第五話 友人として
相変わらずの凛とした空気は、冷たく、身を引き締める。
それにしても、まさか、こんなことになるとは思っていなかった。
ただの気晴らしのために行った神殿で生死を賭けた戦いになり、挙句には陛下には友人とまで言ってもらった。
もちろん友人云々はリップサービスだというのは分かっているが、それでも嬉しいことには違いない。
とはいえ、会うことはもうないだろう。
さすがに一国の女王と冒険者が気楽に会えるようなことはないだろうし、やっぱり面倒事は御免だ。
「ん?」
ふと、足を止める。
気配、というか、視線を感じた。
辺りを見回すが、人の姿はないが、気のせいだとは思えない。
もう一度辺りを見回す。
「あ」
「どうやら、見つかってしまったらしいね。ていうか、まあ見つかるようにしたわけだけど」
建物の陰にひっそりと男性が経っている。
茶色の髪を短く切りそろえたさわやかな好青年風の男性だ。
そして、その男性は白銀の甲冑を着て、騎士然としている。
「恰好で分かると思うけど、私は陛下の護衛をさせてもらっているワイズ・ボルティア。君に一つだけお願いがあって来たんだ」
「お願い、ですか」
彼の言葉を思わず復唱する。
だけど、ある程度の予測は出来る。
おそらくは、アレックス隊長が僕に行ったことと同じことを言いに来たのだろう。
王家にかかわるな、と。
「そう、お願い。殿下の御言葉通りいい友人であってもらいたい」
「え?」
だけど、現実に出てきた言葉は全く逆の言葉だった。
「その反応からすると、やはり社交辞令として受け取っていたみたいだね」
「あ、えっと」
「いや、責めてはいないよ。むしろ、陛下の言葉をそのまま鵜呑みにするほうがおかしな話だし、だからこそ、こうして私がお願いをしにきているわけだからね」
確かに社交辞令と考えるのが普通だし、鵜呑みにする奴はよっぽどのバカだろう。
でも、だからこそ、彼の言葉に違和感があるし、言葉の真意が計れず混乱してしまう。
「で、だ。先ほどの、お願いだが、聞き入れてくれるだろうか?」
そう言った彼は穏やかな笑みを浮かべている。
だけど、その目はどこにも穏やかさはない。
拒否することを許さない重圧を与えてくる。
「……僕なんかでよろしければ」
もとより、僕はそれについて拒否するつもりはない。
というよりも、彼の重圧関係なしに、王家を拒絶するほどの勇気など僕は持っていない。
当然、拒否できるわけがない。
「そうか。それは良かった。陛下も喜ばれる」
そう言った彼は笑みを浮かべるが、僕としてみればため息しか出てこない。
どうして、こうも厄介事ばっかりに首を突っ込む羽目になるというか、巻き込まれないといけないのだろうか。
「君には悪いことをしたね」
「いえ、光栄なことです」
思わず出てきた言葉は嘘、というわけでもないし、光栄だと思っていないわけでもないが、素直に喜べるものではない。
「そう言ってもらえると、助かるよ」
どうやら、本心はばれてしまっているらしい。
そう言いつつも、彼は苦笑している。
「これは、そのお礼じゃないけれど、君に陛下の話を一つ教えてあげる。ちなみに、これはここだけの話にしておいてほしい」
不意に彼の表情が真剣になった。
先ほどまでの穏やかさは微塵もない。
「分かりました」
それにつられるように僕の出てきた言葉も思わず堅くなってしまう。
「陛下は、十歳の時にご即位された。即位されるまでも、次期女王としての英才教育をその身にたたきこまれ、普通の子供が過ごす日々とは全く違う、苦渋の道を歩まれていた。そして、それは即位されてからも同じ。友人など一人もおらず、心穏やかに過ごされることもなかった」
確かに、それはそうなのかもしれない。
偉くなればなるほど、敵は増える。
嫉妬や恨みもあるだろうし、その力のおこぼれを欲しがる人間だっているだろう。
そんな人間が親しげに寄ってくるかもしれない、友人だった人間がいつか裏切るかもしれない、そう思ったら、人なんて信用できやしない。
「けれど、先ほどの時間は違った。唯一の理解者でもある、ノルン様が認めた君と過ごした時間は陛下にとって、心休まる時間だったのだろう。ひどく穏やかな表情をされていた。それは、長い間護衛を務めてきた私にとっても初めての経験だった」
穏やか、なのだろうか。
陛下のことを何一つとして知らない僕としては、いまいち判断がつかないし、何よりも命がけの戦闘の印象が強烈過ぎて、それ以外の記憶がほとんど曖昧になっている。
「だから、君には迷惑をかけるというのも分かっているし、苦労をかけることになるのは分かっているけれど、それでもお願いしたい。陛下を頼む」
そう言った彼は深々と頭を下げる。
