最終話 幸福なカメラマン 骨皮すじ男 その6
中へ飾られた写真はどれも想像を超える悪趣味だった。女子高生や、トラック運転手や、老人が、猫を抱いて、微笑んでいる写真ばかりだった。私は毛玉を吐き出しそうなのをこらえるのに必死であった。
一体骨皮は、どうしちまったんだ?なにがおもしろくて、こんなものを恥ずかしげもなく並べているのだ?なにより私の癪に触ったのは、写っている猫どもの得意げな、それでいて味をしめたような顔だった。
どいつもこいつも人間どもに飼い慣らされて、明日の餌の心配などしたことのないような、惚けた、間抜けな顔をしてやがる!
案の定、行列を作って鑑賞する客たちも、みな一様に下品で、センスの悪そうな、惚けた顔の人間どもだった。狸の小娘がつくりあげた偽物の流行に何の疑いもなく乗せられるようなノータリンなのだから、仕方がない。
たろきちは客の波をかきわけるようにして、ずんずん歩いていった。そうして一番奥の小部屋の、壁一面に引き延ばされた、巨大な写真の前で足を止めた。確かにそれが今回の写真展の目玉作品に違いなかった。私はしかし、そこに写っているものを見ると、あやうく気絶しそうになった。
「これって」たろきちがぼそりとつぶやいた。「君ではないの、猫さん?」
そこには若かかりし頃の骨皮少年と、足の先だけが白い、端正な顔立ちの黒猫が写っているのだった。骨皮少年は今とは随分違う、頬をふっくらさせた、優しい、穏やかな顔をして、猫を抱いているのだった。私はごくりと息をのんだーそして、たろきちに言わせようと徹夜で考えてきた台詞が、一気に吹き飛んでしまったのだった。
そこへいそいそと、一人のスタッフが近寄ってきた。どうやらたろきちの豪奢な身なりに、金の匂いを嗅ぎつけてやってきたものらしい。スタッフはたろきちへ向かって、長たらしい写真の説明をはじめた。たろきちは私の耳打ちのないことに対して、ひどくおどおどし始めた。顔を真っ赤に上気させて、しどろもどろになって、そのうち化け術もほどけてしまいそうだった。
わたしは必死に自分を落ち着かせようとした。そしてやっとのことで、「骨皮さんはいますか?」とたろきちへ台詞を耳打ちした。スタッフはすぐに呼んで参ります、と言って、事務室へ飛んでいった。
「どうしたんだい、猫さん?大丈夫かい、なんだか様子がおかしいよ」
「大丈夫だ」
「だけども、顔色が悪いようだし、毛並みも一気にぱさついてしまっているよ。出直すのなら今のうちに…」
「お待たせいたしました」
しわがれたかすれ声に、我々はびくりとして振り返った。モーニングスーツを着込んだ骨皮がうしろへ立っていた。いや正確にはスーツの方に着られているといった具合だった。私はそのあまりの不格好さに少しだけ元気をとりもどした。彼の目に私の姿は見えていないことが、その視線の動きから感じられた。
骨皮は咳払いをひとつすると、緊張の面もちで、たろきち扮する貴婦人に向かって、写真の説明をはじめた。
「えー、この写真に写っておりますのは、若かりし時代の私と、私の愛猫でございます。彼女は私の妹のような存在でもあり、また同時に姉のような存在でもありました…眠るときにはいつも私の顔の上に乗り、そのため何度呼吸困難に陥ったことかわかりません…」
「うつくしい猫ですこと」たろきちは、私の囁いた言葉を、感情こめて呟いた。前よりも、演技がうまくなっている。「うちにも前は、猫がおりましてね。猫というのは、素晴らしい生き物ですわ。気高くて、気品があって。あたくしはめっぽう猫派ですわ」
「はあ、まったくです」
「けれどもそうね、やはり一番は、野良猫とおもいますのよ、あたくし。飼い猫というのは、自由の魂を、人間に売り渡していると思いますわね。」
「はあ」
「それになんといいますか、このお写真はなんというか…うわべだけの幸福とでもいいましょうか、この後ろに、いくつものふしあわせが横たわって、この少年を闇の中に引きずり降ろす時を、今か今かと手ぐすねひいて待っている…そんな気がいたしますわ…」
「はあ…それはなんとまあ…想像力が豊かすぎるといいますか…この写真にそこまでの意図は…」
「まあ!そうでしたの?ではあなたはつまり要するに、この写真からなにを感じ取ってほしいと思って、飾っていらっしゃって?」
「それはそのつまりその…私と猫の友情、といいますか」
「まあ、友情ですって!おほほっほ!友情なんてあるものですか。猫はあなたに友情など、かけらも感じておりませんことよ。あたくし、神に誓って断言できますわ!猫はあなたのことを餌やり機以上に見ておりませんわ。そこへ友情を感じるなどとは、なんとまあ、お間抜けなお方ですこと。」
かわいそうな骨皮は、ふるふる小刻みに震えはじめた。私は彼が再びもとの正気さを取り戻そうとしているのだと感じ、喜びに身震いしながら、さらに暴言を吐き続けた。
「失礼ですけれど、あなた、あなたはご自分の幸せを切り取ったおつもりのお写真で、それを見せびらかした挙げ句、さらにその幸せをお金と名声に換えようとしてらっしゃっるようにお見受けいたしますけれど、そんなくだらないビジネスは決して、絶対に、長続きはいたしませんわね。あなたは他人の幸福を見せびらかされて、どう思われますの?地獄に堕ちろ、そう思うのが関の山でございませんこと?
