第6奏パート2:君の隣を見つめる瞳(第9話)
2本の刀が、硬く重いものにぶつかった。
鈍く、腹の底に響くような音が、霧に包まれた路地に反響する。
「かてぇ〜……おい、翼! そっちに回ったぞ!」
「OK〜、陸っち。あとはこっちで射線取るから♪ 湊くんはどう?」
翼くんからの通信を受けて、僕は敵の位置を確認した。
視界の奥。
霧の向こうで、陸の影と、一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫の巨体が重なって見える。
この距離なら、仮に翼くんが撃ち損じても、僕でカバーできる。
「感度良好。2人とも目視できたよ。ノゾミは?」
「うん♪ 3人とも、私の補助エリア内だよ。バフもデバフも、いつでもいけるよ♪」
ノゾミが、こっちを見て親指を立てる。
「陸、やっちゃって!」
「任せろ!」
その合図で、全員が所定の位置から動いた。
一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫から陸が距離を取り、狭い路地へと誘い込む。
白銀の鎧をまとったその巨体は、見た目からは想像できない速度で石畳を蹴り、陸を追いかけていった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
話は少し遡る。
9月21日(火)15:30
その日の6時限目が終わり、僕たちは移動教室から自分のクラスへ戻ってきた。
H・Rの準備をしていると、ポケットの中でスマホが小さく震えた。
画面を見ると、ノゾミからだった。
「湊♪ 今、大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど、どうしたの?」
「ありがとう♡ 陸と結菜ちゃんにも送ったんだけど、マーウィンの火曜更新クエスト、ミスト・タウンがとうとう日本でも開催されたの。どうかなって思ってさ♪」
いつにも増して、ノゾミの表情はやる気に満ちていた。
その顔を見るだけで、僕の胸も少し弾む。
ノゾミがまとめてくれたクエスト情報を夢中にスクロールしていると、
「起立ー、礼!」
委員長こと西園寺の号令に、僕は完全に出遅れた。
慌てて立ち上がったせいで、椅子が小さく音を立てる。
クラス中の視線が、ほんの一瞬だけ僕に集まった。
「佐倉。早く帰りたい気持ちは分かるが、落ち着け。お前のために、今日は5分で終わらせてやる」
葛西先生の一言で、教室に笑い声が広がる。
頬が一気に熱くなった。
陸は腹を抱えて笑っているし、西園寺と笠原さんは、バレないように2人でクスクス笑っている。
僕はスマホを机の下にそっとしまい、俯いた。
まさに“顔から火が出るほど恥ずかしい”とはこの事だ。
そんな様子を画面越しで観ていたノゾミも、
――タイミング、悪くてゴメンね、と。
軽く小さく舌を出して謝る姿が、可愛かった。
改めてノゾミがまとめてくれた情報は、こんな内容だった。
〜霧で閉ざされた古代都市〜
通称、ミスト・タウン。
一定以上のレベルに達していないと参加できない、マーウィンの特別クエスト。
特別クエストでは限定SSRアイテムが手に入り、すでに先行クエストが始まっていた海外のネット界隈では、お祭り騒ぎになっていたらしい。
日本にも近々実装されると言われていて、以前から僕たちも「みんなで挑戦したい」と話していた。
それが今日、突然始まった。
9月21日、火曜日。18時アップデート。
GS新宿店、GS秋葉原店にてチャレンジ可能。
今回の討伐の舞台は、Labyrinth of Minos≪ミノス王の迷宮≫、地下1階層。
チャレンジャーは4人1組。
チーム合計レベル200以上でなければ参加できない。
さらに厳しい条件もあった。
挑戦できるのは週に一度だけ。
しかも、パーティが敗北した場合、その同じメンバーでは再挑戦できない。
ただし、メンバーを一人でも入れ替えれば、再挑戦は可能。
海外ではすでに地下3階層まで解禁されており、階層が一つ下がるごとに難易度も跳ね上がっているらしい。
討伐をクリアしたユーザーがSNSに投稿したSSRアイテムには、コレクター間で八桁の金額が提示され、話題になっていた。
〜放課後〜
