第5奏パート7 前編:チェリーピンク・インディペンデント・サマー
渋谷へ買い物に来る湊。
今日は第3世代AIのメンテナンス日のため、ノゾミは夕方まで僕にリンクできない。
久しぶりに第2世代AIを使いながら、渋谷へ向かう。
改めて使ってみると、第2世代AIは普通に便利だ。
迷いも減るし、案内も正確で、必要な情報もすぐ出してくれる。
……なのに。
どこか物足りなさを感じてしまう。
みんなが普段当たり前に使うAI。
僕だってほんの少し前までは、何不自由なく使っていたスマホ。
でも――
ノゾミがいないこの瞬間が、どこか胸に穴が空いたような感覚を残す。
渋谷駅、スクランブルスクエアに着いた。
相変わらずの喧騒に、思わず辟易してしまう。
誰かが言っていた。
この街の喧騒は、「垂直に積み重なった街の心拍数」みたいだと。
渋谷という多様な文化が交差する街が、ビルの内部でさらに圧縮され、鼓動を速めている。
そんな感覚を生む、と。
2029年度から着工が始まった「渋谷アッパー・ウエスト・プロジェクト」など、再開発が進む渋谷の街。
「渋谷ヒカリエ」「渋谷サクラステージ」「渋谷アクシュ」「渋谷ストリーム」などの既存施設も含め、
「渋谷スクランブルスクエア」は、日本最大級の都心型・駅上商業施設へと変貌した。
かつての若者の街は、渋谷スクランブルを渡って109へ行くのが日課だった。
でもそれは、旧時代までの話らしい。
今の若者の文化は、この渋谷スクランブルスクエアから発信される――らしい。
……らしい、というのは。
僕が“そっち系”に疎いからだ。
きっと西園寺あたりに聞かれたら、笑われるだろう。
じゃあ、なんでそんな僕が、流行の最先端の街のど真ん中にいるのかというと――
~~14時間前~~
「湊!! お願い!! 母さんの一生のお願いを聞いて!」
そんなふうに僕の前で、両手を前に突き出す母さんがいた。
「いや母さん、それ人生何回目の“一生のお願い”なの?」
珍しく母さんが夕方前に帰宅して、早々に僕へ懇願――いや、嘆願をしてきた。
「美波さん、お帰りです♡ どうしたんですか? 湊にそんなお願いするなんて」
XR投影されたノゾミは、不思議そうに首を傾けている。
母さんは“よくぞ聞いてくれた”と言わんばかりにノゾミへ抱きつこうとして――
すり抜けた先のソファへ転げ落ちた。
これは重症だ。
「イタタタ……」
ぶつけた腕をさすりながら、母さんは一度深呼吸する。
僕は母さんを落ち着かせようと、まず理由を聞いてみることにした。
“ゴクリ”と飲んだ麦茶が美味いのか、母さんの喉が唸り、一息つく。
「ごめんね、湊にノゾミちゃん。実はね……これをお願いしたくて……」
ばつの悪そうな、恥ずかしそうな顔で母さんが差し出したのは、1枚のデータだった。
受け取ったデータを、ノゾミがリビングのXR空間へ投影する。
そこに映されたのは――
『2038年 限定復刻!! デブブ販売』
と、どこか憎めない表情でモジャモジャな体毛に覆われた、ギザギザの歯が特徴のマスコット。
いわゆる「ゆるキャラ」や「ブサカワ」といったジャンルに属する、全長約10cmほどの人形だった。
なんでも、かつて大阪万博があった年に全国で爆発的に人気を誇ったマスコットらしく、
当時の母さんも例にもれずハマった1人だったらしい。
「湊はまだ小さかったから覚えてないと思うけど、あなたも気に入ってたんだよ」
母さんは自分のスマホから当時の懐かしい映像を出した。
「小さい頃の湊も可愛いですね♡」
ノゾミの笑顔がふっと緩む。
それを見て、僕は恥ずかしさで軽く顔が熱くなった。
「いや、俺の子供の頃はいいから続き! それで“一生のお願い”と、この……デブブだっけ? どう関係あるの?」
最近のノゾミと母さんの女子トークは、花が咲くと永遠に続く。
ここらで軌道修正が必要だ。
「うん。映像に出た通り、復刻版が発売されるから買ってきて欲しいの」
年甲斐もなく目をうるうるさせながら、母さんは言った。
なんでもネットで先行引き換えチケットが当たったものの、明日は鳥取まで出張。
デブブは「渋谷スクランブルスクエア」の期間限定店でしか受け取れない。
――だから、夏休みで時間があるだろう僕に、お鉢が回ってきた。そういうわけだ。
「分かった。じゃあ明日行ってくる」
「さすが我が子♡」
嬉しさのあまり抱きついてくる母さんは、さすがに少しウザかったけど――
“クス”っと笑うノゾミの目は、僕たちの親子を本当に羨ましそうに、尊い営みみたいに見つめていた。
~~今~~
余裕を持って渋谷スクランブルスクエアに着いた。
けれど、この暑さは尋常じゃない。
額から流れ落ちる汗をハンカチで拭き取りながら、どこか日陰に入れる場所を探す。
……でも、見つからない。
渋谷スクランブルスクエア“限定店”のオープンは12:00。
まだ40分以上もあるのに、すでに長蛇の列ができていた。
今朝ノゾミは「40℃を超えるから小まめに水分補給してね」と言っていたけど、
持ってきたペットボトルは、もう空だ。
まずはどこか涼める場所を探そう。
幸い今日は別に用事もない。少し落ち着いてからお店に行けばいい。
このチケットは引き換え券だ。渡せばすぐに貰える――母さんもそう言っていた。
そう考えて、僕はスクランブルスクエアを出て、裏路地へ向かった。
母さんの話だと、旧109方面の登り坂へ向かった先に、美味しいスイーツの店がまだあるらしい。
AIナビは「目標地まで5分」とガイダンスしてくれるけど、ここら辺は再開発の影響で変に入り組んでいる。
……迷った。
改めて、自分が方向音痴であること。
そして、普段どれだけノゾミに助けてもらっていたかを痛感する。
一旦とはいえ、ノゾミとのリンクアウトを嘆いていると――
どこからか、男女の揉めている声がした。
そんなに遠くない。
けれど、“複数の男の声”が気になる。
一瞬――
あの時の光景が、脳裏を焼き尽くす。
気づけば僕は、声のする方へ走っていた。
この出会いが、2学期からの学校生活に影響を及ぼすとは、誰にも思わなかった。
そう――
“彼女”の好きな言葉で表すなら、これは……
“Destiny(運命)”。




