第6奏パート2:夜の運河に、流星<ほし>を探して(第13話)
アリサが渋谷スカイハイを満喫できたので、俺たちは本邸≪いえ≫に帰ることにした。
週末、ましてや夏の月末ともなると、国道246号は混み合い、完全に帰宅ラッシュにハマってしまう。
道路は進んでは止まり、進んでは止まりの繰り返し。
俺はこの時間が嫌だった。
渋滞するとアリサは機嫌が悪くなり、耳元でグチグチと不満を垂らすからだ。
それでも今は、トレンドの曲を鼻歌で歌うくらい上機嫌だったので助かった。
恵比寿、代官山を抜け、目黒通りへと進むにつれて、少しずつ道は空き始める。それでも、その間に何度かバイクは止まった。
アリサは楽しそうに、いろいろな話をしてきた。
学校。
学園祭。
テスト。
部活。
どれも俺には到底関係も興味も無い話だ。強いて言えばもう異世界。
普段なら、興味のない話には相槌を打つだけなのだが、なぜだか今日の俺は嫌じゃなかった。
「……学校かぁ」
思わず、息を吐くように言葉が漏れた。
「……翼ちゃん、何か言った?」
「ううん。何でもねーよ」
信号が青に変わり、俺は再びバイクを走らせた。
学校。
なぜだか、その言葉に引っかかるものがあった。
まるで、あのとき覚えた衝動にも似た感覚。
でも――
その言葉の行方は、移り変わっていく景色と疾風≪かぜ≫の中へ消えていった。
目黒通りから桜田通りへ進み、池田山周辺へ着くと、さっきまでの渋谷の街並みとは打って変わり、静かな住宅街が顔を見せる。
かつて皇族の生家があったことでも知られる、歴史と格式のある土地。
その高台にある広大な敷地と、高くそびえる門構え。
周囲の住宅とは明らかに違う存在感を放っているのが、山本組の本邸≪いえ≫だった。
♦︎
気づけば、夜の9時を過ぎていた。
アリサを本邸に下ろしたあと、俺はいつも溜まり場にしている、京浜運河沿いの使われていない倉庫へ来ていた。
いつもと変わらない、バカ共≪なかま≫の溜まり場。
なぜここなのかって?
品川埠頭橋から見る夜景が綺麗なのと、騒いだところで誰の迷惑にもならないからだ。
今日の顛末を結城に話していると、俺よりも軽い口調のバカ≪智則≫がやって来た。
「何、何!? 盛り上がってんじゃん♪ 俺も会話に混ぜろって♪♪」
「翼が相変わらず、アリサの尻に敷かれているって話だよ」
結城が、それまで吸っていた煙草を口から離す。
静かに笑いながら、白い煙を吐き出した。
「かぁーーーっ! 相変わらず、うちの若頭はお熱いこった。だから昼まで寝てたってか?」
そんなことを、昔流行った芸人の真似みたいに腰を振りながら言うもんだから、周りの仲間たちは一斉に笑い出した。
「……それ、アリサの前ではやめろよ。マジで刺されるから。翼みたいにな」
結城のひと言に、智則は示し合わせたように拳を突き出す。
二人はリズミカルに拳を合わせ、いつものハンドシェイクを交わした。
「いや、まだ刺されてねーから」
俺のツッコミに、場はさらに盛り上がった。
これが俺の日常だ。
仲間たち≪バカ共≫。
バイク。
煙草。
時には喧嘩。
そう――
ずっと変わらない日常。
少なくとも、昨日までは何の疑問も持っていなかった。
♢
天王洲アイルにそびえる巨大なAI時計が、日付が変わったことを知らせる。
仲間たち≪バカ共≫の盛り上がりが、最高潮を迎えようとしていた。
そんな空気を遮ったのが、俺のひと言だった。
「……智則。例の件、どうだった?」
額に垂れ下がった前髪をかき上げる。
周りで騒いでいた仲間たちの会話が、一瞬で止まった。
気づけば、自分でも知らないうちに声がワントーン低くなっていた。
俺の真剣な問いかけに、仲間たちは“東京三つ巴”のことだと勘違いしたらしい。
場に緊張が走ったのが分かった。
その空気を変えたのは、結城だった。
「大丈夫だ。お前たちが心配するようなことじゃない」
「そうそう。ただのゲーム≪あそび≫の話だよ♪」
続けて智則がおちゃらけた口調で言うと、周りの連中から安堵の息が漏れた。
俺は場所を変えることにした。
溜まり場の倉庫から少し歩いた先。
静まり返った街を、夜風だけがひとり歩きしている。
日中と夜では、同じ場所でも見せる顔が違う。
まるで、仕草ひとつで表情を変える女みたいな場所だ。
天王洲アイルの夜景が、今夜も運河の水面に映り込み、虹色に揺れていた。
2人をそこまで連れてくると、俺は昨日からずっと気になっていたことを聞いた。
マーウィンの世界。
優勝したチーム。
空を埋め尽くした、あの流星群。
自分でも驚くほど、次々と言葉が口から出てくる。
最初に口を開いたのは、結城だった。
「だから言っただろ。悔しがるくらいに楽しんでくるって」」
「俺らも、いい線まで行ったんだけどな。あのデカい鬼が手ごわくてよ」
智則はそう言って、悔しそうに頭をかいた。
その話を聞きながら、俺は智則に頼んでいた会員制のサイトから集めた動画をスマホで開く。
何度探しても、映っているのは遠くから撮られた光景ばかりだった。
無数の光が空を駆け、小鬼へ降り注ぐ。
その中心にいるはずの弓使いの顔は、やはり分からない。
分からないからこそ、目が離せなかった。
もし、あの場所に俺もいたら。
もし、俺が参加していたら。
口にするつもりなんてなかったのに、言葉は勝手にこぼれていた。
「……もし、俺が参加してたらさ……」
「みなまで言うなって♪」
智則が、いつもの軽い調子で笑う。
「アリサも、お前の活躍を期待していたんだぜ?」
結城と智則の言葉が、俺の中で眠っていた何かを掻き立てた。
あの流星群を目にした瞬間に覚えた、胸の奥を殴られたような衝動。
悔しいのか。
羨ましいのか。
それとも、ただあの場所に立ってみたいだけなのか。
俺自身にも、まだ分からない。
ただ、一瞬で消えたはずのあの光景が、今も頭から離れなかった。
俺も、あの世界を見てみたい。
あの弓使いが何者なのか、この目で確かめたい。
だから俺は、スマホに映る流星群を見つめたまま、智則へ尋ねた。
「……なあ。あいつらに会うには、どうすればいい?」
天王洲アイルの光が、夜の運河に揺れている。
儚いくせに、目を逸らせないほど綺麗な光。
俺はもう一度、動画の再生ボタンを押した。




