特別長編 悪の剣 罪の重さ③
「罪の重さ(後編①)」
放課後。
夕日が校舎を赤く染めていた。
生徒たちが笑いながら帰っていく。
その中を、ソウタだけが俯いて歩いていた。
「おい。」
低い声。
振り返る必要もなかった。
リュウガ。
その隣にはタイガが立っている。
「逃げなかったな。」
リュウガは笑う。
「約束は守るタイプか。」
タイガがソウタの肩を乱暴につかむ。
「行くぞ。」
ソウタは抵抗しなかった。
抵抗すれば、もっと酷くなる。
それを知っていたから。
三人は川沿いの道を歩く。
夕焼けが水面を赤く染めていた。
しばらく歩いたところで、タイガが笑いながら口を開く。
「そういや先生たち、ショウイチの件で俺ら疑ってたよな。」
リュウガは鼻で笑う。
「でも結局、何もできなかった。」
「親父が話つけたからな。」
ソウタは顔を上げる。
リュウガは得意げに続けた。
「校長も。」
「教育委員会も。」
「警察も。」
「親父には逆らえねぇ。」
タイガが吹き出す。
「学校に何回相談しても無駄。」
「親が騒いでも無駄。」
「全部握り潰せる。」
リュウガは笑う。
「だから俺たちは何やっても捕まらねぇ。」
「少年法もあるしな。」
「最強だろ?」
タイガが笑いながら言う。
「それにさ。」
「俺の親父も弁護士だから、もし何かあっても何とかなる。」
二人は大笑いする。
ソウタは拳を強く握った。
ショウイチの父親が学校へ何度も頭を下げていた姿を思い出す。
先生たちは何もしてくれなかった。
リュウガの父親の会社へ行っても追い返された。
その翌日には、ショウイチの父親は身に覚えのないセクハラをでっち上げられ、会社を謹慎になった。
誰も逆らえなかった。
だから——。
ショウイチは死んだ。
リュウガは橋の中央で立ち止まる。
「着いたぞ。」
ソウタの鼓動が速くなる。
橋の下を流れる川。
高い。
あの日。
屋上から見た景色が脳裏によみがえる。
リュウガが橋の手すりを叩く。
「登れ。」
ソウタは動けない。
タイガが背中を押す。
「早くしろよ。」
「飛び降りろ。」
ソウタは首を振る。
「嫌だ……。」
「お願いだから……。」
リュウガは笑う。
「ショウイチも怖かったんだろうな。」
「でも結局飛んだ。」
タイガが腹を抱えて笑う。
「お前が死んでも誰も困らねぇよ。」
リュウガが続ける。
「仮に俺たちのせいになっても?」
「少年法が守ってくれる。」
「だから安心して死ね。」
二人の笑い声だけが橋に響く。
ソウタの足が震える。
(怖い……。)
(嫌だ……。)
(死にたくない……。)
リュウガがゆっくり近づく。
「自分で飛べねぇなら——」
ニヤリと笑う。
「手伝ってやるよ。」
その瞬間だった。
ドンッ!!
鈍い衝撃音。
リュウガの体が横へ吹き飛ぶ。
「がぁっ!!」
橋の上を転がり、フェンスへ激突する。
タイガが目を見開く。
「リュ、リュウガ!?」
ソウタも振り返る。
そこに立っていたのは——。
黒いスーツ。
全身に巻かれた包帯。
腰には一本の木刀。
夕日に照らされながら、静かに立っていた。
ソウタは思わず声を漏らす。
「……包帯のおじさん。」
政宗は何も答えない。
ただ静かにリュウガたちを見つめていた。
その目には、一切の迷いがなかった。
――続く。
「罪の重さ(後編②)」
夕暮れ。
橋の上。
リュウガはフェンスにぶつかった衝撃で、その場に倒れ込んでいた。
「ぐっ……。」
ゆっくりと体を起こす。
口の中に血の味が広がる。
目の前には、一人の男。
黒いスーツ。
全身に巻かれた包帯。
腰には一本の木刀。
その男は静かに立っていた。
何も言わない。
ただ、二人を見つめている。
橋の上を風が吹き抜ける。
その沈黙が、かえって恐ろしかった。
ソウタはその背中を見つめる。
(……怒ってる。)
叫んでいるわけじゃない。
睨みつけているわけでもない。
それなのに。
今まで感じたことのないほどの威圧感だった。
リュウガが唾を吐く。
「……てめぇ。」
政宗は答えない。
タイガが一歩前へ出る。
「包帯のおっさんがよ。」
「さっきから何なんだよ。」
政宗は静かに口を開いた。
「命を弄ぶ者に、言葉は不要だ。」
その一言だけだった。
リュウガは鼻で笑う。
「何カッコつけてんだ。」
ポケットからナイフを取り出す。
夕日に照らされた刃が鈍く光る。
ソウタの顔が青ざめる。
「や、やめろ!」
リュウガは叫ぶ。
「死ね!!」
一直線に突っ込む。
ナイフが政宗の胸を狙う。
だが。
次の瞬間。
政宗の姿が消えた。
「……え?」
気づいた時には。
ガシッ。
手首を掴まれていた。
「なっ……!」
政宗は力を込める。
ミシッ。
「いっ……!」
ナイフが手から落ちる。
カラン。
静かな音が橋に響く。
その直後だった。
ドゴッ!!
政宗の拳がリュウガの腹へめり込む。
「がはっ!!」
胃の中の物を吐き出しながら膝をつく。
息ができない。
苦しい。
政宗は見下ろす。
「立て。」
リュウガは震えながら顔を上げる。
「な、なんなんだよ……。」
「立て。」
静かな声。
だが逆らえない。
何とか立ち上がった瞬間。
バキッ!!
拳が頬へ。
リュウガの体が回転しながら地面へ叩きつけられる。
「ぐぁぁっ!」
「立て。」
また、その一言。
リュウガは涙目になりながら起き上がる。
「や、やめ……。」
ドゴッ!!
また拳。
倒れる。
「立て。」
殴る。
立たせる。
また殴る。
その繰り返し。
ソウタは震えながら見ていた。
(……強い。)
(こんなに……。)
タイガは足がすくんで動けない。
「リュ、リュウガ!」
仲間の悲鳴でようやく我に返る。
「この野郎!!」
格闘技で鍛えた拳を振るう。
速い。
普通の相手なら避けられない。
しかし。
政宗は半歩だけ体をずらした。
拳は空を切る。
そのままタイガの腕を掴む。
「え?」
次の瞬間。
体が宙を舞った。
一本背負い。
ドォン!!
橋へ叩きつけられる。
「ぐっ!」
起き上がろうとする。
だが。
再び投げられる。
ドン!!
また投げられる。
ドォン!!
何度も。
何度も。
「や……やめろ!」
「頼む!」
息も絶え絶えになった二人。
リュウガは涙を浮かべながら叫ぶ。
「お、おれの父さんが誰だか知ってるのか!」
政宗はゆっくり歩み寄る。
「知らんな。」
「……いや。」
「知る必要もない。」
二人の前で立ち止まる。
「俺には関係ない。」
「悪を裁くだけだ。」
橋の上に静寂が流れる。
政宗は二人を見下ろした。
「これが痛みだ。」
「分かるか。」
二人は何も答えられない。
「まだ分からぬのなら。」
一歩、近づく。
「分からせるまでだ。」
その一歩だけで、二人は後ずさった。
今まで味わったことのない恐怖だった。
――続く。




