第6奏パート2:手にした武器は、これだ(14話)
結城と智則と別れたあと、俺は愛車を走らせ、本邸≪いえ≫へ戻るため海岸通りを流していた。
しばらく走ったところで、ふと違和感を覚えた。
頬に、それまでとは違う温度を感じる。
信号待ちで横へ目を向けて、ようやくその原因に気づいた。
レインボーブリッジを遠くに望む辺りで、東京湾の向こうから朝日が顔を出し、海面が眩しくきらめいていた。
いつの間にか深い夜は明け、暖かな朝日が昇る時間になっていた。
そう思うと、なぜか自然に口元が緩んだ。
普段、愛車を走らせるのは夜ばかりだ。
けれど、朝に浴びる陽の光も風も、悪くない。
俺は少し先にある湾岸沿いのパーキングに愛車を停め、しばらくその景色を眺めることにした。
近くには自動販売機があった。
眠気覚ましにはいいと結城が勧めていたブラックコーヒーを買い、試しに飲んでみたが――
最高に苦くて、飲めたもんじゃなかった。
「っ……にっがぁぁぁ!? どこが喉越しサイコー、頭スッキリだよ……」
そんなことをひとりごちていると、スマホが震えた。
画面を見ると、智則からメッセージが届いていた。
『次の討伐戦は、俺たちが優勝するからな!』
そんな簡素な一文に、不細工なキャラクターのスタンプまで添えられている。
俺は思わず吹き出した。
♦︎
それからの俺の行動は早かった。
次の討伐戦が8月31日だと聞いてから、今度こそ必ず参戦するため、暇さえあればマーウィンへログインし、戦場へ潜った。
前回の討伐戦で結城と智則、それにアリサが頑張ってくれたおかげで、俺たちのチームは参戦候補に挙がっている。
あとは8月20日までに、俺自身が規定の上位ランクへ到達すればいい。
幸い、俺のクラスは神兵だった。
智則によると、武器の種類に制限がなく、使い込めばどれも限界近くまで極められる希少なクラスらしい。
ただし、どんな武器でも扱えるからといって、最初から何でも使いこなせるわけではなかった。
改めてマーウィンの世界に入ると、現実世界≪リアル≫との差が分からない程に生々しかった。
見えるもの、触れるもの全てが同じ。
空気や香りに、さっき食べたバーの食事も美味しかった。
何気なく入った武器屋≪ショップ≫でも驚かされた。
手に残る重厚感は普段持ち上げている、ベンチプレスのように重かった。
それが初めて触れた武器の感想だった。
だから戦場に落ちている武器を拾っては、片っ端から試した。
武器ごとに一から習熟度を上げ、自分の身体で扱い方を覚えなければ、本来の性能を引き出せないと思った。
剣で斬り、
槍で突き、
弓で射抜く。
時には斧を振り下ろしたこともあった。
日々、喧嘩に明け暮れていた俺には、その方が分かりやすかった。
クラスの性能だけに戦わせてもらうんじゃない。
強くなりたければ、自分で身体に覚え込ませればいい。
"なんだ……
今までと一緒じゃないか。
幼少期≪あのころ≫のように……”
そんな考えが一瞬、頭を過った。
実戦を積んでいくうちに俺は、武器の向き不向きがある事に気付いた。
その中でも、特にナックル系の武器だけは合わなかった。
いや――正確には、俺の拳に“耐えられる”武器がなかった。
俺の力が強過ぎるのか、戦場で拾ったナックルダスターは、一撃叩き込んだだけで壊れてしまった。
そんな俺を見て、結城は笑いながらこう言った。
「お前に近距離で敵うやつなんて、そうはいない。だったら、間合いの長い武器を持つのはどうだ? 仮に手元から武器がなくなっても、丸腰だと思って油断した相手に、きついのを一発お見舞いしてやればいい」
相変わらず、顔に似合わずおっかないことを言うやつだ。
だから、弓を使うのも悪くないと思った。
昔から目はいい。
遠くの標的もしっかり見えるし、何より弓を握ったときの感触が手に馴染んで好きだった。
それに、弦を引き絞るたび、あの夜、新宿の空を埋め尽くした流星が頭に浮かんだからだ。
もし、俺がこの弓と矢で彼らと対峙したら、勝てるだろうか――
想像しただけで、喉がごくりと鳴った。
しかし、今のままでは無理だとすぐに分かった。
額を伝う汗を拭う。
まだ、練習が必要だ。
そんなことを考えながら、何気なく地面に落ちていた槍を拾ったときだった。
その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃が走った。
手のひらから腕、肩、腰、足の先までが、一本の線で繋がったような感覚だった。
握り方も、構え方も、相手との間合いも、誰かに教わったわけじゃない。
それなのに、身体は最初から知っていた。
「……これだ」
気づいたときには、そう呟いていた。
現実世界≪リアル≫では、一度も使ったことがない。
それなのに、電脳空間≪コッチ≫では、頭に思い描いた通りに身体が動く。
まるで槍が俺の本体で、身体がおまけみたいに動いてしまう。
でも、実戦はそんなに甘くなかった。
初めて槍を持って挑んだのは、俺の倍以上もある巨人兵だった。
真正面から胸を狙って突き出した穂先は、分厚い装甲に弾かれた。
