第四話 謎多き女神
「すみません、逃がしてしまいました」
二人の気配が完全に消えたことを確認すると、彼女に向き直り謝る。
本来は捕まえるべきだし、彼女の意見を完全に無視した行動だから、非難されても仕方ないだろう。
だけど、僕にしてみれば、完全に関係のないことに巻き込まれただけなのだから、少しぐらい大目に見て欲しい。
まあここで逃がしてしまっては、捕まえるのは一苦労だし、何よりもう一度襲撃してくる可能性もあるけれど、明日ここを去る僕には関係ないと言えば関係ない。
冷たい話だが、むしろここまで協力しただけでも十分のはずだと思いたい。
「いえ、構いません。おそらく、あの二人は今頃、捕まってますから」
だけど、目の前にいる少女は少しだけおかしそうにくすくすと笑っている。
「おかしいと思いませんか、私がこうして襲われているというのに、誰も私を救出しに来ないなんて。それに何より、この国の女王である私が、護衛もなくたった一人でこの場所にいるだなんて、普通に考えれば、それこそおかしな話、ですよね?」
そして、彼女は笑みを消すことなくそう続けた。
だけど、当り前と言えば当り前だ。
国の最重要人物をたった一人きりにするようなことをするわけがない。
見えないところに、絶対に護衛がついているはずだ。
戦闘が始まる前はその認識はあったが、いざ始まると目の前のことに精一杯になって忘れていた。
「申し訳ありませんが試させてもらいました。ここに入れたということは、ノルンに認められたということ。ならば、その力がどれほどまでなのか、それを見たいと思ってしまったんです」
その言葉に愕然とした。
ならば、先ほどの戦い事態が嘘ということなのだろうか。
僕の力を探りたいがために、わざわざ入れたというのか。
「ですが、あの方々が、ここに入ってきたのは作為的なものではありません。私としても、あの方々が、まさか貴方が開いた道を通ってくるとは思っていませんでした。あの方々、こうしてここに来たから、試してみた、それだけの話なんですよ」
だけど、僕の考えたことは杞憂だったみたいだ。
もし、僕の想像通りだったとしたら、それこそたまったものじゃない。
彼女の道楽のために、命をかけてただなんてことになっていたのなら、頭にきていただろう。
とはいえ、偶然とはいえ、結局彼女の道楽で試されて、結果命を賭すことになったし、何より彼女が言っていることが本当とは限らない以上、素直に許せはしないが。
「けがの手当てをしますので、どうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます」
だけど、悲しいかな、弱い立場なのは僕の方、何か言えるわけもない。
とりあえず、武装を解除する。
コアクリスタルを見てみると、真新しい損傷は見当たらない。
無茶な戦い方をしたわけではないが、それでも負荷がかかったには違いないから、もしかしたらと思っていたがこれもどうやら杞憂ですんだみたいだ。
「軽いやけどだけみたいですね。これぐらいなら、私の力で治せますね」
彼女はそう言うと、そっとやけどを負った左肩に手を添える。
『ホーリーブレス』
そして、そう唱えると、肩の痛みが少しずつ引いていく。
戦闘中は気を張っていたから、あまり気にならなかったというか、気にしないようにしてたから、痛みに耐えられていたけれど、いざこうして戦闘が終わると、張り詰めていた牙あっさりと霧散して、どっと激しい痛みを感じていたんだけれども、それもだいぶ和らいできた。
自分で治せばいいだけなんだけれども、今までずっと戦闘力強化ばかりに意識を持っていたから、簡易的な治癒魔法しかおぼえていない。
攻撃力も大事だが、これからは、自分の身を守るためにも、防御魔法と回復魔法をもう少し鍛える必要がある。
もともとソロで行動するつもりだったんだから、そのあたりもしっかりとしておかないといけないだろう。
「これで、大丈夫です」
確かに。痛みはもうない。
完治したのだろう。
「ありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください。貴方は巻き込まれただけなのですから」
確かに、その通り。
巻き込まれただけで、何一つとして、本来僕が気にすべきことはない。
むしろ感謝されるべきだろう。
「申し訳ありません。お気に触りましたよね。いきなり試されて、命の危険に晒されたわけですから」
「いえ、そのようなことはありません」
「お気遣いありがとうございます。ですが、お気持ちは理解できます。私とて同じことをされれば、きっと心穏やかに居られるはずがありません」
なら、しなければいいのに、と思うが口には出さない。
「ですが、身も知らない人が目の前に現れたら、どうしてもその人がどのような人なのかというの知りたくなってしまうのです。この人は私の味方なのかどうなのか、と」
その言葉に何もいえなくなる。
敵か味方か。
上流階級の人々には、きっとかなりの権力争いが起こっているはずだ。
それだけの力を持つわけだから、それを欲しがり、持っている人間を蹴落としてでも手に入れたいと思うだろう。
そうなれば、常に人のことは信じられず、疑心暗鬼にかられるだろう。