本来なら、僕なんかに頭を下げるべきではないほどの偉い人間が僕に頭を下げている。
「そ、そんな頭を上げてください」
「いや、お願いしている身。これぐらいは当然の儀礼だよ」
慌てて止めようとするが、彼はやめてはくれない。
心が苦しい。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
僕は、こんな世界にいたいわけじゃないのに。
確かに特別でいたいと思っていた。
特別な存在になりたいと思っていた。
それは間違いようのないことだった。
だけど、本当の特別になりたいわけじゃなかった。
ほんのわずかな選ばれた存在になりたいわけじゃなかった。
こんな本来の自分のいるべき場所からあまりにも遠く離れた場所に来たかったわけじゃない。
何がいけなかったのだろう。
何のせいでこんなことになってしまったのだろう。
「こちらこそお願いします。こちらに来てから短くて常識知らずなので、どこまでお役に立つかわかりませんが、僕なんかで陛下の役に立てるようなら、嬉しい限りです」
あの部屋に入ったのが間違いだったのだろうか。
それとも、神殿に入ったのが間違いだったのだろう。
それ以前に、ユミールに来たのが間違いだったのだろうか。
でも、もう全てが遅すぎる。
悔んだところで過去は変えられない。
「役に立つ、なんて考えなくてもらわなくても構わないよ。ただ、友人として接してもらえればそれでいい」
ようやく顔をあげてくれたボルティアさんはそう言うけれど、それが一番難しいとしか思えない。
どういう距離感で付き合えばいいのかなんてわからないし、生きてきた環境が違いすぎるから、話が合うとも思えない。
「友人ですか。いまいち分からないんですが」
「はは、そうだろうな。まあ、最初のうちは探り探りでも構わないさ。陛下もそれについては何も言わないだろう。時間をかけてゆっくりと分かってもらえればそれでいい」
暗に定期的に会いに来いとでも言っているのだろうか。
もし、そうならば頭が痛い。
「それでは、私はこれで失礼させてもらう。帰る途中で呼びとめて悪かったな」
「いえ、お気になさらないでください」
「それでは」
「はい」
そう残した彼は、神殿の方へと歩き出す。
その姿を少しだけ見つめると、踵を返し、僕もホテルへと歩き出す。
だけど、その足取りは重い。
もう、全てが嫌だった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
普通に考えれば嬉しいことに違いないだろうけど、今の僕には重荷でしかない。
アイシャとカノン陛下のことがある以上、王家関係のことは正直かかわりたくなかった。
やはり、ここに来たのは間違いだったのだろうか。
ここに来なければ、こんなことにはなりえなかった。
全てのきっかけは、あの時、あの部屋で、案内人の言葉に頷かなければ、こんなことにならなかった。
僕が、こんな道を選ばなければ、こんなことにならなかった。
いきなりユグドラシルの森に一人で放り込まれて、ワイバーンと戦わされたり、始祖竜と戦わされたり、王族と貴族のトラブルにかかわったり、女王陛下と友人になったりすることはなかった。
全ては、自分が選らんだ道のせい。
もちろん、選んだ段階で、その道が茨だということぐらい覚悟していた。
今までの安穏とした生活から切り離されて、いつ死ぬか分からない危険な世界で生きなくてはいけないのは覚悟していた。
ただ、その覚悟が甘いもので、現実はもっと厳しかった。
もっともっと深い覚悟で決断しなくてはいけなかった。
「なんだ、結局自業自得なんじゃないか」
ぽつりと呟く。
そう、結局はしっかりと考えているつもりで、出来ていなかった自分が全て悪いのだ。
他の誰でもなく、自分が悪いのだ。
もともとこの世界は危険で、面倒事の多い世界なのだ。
だったら、今の状態もおかしくなんてないのだ。
確かに、王族と貴族のもめごとがかなり面倒くさいことだというのは分かるが、ここでの生活で起こることだって、十分面倒くさいには変わりなくて、差異を感じていたのは、ただの認識の違いだろう。
そして、ここにいる以上、面倒事に巻き込まれたくないと考えること自体無意味なことなのだろう。
だったら、アイシャさんとカノン殿下のことだって深く考える必要もないだろう。
なるようにしかならない以上、なるようになれと動くしかない。
すべてをあるがままに受け入れて生きていけばいいだけのことだ。
それこそ、たかだか、あいさつに行く程度のことなのだから、ピリピリとする必要もない。
本当にその程度のことで悩みこむなんて、時間を無駄にしたもんだ




