特別長編 悪の剣 罪の重さ⑦
「罪の重さ(最終話)」
山奥。
冷たい風が吹き抜ける。
政宗の刀が、月明かりを受けて静かに光る。
リュウガとタイガは、その場で震えていた。
「い……嫌だ。」
「死にたくない!」
二人は地面に額を擦りつける。
「お願いします!」
「本当にごめんなさい!」
「許してください!」
政宗は刀を向けたまま、一歩踏み出す。
「許しを請う相手は。」
「俺ではない。」
沈黙。
二人は涙を流しながら顔を上げる。
政宗の声が響く。
「ショウイチだ。」
「ソウタだ。」
「苦しみ続けた者たちだ。」
「そして、その家族だ。」
「お前たちは。」
「その者たちから。」
「生きる希望すら奪った。」
リュウガは泣き叫ぶ。
「ごめんなさい!」
「俺たちが悪かった!」
「本当に……!」
政宗は静かに首を振る。
「言葉だけでは足りぬ。」
「罪とは。」
「口先で消えるものではない。」
刀をゆっくり下ろす。
「これから毎朝。」
「ショウイチの両親のもとへ行け。」
「そして。」
「ソウタのもとへも行け。」
「毎日だ。」
「頭を下げろ。」
「心から謝罪しろ。」
「相手が『もう来なくていい』と言う、その日まで。」
「……罪を償え。」
「一人の命を奪った。」
「その罪を。」
「一生、背負って生きろ。」
二人は何度も頷く。
「はい!」
「必ず行きます!」
「逃げません!」
政宗の目は変わらない。
「忘れるな。」
「ショウイチは。」
「自ら命を絶ったのではない。」
「お前たちが、死へ追い込んだのだ。」
その言葉に。
リュウガは声を上げて泣いた。
タイガも嗚咽を漏らす。
政宗は刀を鞘へ納めた。
カチリ――。
「俺は。」
「ずっと見ている。」
「少しでも。」
「反省の色が消えた時。」
「また。」
「お前たちの前に現れる。」
二人は震えながら答える。
「はい……!」
「絶対に!」
「もう二度と……。」
「誰もいじめません!」
政宗は背を向ける。
「来い。」
「戻るぞ。」
黒いスーツが、静かに森の奥へ消えていった。
それから数週間。
リュウガとタイガは毎朝、ショウイチの家を訪れていた。
雨の日も。
風の日も。
欠かすことなく。
玄関の前で深く頭を下げる。
「本当に……申し訳ありませんでした。」
ショウイチの父親は何も言わない。
母親も、ただ静かに二人を見つめている。
許されたわけではない。
許される日が来るかも分からない。
それでも二人は、毎日頭を下げ続けた。
ソウタにも同じだった。
学校へ向かうソウタを見つけると、立ち止まり、深く頭を下げる。
「ごめんなさい。」
「本当に、ごめんなさい。」
ソウタは何も言わず、その場を後にする。
それでも二人は、翌日も、そのまた翌日も謝り続けた。
ある朝。
ショウイチの父親は仏壇に線香をあげる。
写真の中のショウイチは笑っていた。
父親は静かに語りかける。
「ショウイチ。」
「今日も、あの二人は謝りに来たよ。」
少し笑う。
「もちろん。」
「まだ許すことなんてできない。」
「お前は帰ってこないからな。」
涙がこぼれる。
「……だけど。」
「少しだけ。」
「お父さんも前を向いてみようと思う。」
母親も静かに頷く。
父親はふと空を見上げた。
脳裏に浮かぶ。
黒いスーツ。
全身に包帯を巻いた男。
「あの人が……。」
「お前の無念を。」
「少しだけ晴らしてくれた。」
「本当に……。」
「ありがとうございました。」
深く頭を下げた。
ーー
ある日。
謝罪を終え、二人が歩いていると、商店街のテレビからニュースが流れてきた。
『速報です。』
『龍崎ホールディングス会長・龍崎剛容疑者が、本日、自首しました。』
『横領、背任、強要など複数の容疑を認めており、警察は余罪についても調べています。』
リュウガの足が止まる。
画面には、警察に連れられていく父親の姿が映っていた。
「……父さん。」
声が震える。
タイガも隣で言葉を失っていた。
その瞬間。
リュウガの脳裏に、一人の男が浮かぶ。
黒いスーツ。
全身に包帯を巻いた男。
橋の上で言われた言葉。
「来なければ、お前の父親のところまで行く。」
そして。
山奥で聞いた言葉。
「父親がいなければ何もできぬ男。」
リュウガはテレビを見つめたまま、小さく呟く。
「……あの人。」
「本当に……。」
その先の言葉は、もう口にできなかった。
父親は、自首した。
理由は分からない。
誰にも分からない。
だが、一つだけ分かることがあった。
あの日から。
自分の人生は変わった。
もう父親の権力はない。
守ってくれる者もいない。
残されたのは。
自分が犯した罪だけだった。
その罪は、一生消えることはない。
そして、
リュウガは静かに目を閉じる。
静かに踵を返した。
「行こう。」
タイガは小さく頷く。
二人は再びショウイチの家へ向かって歩き出す。
償うために。
背負い続けるために。
自分たちの罪と向き合いながら。
風だけが静かに吹いていた。
――完――




