↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/57

第6奏パート2:恋と呼ぶには、まだ歪で(第11話)

新宿が光を取り戻したあと、俺は急いでGS新宿店に向かった。


まるで、何かに取り憑かれたみたいに走った。


普段、何をするにもバイクを使っていたせいなのか。


それとも、ニコチンの取りすぎなのか。


たった数百メートル走っただけで、息が上がる。


身体は熱を帯び、心拍数のメーターがガンガン上がっていくのが分かった。


それでも、不思議と息苦しくはなかった。


むしろ、このくらい身体を酷使していないと、胸の奥に溜まった熱で、内側からパンクしてしまいそうだった。


荒くなる呼吸を少しずつ整えながら、喉の渇きに気づく。


ちょうど近くに自販機があったから、お気に入りの炭酸飲料がないか確認していると、少し先から騒がしい声が聞こえてきた。


買った炭酸で喉を潤し、角を曲がるとその先に、GS新宿店があった。


気づくと同時に、俺はまた驚かされた。


まるで渋谷ハロウィンを彷彿とさせる人だかりで、イベント帰りの連中が興奮した顔で何かを叫んでいる。


誰もが、まださっきの光の中にいるみたいだった。


ポケットにしまったスマホを左手で器用に抜き取り、結城の護衛メンバーに連絡する。


定番のコール音が数回鳴ったあと、通話が繋がった。


「もしもし……“若”ですか? ……っはい、分かりました。今、俺たちもこっちを抜け出して合流しますね。……その件に関しては、結城さんに既に頼まれていたので大丈夫です。……了解っす」


