特別長編 悪の剣 罪の重さ⑤
「罪の重さ(後編⑤)」
……
……
耳元で風が鳴っていた。
「……う。」
リュウガがゆっくり目を開ける。
頭が割れるように痛い。
体も重い。
「ここ……。」
ゆっくり起き上がる。
辺りを見回した瞬間。
顔色が変わった。
木。
木。
木。
どこを見ても木しかない。
昼間なのに薄暗い。
鳥の鳴き声だけが響いていた。
「お、おい!」
隣ではタイガも目を覚ます。
「ここどこだよ!」
立ち上がる。
走る。
しかし。
どちらを向いても同じ景色。
「嘘だろ……。」
足元には二本のペットボトル。
そして缶詰が数個。
それだけだった。
タイガが叫ぶ。
「ふざけんな!!」
缶詰を蹴り飛ばす。
カラン、と転がる音だけが響く。
「包帯野郎!」
「出てこい!」
返事はない。
静寂だけが続く。
……
数時間後。
日は少し傾いていた。
二人は歩き続けていた。
しかし景色は変わらない。
「出口がねぇ……。」
喉は乾き始めていた。
タイガが缶詰を見つめる。
「食うか……。」
リュウガは舌打ちする。
「こんなの食えるか。」
その時。
ガサッ。
草が揺れた。
二人が振り返る。
黒いスーツ。
全身に巻かれた包帯。
政宗だった。
「て、てめぇ!」
リュウガが駆け寄る。
「ここどこだ!」
「どうやって連れてきやがった!」
政宗は静かに答えた。
「背負って走った。」
「……は?」
「昔から体は丈夫なのでな。」
タイガは呆然とする。
「怪物かよ……。」
リュウガは怒鳴る。
「誘拐だぞ!」
「こんなの犯罪だ!」
「父さんがお前を――」
政宗が遮る。
「また父親か。」
静かな一言。
「父親がいなければ何もできぬ男。」
「……情けない。」
リュウガの顔が真っ赤になる。
「なんだと!」
殴りかかる。
だが。
ドゴッ!!
一瞬だった。
腹へ拳がめり込む。
「がっ……!」
膝をつく。
呼吸ができない。
タイガも飛びかかる。
政宗は腕を掴み、そのまま地面へ叩きつけた。
ドォン!!
「ぐぁぁ!」
政宗は二人を見下ろす。
「これで終わりではない。」
「……え。」
「また来る。」
それだけ言うと、背を向けて歩き出した。
「お、おい!」
「待て!!」
返事はない。
森の奥へ消えていく。
静寂。
リュウガは木にもたれながら息を切らす。
「なんなんだよ……あいつ。」
タイガも震えていた。
「あいつ……。」
「本気だ。」
空が赤く染まり始める。
夜が来る。
二人は初めて感じていた。
今まで味わったことのない恐怖を。
そして、その恐怖は——
まだ始まったばかりだった。
――続く。
「罪の重さ(後編⑥)」
夜。
山奥。
風が木々を揺らす。
ゴォォ……。
暗い。
静かだ。
街の明かりは一つも見えない。
リュウガとタイガは木にもたれながら震えていた。
「寒い……。」
「腹減った……。」
昼間は強がっていた。
だが夜になると違う。
どこからか獣の鳴き声が聞こえる。
ガサッ。
草が揺れる音がするたび、二人は飛び起きた。
「な、なんだ!」
「誰かいるのか!?」
返事はない。
静寂だけ。
タイガは小さく呟く。
「帰りたい……。」
リュウガは何も答えない。
その言葉が、自分の口からも出そうだった。
朝。
目が覚める。
ほとんど眠れなかった。
缶詰を開ける。
無言で食べる。
水を少しだけ飲む。
誰も喋らない。
数時間後。
ガサッ。
また草が揺れる。
黒いスーツ。
包帯。
政宗だった。
リュウガは立ち上がる。
「帰してくれ!」
政宗は答えない。
ゆっくり歩み寄る。
「立て。」
リュウガは震える。
「……。」
「立て。」
二人は立ち上がる。
その瞬間。
ドゴッ!!
拳がリュウガの頬へ突き刺さる。
「がぁっ!」
続けてタイガ。
ドン!!
腹へ一撃。
二人は地面へ転がる。
政宗は見下ろす。
「痛いか。」
返事はない。
「苦しいか。」
二人は涙を浮かべる。
政宗は静かに言う。
「ショウイチも苦しかった。」
「ソウタも苦しかった。」
「毎日。」
「理由もなく殴られ。」
「笑われ。」
「逃げ場もなく。」
「誰も助けてくれなかった。」
沈黙。
風だけが吹く。
政宗は続ける。
「お前たちは。」
「その痛みを。」
「笑っていた。」
リュウガは俯く。
政宗は振り返る。
「また来る。」
そのまま森へ消えていく。
タイガが震えながら言う。
「……なんなんだよ。」
「毎回来るたび殴って。」
「何がしたいんだ……。」
リュウガは拳を握る。
「分かんねぇ……。」
その日の夕方。
また政宗が現れる。
今度は何も言わない。
ただ立つ。
二人は自然と身構える。
政宗が一歩踏み出す。
「来る!」
二人は同時に逃げ出す。
必死だった。
転びながら。
木にぶつかりながら。
それでも逃げる。
だが。
目の前に。
政宗が立っていた。
「なっ!?」
いつ回り込まれたのか分からない。
政宗は静かに言う。
「逃げたかったか。」
「……。」
「ショウイチも。」
「逃げたかった。」
拳が振り下ろされる。
ドゴッ!!
タイガが倒れる。
リュウガも殴られる。
何度も。
何度も。
やがて政宗は拳を止めた。
「これが痛みだ。」
「これが恐怖だ。」
「これが孤独だ。」
「お前たちが。」
「毎日、人へ与えていたものだ。」
二人は地面へ倒れたまま泣いていた。
もう怒りはない。
憎しみもない。
あるのは。
恐怖だけだった。
政宗は背を向ける。
「まだ終わらん。」
「お前たちは。」
「まだ何も理解していない。」
黒いスーツが森の奥へ消えていく。
二人は動けなかった。
初めてだった。
自分たちが。
誰かを心から恐れたのは。
――続く。




