殺意が聞こえる 3
あの日から、響は泥を啜るような日々を過ごしていた。
朝日が警察に連行されたという噂、ネットに書き込まれる憶測の数々。それらすべてが、響の脳内にある「耳」を絶え間なく削り続けていた。
その夜、響は自宅の居間で、心配して声をかけた母親に向かって、溜め込んでいた激情を爆発させた。
「俺はどうすればよかったんだよ!? 誰かの運命を勝手に変える権利なんて、俺にはない! でも、俺は知っていたんだ。あいつが壊れそうだったのも、あいつが殺そうとしていたことも。知っていたのに、何もしなかった。俺が、あいつを人殺しにしたんだ!」
響は自分の頭を抱え、床に膝をついた。叫び声は震え、激しい後悔が涙となって溢れ出す。
「この力は何なんだよ! 人が人を殺そうとする音が聞こえるなんて……こんなの呪いでしかない。ただ苦しむだけで、誰も助けられない。神様か何かにでもなったつもりで、人の心に土足で踏み込めって言うのか!? 無理だよ……僕には何もできない!」
母は、荒い息をつく響のそばに、音もなく膝をついた。
彼女は、かつて自分も同じ絶望を味わったかのような、遠く、深く、静かな眼差しで息子を見つめた。
「響。私たちは、神様でも、正義の味方でもないわ」
母の細い手が、響の震える肩を優しく、けれど重みを持って包み込んだ。
「私たちは、誰かの運命を変えることなんてできない。誰かの代わりにナイフを捨てることもできない。……ただね、響。ただ『声を聞く』の」
「……聞く、だけ……?」
「そう。特別な言葉なんていらない。何かを教えようとしなくていい。ただ隣に座って、その人が吐き出す言葉を、最後まで一緒に聞く。……それだけで、その人は自分が独りじゃないと知ったかもしれない。少しでも安心するかもしれない」
母の声は、まるで荒れ狂う響の脳内の不協和音を、一つひとつ鎮めていくようだった。
「誰かを救おうなんて考えなくていい。ただ寄り添い、共にその声を、心の奥底にある気持ちを聞くの。それが、使命なの。お母さんはそう思ってる」
「気持ちを……聞く……」
響は、涙に濡れた自分の掌を見つめた。
あの日、朝日の隣に座っていた自分。あの時、ただ「なんとかなるよ」と逃げるのではなく、「何があったの?」と、その痛みを分かち合えていたら。
母の言葉は、消えることのない痣のように、響の心に深く、重く刻み込まれた。