二言三言伝えただけで、通話は終了した。


スマホをポケットにしまいながら、さすが我が参謀様は全部把握していると感心する。


案の定、結城のやつがだらしない俺のために色々と先回りしてくれていたらしい。


これで、アリサに刺される可能性は少し低くなった。


そう思った瞬間、安堵のため息が漏れる。


俺は左胸のポケットから煙草を一本取り、口に咥えた。


火をつける。


白い煙が、まだ熱の残る新宿の夜に溶けていった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


それから数時間もしないうちに、結城たちはGS新宿店から出てきた。


待ち合わせ場所にしていた近くの公園へ向かうと、見慣れた顔ぶれが集まっていた。


「おかえり、結城♪ そっちはどうだった?」


「お前があの瞬間にいなかったことを、死ぬほど後悔するくらいには楽しんできたぜ。なぁ、智則?」


「いや〜、ヤバいしか言えない俺の語彙力のなさがヤバいくらいに、ヤバかったね!」


智則は“ヤバい”を何回も繰り返しながら、金髪のツンツンヘアーを掻きむしっている。


その背後から、甘ったるい声がした。


「つ・ば・さ・ちゃん♡」


俺は、その声を聞いた瞬間に覚悟を決めた。


「ワリー、アリサ。約束破ったのは、本当にごめん。これ……お前が欲しいって言ってたやつ。手に入れるまでに、ちょっと時間がかかってさ」


そう言って、俺は綺麗に包装された箱をアリサに渡した。


「……開けていい?」


さっきとは違う低い声に、内心ビクつきながらも、俺は静かに頷いた。


アリサは、その箱をまるで宝物みたいに開けていく。


次の瞬間。


悲鳴にも似た歓喜の叫びが、公園に響き渡った。


周囲にいた俺たちの耳に、鋭い刃物でも突き刺さったみたいな衝撃が走る。


「……アリサ! お前、声でけーよ! 音声AIが反応して警察が来たらどうすんだよ!」


耳に響く痛みに耐えながら、俺はアリサの口元を押さえようとした。


けれど、アリサは「だって、だって」と嬉しそうに笑いながら、俺に抱きついてくる。


正直、鬱陶しかった。


「暑いし、汗かいてるから、くっつくなって!」


俺が邪険にすると、アリサは余計に嬉しそうに笑った。


「翼ちゃんってさ〜、そういう所あるよね。クズっぽいのにさ〜、肝心な時には女心を掴む所」


「クズは余計だよ……」


その一言に、場が盛り上がる。


周囲から爆笑が起きた。


「ハハハッ。なんだ、ちゃんと用意してたんだ? 俺の計らいは無駄だった……かな♪」


結城が腹を抱えながら言う。


「いや、無駄じゃねーよ。アリサ、これは結城が代表で、みんなからだってよ」


そこへ智則が、綺麗に彩られたケーキを持ってきた。


いかにも女子が好きそうな、映えるケーキだった。


「「アリサ、誕生日おめでとう〜〜〜♪」」


気づけば、みんながアリサを囲んでいた。


クラッカーが一斉に鳴る。


夜の帳に、乾いた音が何発も響いた。


さすがのアリサもこれは予想していなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


けれど、数秒後。


その愛くるしい顔をぐしゃぐしゃにして、泣き出した。


俺たちは対応に困り、少ししてアリサは落ち着いた。


深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開く。


「……みんな、ありがとう。翼ちゃんに約束をすっぽかされた時は、最悪の誕生日だって思って、刺してやろうかって……本気で思ってたけどさぁ」


目尻に溜まった涙を人差し指で払うと、笑顔のままアリサは続けた。


「思い出に残るプレゼントを、ありがとう♪」


そう言って、目の前のケーキの蝋燭を一気に吹き消した。


アリサは“用意していたナイフ”でケーキを切り分けていると、その様子を見ていた結城が一人で笑い出した。


「どうした、結城?」


口の中いっぱいに広がる苺の酸味と甘味を堪能しながら聞いてみると……


「いや、これウケんだろ? お前が刺されるはずだったナイフで、俺たちケーキ取り分けてんじゃん?」


その一言に、また爆笑が起きた。


「確かに確かに♪ アリサなんか、ずっとマーウィン中にどうやって刺してやるか、ぶつぶつ言ってたよな?」


俺は、その言葉に血の気が引きかけた。


ヘラヘラしながらケーキを食べている智則の頭を叩くと……


一瞬、背中に悪寒を感じた。


振り向くと、そこには笑顔でナイフを拭いているアリサがいた。


目が合う。


……まったく。


笑えない冗談だ。


そう思いながら、俺は残りのケーキを一気に口へ放り込んだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


そうこうしているうちに、俺たちの楽しい誕生日会は幕を閉じた。


愛車に跨り、品川へ向かう。


後ろに乗ったアリサが、俺の背中越しに話しかけてきた。


「ねぇ、翼ちゃん?……次は一緒に参加してくれる?」


「……おぅ。もちろん♪ アリサに刺されたくないからね♪」


一瞬、アリサが俺の身体を掴む力が強くなった気がした。


「ハハハッ、冗談冗談……って、マジで痛いから……」


相変わらず、アリサに冗談が通じないことを、文字通り身をもって知る。