ねえ、あなた、よく思い出してごらんなさい。幸せなブライダル写真を見せられれば、花婿や花嫁がいかに不細工であるかを知ってほくそ笑み、狙いがはずれて花婿花嫁ともに美男美女であれば、そう遠くないうちにどちらが不貞を働くかを想像して舌なめずりをする、それがあなたがた、人間の性ではありませんの?ああ、人間とは本当に、汚れに汚れた生き物ですわ!」
「あなたは、なぜそんなに」骨皮は声をつまらせた。「見ず知らずの私を傷つけようとされるのです?」
私はじっと骨皮を見つめた。骨皮は涙目になって、俯いていた。「わたしは、わたしは…よ、よいではないですか、私の写真は賞もおかげさまで賞をいただきました、それはつまり、あなたのおっしゃるような、汚れた人間の、美しい一瞬を切り取ったということで、認められ、評価されたのです!わたしの、長年の夢でした…幽霊のうつらぬ写真で、万人に受け入れられ、求められることが!そんな私の夢が、今こうして、こうして叶ったのです、それでよいではないですか!」
「すみませんけれどその賞とは、はたして…」
「なんです?」
「いえ、その賞というのは、どういった名前の賞ですか?いえ、参考までにお伺いしてているだけですけれど…」
「ぽんぽこ写真賞、といいます!」骨皮は胸を張って答えた。「栄えある第一回の、金賞をいただきました!」
するとたろきちがこらえきれなくなって、笑い出した。
「たろきち!」私はたろきちを諫めたが、彼は笑いやまなかった。そうして勝手にしゃべりはじめた!
「お、おじさん!その賞の賞金はなんだったです?もしかして、もしかして、狸の金玉漬けだったんじゃないよね?」
「ほお。よくご存じで!」骨皮は目を輝かせた。「その通りですよ。滋養強壮によく効くとかで」
「それで、賞金はいくら?」
「百万円ですとも!」
「残念だけども、おじさん!」たろきちは声を張り上げた。「その百万円は、もう今頃、全部葉っぱに変わっているだろうよ」
「葉っぱですって?」
「そうですよ!葉っぱですよ…疑うんなら、今すぐにでも確かめてみてくださいよ」
「なにを、おかしなことを…」骨皮はぶつぶつ呟きながら、震える手で財布を取り出した。前と同じの、ぼろ財布だったが、今までに見たことのないくらい、はちきれそうに膨れ上がっている。しかし中身を開けて確かめるまでもなかった。ひらひらと一枚、汚れた枯れ葉がこぼれ落ちたのだった。骨皮の顔から、みるみるうちに血の気がひいていった。すると骨皮は夢中で財布をひっくり返し始めた。枯れ葉の束が、ばらばらとこぼれ落ちた。
「ほらね、おじさん!」たろきちはもう満面の笑みになって、骨皮へ迫った。「あなた、化かされたんですよ」
「なんですって…」
「まだわかりませんか?あなたの娘も、奥さんも、全部、狸なんですよ!あなた、まんまと利用されているんです!」
たろきちの姿がぽん!と爆発して、元の狸にもどった。「ほらね!」
骨皮はもう、唇まで真っ青になって、額から滝のような汗をしたたらせ、立っているのがやっとというように、近くの柱へしがみついた。照明がついたり消えたりして、写真をいれた額縁が揺れはじめた。すると、なんということだろうか、驚いたことに、目の前の写真の、骨皮少年の瞳から、赤い血のような涙がこぼれはじめた。腕の中の猫はみるみるうちに骸骨に変わった。
四方八方から、断末魔の悲鳴があがった。どうやら他の写真にも、同じような怪奇現象が起こっているらしかった。客たちは蜘蛛の子のようにちりじりになって、逃げ出した。出口は我先に飛び出そうとする客たちで溢れかえった。私は素晴らしく楽しい気分で踊り、飛び跳ねた。そうだとも!これでこそ骨皮すじ男!不幸に愛され、嫌われまくる哀れな男!
私は今度こそ骨皮が正気と自分を取り戻したのに違いないと思って、振り向いた。その目には、私の姿が映っているはずだった!しかし私の目に飛び込んできたのは、卒倒する骨皮と、狸の姿に戻って、籠に捉えられ、どこかへ連れて行かれるたろきちの姿だった。籠を抱えているのは、一人の、いや一匹の、美しい女だった。彼女はふわふわのしっぽを優雅に左右へ揺らしながら、ちらと私のほうへ振り向いた。桜色の唇が、ゆっくりと動いた。
「おぼえておけよ」
私は思わず身震いをした。横には骨皮が口から泡をふいて倒れていた。