僕たちは教室で、今日の討伐について相談していた。
メンバーは、僕と陸とノゾミ。
そして、いつもなら当然のようにそこにいるはずの西園寺。
けれど、西園寺は少し気まずそうに手を合わせた。
「ごめん! 今日は私、別件が入ってて参加できないんだ!」
申し訳なさそうに眉を下げる西園寺だったけれど、僕たちは西園寺が普段から色々と忙しいのを知っている。
だから、誰も責めるようなことは言わなかった。
「大丈夫だよ、西園寺。用事、頑張って」
「悪いな、委員長。また今度一緒に行こうぜ」
「結菜ちゃん、無理しないでね♪」
ノゾミがそう言うと、西園寺はほっとしたように笑った。
「ありがと! じゃあ、また明日!」
そう言って、西園寺は教室を出ていった。
その背中を見送ってから、陸が腕を組む。
「それにしても、委員長が参加できないなら、あと1人どうする?」
陸の問いに、ノゾミはすぐに反応した。
「結菜ちゃんの予定は、グループチャットで先に知ってたから、フレンドさんには何人か声をかけられるようにしておいたよ♪この中なら、私的には“大賢者さん”がオススメかな」
ノゾミがリスト化してくれたフレンド一覧が、スマホの画面に表示される。
僕と陸がそれを覗き込んでいると、ふと、僕の頭に1人の顔が浮かんだ。
「ねぇ、翼くんはどうかな?」
「翼……誰だ、そいつ?」
陸が首を傾げる。
その瞬間、XR投影されたノゾミの輪郭が、一瞬だけ小さくブレた。
先日の一件以来、ノゾミは翼くんに対して、少しだけナーバスになっている。
表情はいつも通りだった。
でも、僕には分かった。
ノゾミは、まだ少しだけ引きずっている。
だから僕は、陸に翼くんのことを説明した。
銭湯でのこと。
僕の傷を受け入れてくれたこと。
マーウィンでもかなり腕が立つこと。
全部を話したわけじゃない。
でも、少なくとも、彼が悪い人じゃないことは伝えたかった。
「へぇ。いいヤツそうじゃん♪ それに強い仲間がリア友にいるなら、負ける気がしねーな!」
陸は、思った以上にあっさり受け入れた。
その反応を見て、ノゾミは小さく笑った。
たぶん、内心では少し諦めたのだと思う。
陸の反応次第では、翼くんの参加をやんわり断るつもりだったのかもしれない。
けれど陸は、もう完全に乗り気だった。
それから僕は、翼くんに連絡を入れた。
返事はすぐに来た。
『行く行く〜♪ 湊くんから誘ってくれるなんて、嬉しいじゃん』
いつもの軽い文面。
でも、なぜかその文字を見たノゾミは、ほんの少しだけ目を細めた。
〜GS新宿店前〜
僕たちが到着した頃には、すでに翼くんが待っていた。
黒いパーカーのフードを浅くかぶり、片手をひらひらと振っている。
「やっほー、湊くん。ノゾミちゃんも元気ーーー♪」
「翼くん、来てくれてありがとう」
「いいっていいって。湊くんからのお誘いなら、断る理由ないしね♪」
そう言って笑ったあと、翼くんの視線が陸へ向いた。
「で、君が陸くん?」
「おう。小野寺陸。湊とは中学からの付き合いだ」
「へぇ。湊くんの中学からの親友、ってやつ?」
翼くんは、いつもの人懐っこい笑顔でそう言った。
けれど、その言い方には、ほんの少しだけ何かを確かめるような響きがあった。
陸はそんなことを気にする様子もなく、笑って右手を差し出した。
「よろしくな、翼」
「よろしく、陸っち♪」
2人は握手を交わした。
その様子を見て、僕は少し安心した。
陸と翼くん。
中学からの親友と、新しくできた親友。
その2人が自然に笑い合っているのが、なんだか嬉しかった。
そんな微笑ましい様子を僕が観ていると、
「そういえば、本来のメンバーの子って誰なの?」
翼くんが何気ない調子で言った。
「クラスの女子なんだけど、今日は別件みたい」
僕がそう答えると、翼くんは一瞬だけ目を細めた。
「もしかしてその子って……西園寺結菜ちゃん……とか?」
「翼くん、西園寺のこと知ってるの?」
思わず聞き返した。
ただのクラスメイトの名前なら、どこかで聞いていても不思議じゃない。
けれど翼くんは、僕が名前を出す前に、西園寺を当てた。
だからこそ、一瞬、胸の奥が引っかかった。
僕が不思議そうにしていると翼くんは、すぐに笑った。