すると、アリサが小さな声で何かを言った。


それは疾風≪かぜ≫にかき消されて、よく聞こえなかった。


俺が大きな声で聞き返すと、アリサも負けじと大声で返してきた。


「今度は何が嫌になったのぉ!? 私、分かるんだから! 翼ちゃんが私との約束を破る時は、必ず何かモヤモヤしてる時だって!」


当たらずも遠からずの答えに、俺は一瞬ビクつく。


ちょうど信号が赤になり愛車を停め、アリサに約束を破ってしまった理由を言った。


「逆だよ。でも、モヤモヤしてたのは本当。……マーウィンのあの衝撃を受けるまでは」


「……衝撃?」


訝しげに聞いてきたアリサに、信号が青になるのと同時に俺は答えた。


最前線に立っていた2人組のプレイヤー。


泡沫の光。


新宿メルトダウン。


こっちでは、けっこう大きな騒ぎになっていたこと。


気づけば俺は、本邸に着くまで1人で喋り続けていた。


ゴブリンの大群のこと。


崩れかけた前線のこと。


そして。


現実の新宿の照明まで巻き込んだ、あの光のこと。


アリサは静かに、うんうんと頷きながら聞いてくれた。


途中からアリサが黙っていることにも、俺は気づかなかった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


車庫へ愛車をしまい、部屋に戻ろうとした時だった。


部屋の前で、アリサが立って待っていた。


「翼ちゃん。今抱えてるその気持ち……教えてあげようか?」


含みのある笑顔だった。


「それ、どーゆう意味?!」


俺は思わず、アリサの肩を掴んでいた。


「痛い」と言われて、すぐに手を離す。


「悪い」


「でも……やっぱ言うのやだな〜。翼ちゃんが私以外の人に関心持つのって♪」


言葉の割には、アリサは機嫌が良く鼻歌混じりでその場でクルッと回っていた。


俺には、その意図が分からなかった。


だから黙っていると、アリサは少しだけ目を細めた。


「恋だよ」


もっと意味が分からなかった。


きっと、そんな顔を俺はしていたんだと思う。


アリサは呆れたようにため息をついた。


「そういう所だよ。あんなに楽しそうに話す翼ちゃんとか、いつぶりかってくらいだったよ? 聞いてるこっちが嫉妬するくらいにね♪」


じゃあね、と手を振って、アリサは自室へ帰っていった。


恋。


恋、ねぇ。


正直、恋だの恋愛だのは、女であるアリサたちの専売特許だと思っていた。


俺には関係ない。


そういうものだと、ずっと思っていた。


自室に戻り、ベッドへ吸い込まれるように倒れる。


暗い部屋で天井を眺めながら考えた。


考えた。


考えたけど、一向に答えは出なかった。


けれど、アリサの言葉だけが、やけに耳の奥に残っている。


恋。


あれが、そうなのか。


胸の奥で燻る熱。


手を伸ばしても届かない眩しさ。


もう一度見たいと思ってしまう、この感覚。


それに名前をつけるなら、本当にそうなのかもしれない。


だけど、何かが違う気もした。


女を見て胸が騒ぐのとは違う。


欲しいものを見つけた時の感覚に近い。


けれど、金でも、バイクでも、煙草でも、暴力でもない。


もっと綺麗で。


もっと遠くて。


もっと、壊したくなるくらい眩しいもの。


俺は身体を起こした。


眠るつもりだったのに、まったく眠れそうになかった。


スマホを手に取り、検索欄を開く。


指先が勝手に動いた。


“マーウィン 第1回大型討伐イベント 流星群”


検索結果は、すぐに出てきた。


イベントの切り抜き動画。


考察スレ。


ランキングまとめ。


大型掲示板。


俺は片っ端から開いていった。


何度も、何度も、あの映像を見返した。


ゴブリンの大群。


崩れかけた前線。


空に走る光。


そして、2人。


少年が弓を構え、少女が隣で笑っている。


その瞬間だけ、画面の中の世界が別物に見えた。


まるで、夜の底に落ちた星みたいだった。


コメント欄が騒がしい。


《あの弓使い誰?》


《MINATOってプレイヤーらしい》


《NOZOMIって子、可愛くない?!》


《あの2人、連携やばすぎ》


《RIKUって2刀流の剣士も強くなかった?》


《巫女狐神って、あの?! たしかSNSで有名な子だよね??》


俺は、画面をスクロールする指を止めた。


MINATO。


NOZOMI。


RIKU。


そして、巫女狐神……


知らない名前が、少しずつ輪郭を持っていく。


胸の奥で、また熱が跳ねる。


俺は無意識に笑っていた。


恋。


アリサは、そう言った。


でも、たぶん違う。


これはきっと、恋なんて綺麗なものじゃない。


もっと汚くて。


もっと勝手で。


もっとどうしようもなく、俺らしいものだ。


マーウィンに参加していれば、いつかあの2人に会える。


近づけば、この胸の内に抱えたものの正体が分かるかもしれない。


眠気なんて、もうどこにもなかった。


さっきまで遠くにあった光が、名前を持った瞬間、ほんの少しだけ近くなった気がした。


胸に疼きを感じる。


それは好奇心。


それとも……


悪意。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。