲に迷惑がかかります故…」
「ああ、分かったよゼル。
…ダンと言ったか。
私の屋敷に来て、交渉しないか?…ゆっくりと、な?」
「分かり…ました」
自分でも笑みが引き攣っているのが分かる。
金はいらない、でもこんなところで戦うわけにもいかないし。
情報収集できるなら、それに越したことはないだろう。
…彼女のホームへ行くのは怖いけども。
「それは良かった、ではお手を」
クールな印象を受けた表情を崩し満面の笑みを浮かべた彼女。
馬車へ乗りこむと、こちらへその白磁の様な手を差し出すのだった。
コトン
「ありがとうございます」
机へ紅茶を用意したメイドさんは一礼すると部屋から出た。
この部屋…ヤオの自室?には、2人きりだ。
……まあ正確には、
「ほぉ…この剣、かなりの業物だな」
「このベッド、フッカフカなんですけど!」
「…2人とも、目の前に魔女がいるんですよ!
もう少し緊張感を持ってですね…」
愉快な3人がいるから5人なのだけど。
というかルシェとステラは大丈夫なのだろうか?
首輪着けられてるんだし、権限は創造神様のもの。
あんまり不真面目だと急に首が閉まっていって、それで…
あれ、2人とも急に近くに来たけど。
「いや、ダンが怖い事言うからだろ!」
「流石にされないでしょ……多分、99パーセント…」
それは、ごめん。
まあ優しい神様だったし、大丈夫でしょ。
ヤオにバレないなら何してても、俺は気にしないけどさ。
そうしてどれだけの値打ちがつくか分からないカップを持ち上げ、口元へと運ぶ。
…クラーク伯爵家とタメを張るレベル、いや…それ以上でもおかしくない気がする。
正直高次元で戦っていすぎて、スーパーのティーバッグだけ飲んでた俺からしたらもうよく分からないんだけどさ。
「さて…」
彼女がカップを置く音で思考が打ち切られる。
そうだ、俺たちは茶会をしに来た訳じゃない。
「ちなみにキミは、これをどこで手に入れたんだい?」
彼女はそう言いながらこちらと目を合わせ、首を傾げた。
机の上に畳まれた状態のシャツ…ヒー◯テックが置かれている。
これは招かれた際に別室へ案内され、そこで現地のものと着替えたため脱いであるのだ。
一応買取みたいなものだし、着たまま交渉を始めるのはなんか…ね?
「えっと、地元の国の店で買ったものですね。
値段は…銅貨30枚ぐらい?」
「…安ッッ!?」
それを聞いたヤオは机から身を乗り出す勢いで立ち上がった。
…あれ、計算間違えたか?
でも今上に着ているシャツが銅貨20枚ぐらいなのだし、そんなに外してはないはず。
ただ毎日の様に着て…時に戦闘していても破れていないから、丈夫さはこの世界の一般的なものよりは格段に上。
だったら、もう少し上…なのかな?
「…もしかしたら銀貨3枚ぐらいかも?しれません」
「はあ……それでもかなり安いと思うのだけども…」
机に両手をつきながら話を聞いていたヤオ。
彼女は額に手を当て、やれやれという仕草をしながら椅子へと深く座り込んだ。
「そんな代物ですけど…まだ欲しいですか?」
「もちろんだとも!別にキミが買った値段は私にとって関係ない。
その代物が貴重なものだったら…欲しいのさ」
「どんなものでも…ね?」
「な、なるほど…」
残念ながらそれは、彼女の諦めには繋がらないらしい。
「実際のところ、ダンさんは売りたいのですか?」
う〜ん…セフィの問いには答えるのは難しい。
正直ただのシャツではある。
でも数少ない、日本で生活していた時の思い出が詰まった品。
簡単に売ってしまうのは…抵抗があった。
「ちなみにキミの故郷は、この地図に載っているかい?」
「…いえ、載ってないです」
「なるほど、なるほど!」
でも彼女の興味は言葉を交わすごとに増していっている気がする。
今も目を輝かせて、こちらの話を聞いていた。
ちなみに彼女の指した地図は、額縁に入れられ壁に飾られている物だ。
もちろん異世界に日本は無いし、載っている訳もなく。
…ただそこまで言ってしまったら、価値が跳ね上がってしまう。
それに彼女は…魔女の可能性が非常に高いのだから。
変な経歴で警戒心を与えてはいけない。
「一回だけ着てみても良いだろうか?」
「えっと、良いですけど」
「ありがとう、では早速…」
そうしてシャツを手に立ち上がったヤオ。
彼女はその腕をドレスから抜き取っていく、部屋を変えずに。
「えっ…ちょっと…んんっ!?」
徐々に露わになっていく肌色、その赤いドレスが床へと落ちようとした瞬間、グルンと椅子が回転した。
「…おっと」
いや、これはオフィスチェアみたいなものではなく、ただの木の椅子。
高いは高いだろうけど、そんな機能まではない。
それを成したのは…3人だ。
「着替え見ちゃうなんて…エッチだね、ダン?」
「…不潔です」
…これ、俺が悪いんですかね…。
でも、空気を読んで一旦部屋から出るべきだったかも?
それはともかく、彼女ら3人の手によって俺はヤオの姿から、壁と睨めっこする事になった。
でも今も聞こえる衣擦れの音、視覚からの情報が全くないのに妄想の世界は自分勝手に広がっていく。
それは鋭敏になった聴覚が集めてくる情報のせいだ。
「もう着たからこちらを見ても構わないよ。
中々の着心地だね、それに…暖かいし」
「それは良かっ…」
そうして俺は椅子を戻しながら元の向きへと戻る。
すると必然的に彼女の姿が目に入るのだけど、
「下、履いてないじゃないですかっ!?」