「実は俺、その結菜ちゃんって子の友達の知り合いなんだよね♪だから、ちょっと聞いたことがあるんだ」
「名前を?」
「う〜ん、まぁね。ほら、新宿って、意外と狭いからさ」
それ以上、翼くんは何も言わなかった。
ノゾミも、陸も、そこには深く踏み込まなかった。
けれど僕の胸には、小さな違和感だけが残った。
翼くんは、西園寺の何を知っているのだろう。
そう思ったけれど、直通エレベーターはあっという間にGS新宿店の50階へ到着した。
それから僕たちはガイドキャスト“シエル”の指示のもと、プレイルームへ向かった。
いつも通り、あの幻想的な宙空≪そら≫から降り立ち、踏み締めるように一歩、また一歩と歩いた。
ミスト・タウンは、その名の通り霧に沈んだ街だった。
気付けばさっきまでの宙空は見えず、白い霧だけが街全体を包んでいる。
石造りの建物。
崩れかけたアーチ。
足元の石畳は湿っていて、歩くたびに小さく水音がした。
「うわ、雰囲気あるなぁ」
陸が二本の刀を抜きながら言う。
「こういう廃墟っぽいステージ、俺けっこう好きかも♪」
翼くんは槍を肩に担ぎ、軽く口笛を吹いた。
「油断しないでください。敵性反応、複数あります」
霧が濃くなるのを感じた。
近くに居るはずのノゾミの声が、やけに遠く硬くなるのを感じた。
いつもなら西園寺の回復支援がある。
けれど今日は、彼女がいない。
だからノゾミの支援と、僕たちの立ち回りがいつも以上に重要だった。
「湊、後衛は任せた」
「うん。陸も無理しないで」
「ノゾミちゃん、俺にもちゃんとバフちょうだいね♪」
「もちろんです。ただし、勝手な単独行動は禁止ですよ、翼さん」
「はいはい、怒られないように頑張りまーす」
そんな軽口を交わしながら、僕たちは深くなっていく霧の中を進んだ。
地上では名前の通り複雑な、まるで迷路のようなダンジョンだったけど、ノゾミのナビと僕たちの即席ではあったが、コンビネーションが上手く行き、問題無く攻略が出来た。
螺旋状の階段を降りた先、地下1階層の扉を開くとそこには、巨大な盾を構えた一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫と遭遇した。
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〜 話しは今に戻る 〜
一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫は、陸を追って角を曲がった。
その瞬間、待ち伏せしていた翼くんが動いた。
「穿て――神槍≪グンニグル≫」
翼くんの手から放たれた槍が、霧を裂いて一直線に飛ぶ。
突き刺さる先にいたのは、陸だった。
道は一方通行。
逃げ場はない。
けれど、寸前で囮になっていた陸が身体をひねって避ける。
次の瞬間、神槍≪グンニグル≫は一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫の盾を貫き、その分厚い右胸を貫いた。
声にならない叫びが、フロア内に響く。
しかし盾に軌道をずらされたせいで、致命傷には届いていない。
「ちっ、浅いか!」
陸と翼くんが左右から囲み、とどめを刺そうとする。
だが、一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫は4本の腕を振り上げ、剛腕で2人を薙ぎ払った。
「くっ!」
「おっと、危なっ……!」
2人の体勢が崩れる。
その一瞬の隙を、ノゾミは見逃さなかった。
「今だよ! 蝶拘束魔法≪パピネス・ジェル≫!」
ノゾミの声と同時に、煌びやかな蝶の群れが、一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫の周囲に舞い上がる。
青く光る蝶たちは、まるで強固な鎖のように連なり、腕、足、胴体に絡みついた。
巨体が、石畳の上で動きを止める。
「湊!」
ノゾミが叫ぶ。
僕は弓を構えた。
霧の奥。
敵の額に浮かぶ、小さな弱点表示。
呼吸を止める。
弦を引く。
「チェックメイト」
超長距離弾道矢が、一直線に霧を裂いた。
矢は一角獣兵≪ユニコーン・ソルジャー≫の額を撃ち抜き、次の瞬間、その巨体は光の粒となって崩れていった。
