カウンセラー?1
リビングの空気は、冬の朝だというのに澱んで重かった。 窓の外では、鋭い陽光が霜の降りた庭を白銀に照らしているが、この家の厚手のカーテンが開けられることはない。外の光が眩しければ眩しいほど、室内の閉塞感は毒のように色濃く沈殿していく。
「……やり直せ」
低い、地を這うような声が頭上から降ってきた。 中学二年生の慶太は、ダイニングテーブルの前で直立不動のまま、足元のフローリングを凝視していた。視界の端には、無残に真っ二つに引き裂かれた模擬試験の結果票が、剥落した鱗のように散らばっている。
「これだけ塾の月謝を払って、このザマか? 偏差値が三も下がっている。お前、自分がどれだけ恵まれた環境にいるか分かっているのか。社会に出れば、お前のような無能は一瞬で食い潰されるんだ。……ゴミ以下だぞ」
父・昭彦の声には、激昂よりも深い「蔑み」が混じっていた。それが慶太の心を、錆びたナイフでゆっくりと削り取るように傷つける。父にとって、慶太は愛すべき息子ではなく、自分の有能さを証明するための「作品」に過ぎなかった。
「……ごめんなさい」
「謝って済む問題か。お前は俺の顔に泥を塗るつもりか? 恥ずかしくない結果を出せと言ったはずだ。出来損ないのレッテルを貼られて、一生日陰を這いずり回るつもりか!」
次の瞬間、乾いた破裂音が静寂を切り裂いた。 慶太の左頬に、父の硬い掌が叩きつけられた。脳を揺さぶる衝撃で視界が火花を散らし、よろめいた拍子に椅子がガタリと派手な音を立てて倒れる。
「立て。座っていいとは言っていない」
昭彦は吐き捨てるように言うと、机の上に山高く積み上げられた分厚い参考書の一群を、乱暴に床へぶちまけた。
「今日中にこの単元をすべて解き直せ。一問でも間違えたら、明日の飯はないと思え。……お前くらいの成績など、いくらでもいるんだ」
父が仕事へ向かうため、玄関のドアを乱暴に閉める音が家中に響き渡った。その余韻のような振動が収まっても、慶太は倒れた椅子の横で動けなかった。叩かれた頬が熱く脈打ち、口の中にじわりと鉄の味が広がっていく。
「……にぃちゃん」
背後から、震える小さな声がした。 ソファの陰で息を潜めていた弟の陽太だ。まだ幼い瞳に涙をいっぱいに溜め、慶太の服の裾を壊れ物を扱うようにぎゅっと掴んでくる。半年前に母が「療養」という名目で、逃げるように実家へ帰ってから、この家で陽太が唯一縋れる盾は、慶太だけだった。
「大丈夫だよ、陽太。……なんでもない、すぐ片付けるから」
慶太は、ひきつる頬の痛みをこらえ、無理に口角を上げて見せた。陽太の小さな手を握り返すと、その細い指先が氷のように冷え切っていることに気づく。
(陽太だけは守らないと……)
散らばった参考書を見下ろす慶太の瞳に、絶望の奥底から静かな、けれど決して消えることのない暗い火が灯り始めていた。