「それでも、ヒイラギ様のお気に触ることを行ったことには違いありません、申し訳ありませんでした」
「え、あ、ちょ、ちょっと、頭をお上げください」
そういって謝った彼女は深々と頭を下げたのだ。
「お気持ちは分かりましたので、気にしておりませんので、どうか頭をお上げ下さい」
「ありがとうございます」
答えた彼女がようやく頭を上げる。
女王陛下が頭を下げているなんて姿はとてもじゃないけど、風体が悪すぎる。
「あの、そう言えば、先ほど、ノルンに選ばれたとおっしゃいましたが、どういう意味でしょうか?」
ここは話題を変えるしかない。
正直言って、どういう反応をすればいいのか困る。
まあ、陛下に対して普通に話しかけるのもどうかと思うが、偉い人への対応の仕方なんて知らないからどうしようもない。
「ああ、そのことですか。いえ、特別なことではないんです。ノルンは気に入った人がいると、簡単にこの部屋に通してしまうみたいなんです。貴方もユグドラシルの森で彼女にあったのでしょう」
「えっと、まあ、はい」
話しかけられただけで、姿かたちは見たわけではないけど、こうしてここにいられるということは、あれでも会ったうちに入るということだろう。
「でも、大丈夫なんですか?今日みたいなことが起きるんじゃないんですか?」
とはいえ、それよりも彼女の身の方が心配だ。
どう言った基準でお気に入りになるのかは知らないが、気に入った人間が必ずいい人とは限らない。
危険ではないのだろうか。
「いえ、大丈夫です。ノルンはよこしまな人間の心には敏感ですから、今日のようなことは起きませんし、もし万が一侵入があったとしても、護衛がちゃんといますから。そもそも私の代になってからは貴方が初めてこられた方ですし」
そう言えばそうだ。
先ほど、彼女も護衛がいるといっていた。
それにしても、ノルンはなんとも不思議な存在だ。
いまいち、何者なのかが分からない。
ユグドラシルの樹の中で眠る女性で、なぜか声が聞こえるのは男だけで、僕にも聞こえたし、助けてくれた。
カノン殿下の危機も教えてくれた。
だけど、僕は彼女のことを何一つとして知らない。
「あの、質問ばかりで申し訳ないんですが、ノルン、というのは、どんな存在なんですか」
けれど、もしかしたら、彼女なら知っているかもしれない。
随分と親しげな感じだったし。
「申し訳ありませんが、私も詳しいことは知らないのです。ただ、彼女は私が生まれるよりもはるか前から、ユグドラシルの樹の中にいて、私たちを見守ってくれている。そうとしか聞いておりません」
そう思っての問いかけだったんだけれども、答えは芳しくはなかった。
「あ、いえ、そんな気になさらないでください。ちょっと気になっただけですから」
とはいえ、別にたいして気にしていることではない。
あくまでも、話題転換のためのネタとして使っただけで、詳しく調べたいわけでもないから、分からなくても、別に構わないのだから、謝罪の言葉なんて必要ない。
「お優しいのですね」
「いえ、純粋にそう思っただけのことですので」
そう、別に優しいわけじゃない。
極力、面倒くさいことには係わりたくないだけだ。
ただでさえ、アイシャとカノン殿下のことで、ややこしくなっているのに、更に面倒くさいことなんて抱えたくはない。
「あの、傷も治してもらいましたし、明日、ニダヴェリールに向かう予定なので、そろそろ戻ろうかと思うんですが」
だから、出来れば、ここから早く去りたい。
「そうですか、それは仕方ありませんね。ご案内いたします」
「申し訳ありません」
軽く頭を下げると、彼女についてゆく。
これでようやく、面倒事から解放されると思うと、ほっとする。
彼女の指示通りについてゆくと、視界の端々に、明らかに王城の中というのがわかる調度の品物がずらりと並んでいる。
それを見ると、みすぼらしい格好の自分がいるのが分不相応だと言うのがよくわかる。
そんな居心地の悪い場所もなんとか抜けると、先ほど入った礼拝堂の門の前についた。
「ここからなら、大丈夫ですね」
「はい、わざわざ陛下にご案内していただき、申し訳ありません」
そこらへんは、他の誰かに任せると思っていたので、正直驚いていた。
「いえ、私のことでしたら気になさらないでください。貴方には迷惑をかけてしまいました。何より、せっかく出来た友人ですもの、少しでも一緒にいたいと思うのはおかしなことではないでしょう?」
「……友人、ですか」
あまりの言葉に、茫然とする。
「私が友人では御嫌ですか?」
「い、いえ、そんなことはありません。むしろ、光栄なことです」
「なら、よろしいですね」
そう言った彼女はにこりと笑う。
「あ、は、はい」
そんな顔でそう言われたら、さすがに拒否できない。
それに、おそらくはリップサービスのようなものだろうし、気にする必要もないだろう。
「今日はありがとうございました。それでは、失礼いたします」
そう言うと、頭を下げる。
「はい、またのお越しをお待ちしております」
にこやかな笑顔で返してくれた彼女に、もう一度頭を下げると、その場を去る。
振り返ったりはしない、というか、怖くて出来ない。
振り返ったら、まだ彼女がいそうで、もし、目があった時、どんな対応をすればいいのかなんてわからなので、絶対対応に困る。