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「「「乾杯ーーー!」」」
プレイルーム内の休憩室で、僕たちは炭酸飲料の入った缶を掲げた。
甘い味が口の中に広がり、そのあとを追いかけるように、炭酸の刺激が喉の奥で弾ける。
痛いのに、少し気持ちいい。
そんな不思議な感覚に、僕たちはしばらく笑い合っていた。
「いや〜、陸っちの剣技は惚れ惚れするね。俺も二刀流、流行らせようかな♪」
翼くんは機嫌よさそうに、左右の手で刀を振る真似をした。
「いやいや、翼の槍の一撃も相当だろ。あれに惚れない男はいねーよ」
「マジ? じゃあ次から俺のこと、槍の王子様って呼んでいいよ」
「呼ばねーよ」
そういって陸は軽く翼くんの胸を小突いた。
2人は初対面とは思えないほど、自然に笑っていた。
その様子を見ていると、紹介した僕まで嬉しくなる。
「よかったね、湊」
ノゾミが、そっと隣に立つ。
「うん。陸と翼くん、仲良くなれそうで安心した」
「あの2人って、意外と似た者同士かもね♪」
ノゾミがクスクス笑う。
たしかに、勢いで突っ込むところとか、褒められるとすぐ調子に乗るところとか、少し似ているかもしれない。
そんなふうに思っていると、翼くんがこちらへ視線を向けた。
「それにしてもさ」
いつもの軽い声だった。
「相変わらず、2人は仲いいよね♪」
「え?」
「湊くんとノゾミちゃん」
翼くんは持っていた炭酸を一気に飲み干しゴミ箱の中へと投げ込んだ。そして、僕たちに近づいてきて笑った。
「見てて分かるよ。だって……湊くん、ノゾミちゃんに呼ばれると、ちょっと顔変わるもん」
「そ、そうかな?」
自分では分からない。
けれど、ノゾミは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「クスっ。湊は、分かりやすいですからね♡」
「ノゾミまで……」
僕が苦笑すると、翼くんは楽しそうに肩をすくめた。
「いいなぁって思っただけだよ」
「いいなぁ?」
「うん。俺にもさ、ノゾミちゃんみたいな子がいたら、もうちょっと人生楽しくなりそうだなぁって」
冗談みたいな口調だった。
だから僕も、最初は軽い言葉として受け取った。
けれど、その言葉の奥に何かが引っかかった。
小さな棘のようなもの。
「翼くん……?」
僕が名前を呼ぶと、翼くんは一瞬だけ、意外そうに目を瞬かせた。
でもすぐに、いつもの人懐っこい笑顔に戻る。
「なーんてね。冗談、冗談♪」
その空気を受けて、ノゾミが一歩前に出た。
「翼さんに、いい話があります」
「お、なになに?」
ノゾミに近づくように翼くんも、一歩前に出た。
その様子はまるで、プレゼントを前に居ても立っても居られない子供のように、肩を左右に揺らしていた。
「今年中には、汎用型の第3世代AIを搭載したスマートフォンが、一般向け展開も予定されています。つまり、翼さん専用のAIと出会える可能性があります」
「ふーん。俺専用のAIね」
翼くんの口角がほんの少しだけ上向いた。
ノゾミは続ける。
「ただし、私は量産モデルではありませんからね?」
その声は、冗談めいているようにも聴こえたが、ほんの少しだけ硬かった。
「私は、湊の端末にいるAIです。だから、湊の隣にいます」
それは、いつものノゾミらしい正論だった。
強すぎない。
でも、はっきりしている。
さっきまでは肩を揺らしていた翼くんも、気づけば肩をすくめた。
軽い、そんな吐息にも似た溜息が聴こえた気がしていると、
「はいはい。相変わらずの正論パンチだね、ノゾミちゃん」
そう言って、翼くんは笑う。
いつもの軽い笑顔。
けれど……目は、笑っていなかった。
それに気づいたのは、たぶんノゾミだった。
ごくり、と。
気付けば僕は、その場を飲み込むように喉を鳴らしていた。
僕は炭酸をひと口飲んだ。
喉の奥で泡が弾ける。
さっき感じた小さな違和感も、その刺激に紛れて消えてくれればいいと思った。
炭酸の勢いを抑えるように、軽く右手で口元を押さえた。
そう……この違和感もまた、一緒に押さえておこう。
今はただ、この4人で笑っていられる時間を、もう少しだけ信じていたかった。