鈍い金属音とともに、両手へ痺れが走る。
「チッ……硬ぇな」
直後、巨人兵が巨大な鉄棍を横薙ぎに振るった。
「翼ちゃん、危ない!!」
アリサの声に反応して身体を捻り、直撃は免れた。
だが、完全には避けきれず、鉄棍の先が肩を掠める。
「っ……痛っ」
あんな鉄の塊、まともに喰らえば終わりだ。
体勢を立て直そうとしたとき、結城の声が飛んできた。
「だから言っただろ、翼。一人で突っ走るなって。フォーメーションD! 俺と智則が囮になる!」
「うちの大将は、ゲームでも独走し過ぎだよ。おいしいところはお前にやるから、アリサに格好いいところを見せろよ」
そう言って、結城と智則は巨人兵の前へ出て、その注意を引きつける。
「ふっ……どっちが格好つけだよ。少しだけ時間を稼いでくれ!」
俺は少し離れた場所にいるアリサのもとまで下がった。
「相変わらず、無鉄砲過ぎるよ」
そう言いながら、アリサは前のクエストで手に入れた回復アイテムを俺に使ってくれた。
淡い光が傷ついた肩を包み、削られた体力が少しずつ戻っていく感じがした。
俺は呼吸を整えながら、反撃の隙をうかがった。
……スー
……ハー
……スー
……ハー
深呼吸を繰り返すうち、あることに気づいた。
間近で相手をしていたときは、その攻撃に対処するだけで精いっぱいだった。
だが、離れた場所から巨人兵を観察すると、動きのパターンが見えてくる。
「結城、智則!! このデカブツ、モーションがワンパターンだ。フォーメーションA! 一瞬でいい、俺を懐に入れろ!!」
二人は頷くと、巨人兵を撹乱するように動き始めた。
最初に仕掛けたのは結城だった。
素早い攻撃を立て続けに打ち込み、巨人兵が反撃へ移るより早く間合いの外へ離れる。
結城が巨人兵の前から退いた、その直後だった。
智則が巨人兵へ右手を向け、指をぱちんと鳴らす。
次の瞬間、巨人兵の動きが不自然に止まった。
「こいつ、重っ……翼、早めに頼む。長くはもたないかも……」
智則は右手を小刻みに震わせながら、いつになく真剣な表情を浮かべている。
「一瞬でいいって言っただろ。サンキュー」
智則が力を解いた瞬間、巨人兵が再び動き出し、鉄棍を振り上げた。
けれど、不思議と怖くはなかった。
踏み込める。
そう思った瞬間、身体が勝手に動いていた。
振り下ろされた鉄棍を半歩横へ躱し、そのまま巨人兵の懐へ潜り込む。
槍を回転させ、石突きで膝裏を打ち払った。
巨体が大きく傾く。
装甲の隙間から、胸の奥で赤く明滅する核が見えた。
そこを槍で穿てば、一撃で沈められる。
そう確信した。
「そこだぁぁぁ!!」
両手で握った槍に全身の力を込め、そのすべてを穂先へ乗せる。
突き出した一撃が装甲の隙間を抜け、赤い核を正確に貫いた。
巨人兵の兜の奥でぎらついていた二つの紅い眼が、一気に光を失う。
やがて、巨大な身体が光の粒子となって崩れていった。
『討伐成功。"ブルードラゴンズ”に3000ポイントを付与します』
フィールド全体に、管理AIシエルのアナウンスが流れる。
「うおおおお――!!」
俺は右手に持った槍を高々と掲げ、勝利の雄叫びを上げた。
仲間の助けがなければ倒せなかった。
そんな事実さえ、勝利の熱が頭の隅へ追いやっていく。
巨人兵も、怪鳥も、神獣も目じゃない。
今なら、ドラゴンだって倒せそうな気がした。
俺は、そんな高揚感に身を焦がしていた。
♦︎
気づけば盆もとうに過ぎ、8月20日のランキング集計も締め切られていた。
その日は珍しくマーウィンにもログインせず、集会の予定もなかったため、俺は大人しく自分の部屋で眠っていた。
すると、スマホの着信音に叩き起こされた。
「っ……うるせーな、誰だよ」
画面を見ると、智則からの電話だった。
そして、その内容を聞いた瞬間――俺は思わず大声を上げた。
そのせいで、隣の部屋からアリサが乗り込んでくる。
「もう! 夜中なのにうるさい!! こっちは夏休みの課題をやっているんだよ!!」
「悪い、悪い。今、智則から電話があってさ。俺たち……今回の討伐戦に選ばれたってよ」
その一言に、最初こそ不機嫌そうな顔をしていたアリサも、すぐに笑顔を漏らした。
「やったじゃん、翼ちゃん♪ これで一緒に出られるね♪♪ それに……やっと、あの人たちと同じ戦場に立てるね」
アリサの言葉に、俺は頷いた。
やっと、彼らと同じ戦場に立てる。
そのために頑張ってきた。
彼らをこの目で確かめて、この気持ちが何なのかを知りたい。
あの日見た景色の、その先を――
そう――
あの2人が見せた、眩い光の正体を。
俺は必ず突き止めてやる。
俺の目に灯った光を見透かしたように、アリサが楽しそうに頬を緩めた。
「私、翼ちゃんのその顔が一番好きだよ♪ そんなの見せられたら、こっちまで火照って課題に集中出来ないじゃん♪ バカぁ♡」
「……意味分かんねぇよ」
アリサの頭を撫でながらそう返したが、俺の目はもう8月31日の戦場へ向いていた。
今度は、画面の外から眺めているだけじゃない。
俺も、あの光の中へ行く。




