特別長編 悪の剣 罪の重さ②
「罪の重さ(中編①)」
――朝。
橋の下。
ユウキはスマホを見ながら眉をひそめた。
「なあ政宗。」
「なんだ。」
「近くの学校で、生徒が一人亡くなったらしい。」
政宗は木刀の手入れを続ける。
「自殺だって。」
その手がわずかに止まる。
「……そうか。」
「いじめが原因じゃないかって噂。」
「……また、誰かが苦しんでたのに。」
政宗は何も言わない。
ユウキもそれ以上は話さなかった。
だが、重い空気だけが残る。
――同じ頃。
学校。
ソウタは教室へ入る。
誰とも目を合わせない。
ショウイチの席は、今日も空いたままだった。
その席を見るたびに胸が締め付けられる。
(ごめん……。)
(ごめん、ショウイチ……。)
授業は耳に入らない。
先生の声も。
黒板の文字も。
何も頭に入らなかった。
昼休み。
ソウタは屋上へ向かう。
誰もいない場所がよかった。
フェンスにもたれ、空を見上げる。
雲がゆっくり流れていた。
「……なんで。」
小さく呟く。
「なんで、お前だったんだよ……。」
ショウイチは優しかった。
自分なんかを助けてくれた。
本当なら。
死ぬべきだったのは、自分だった。
その時。
屋上の扉が勢いよく開く。
リュウガとタイガだった。
「おっ、いたいた。」
ソウタの肩が震える。
「逃げんなって言っただろ。」
タイガが笑う。
「ショウイチみたいに飛んでみるか?」
二人は笑う。
ソウタは何も言えない。
リュウガが胸ぐらを掴む。
「なあ。」
「お前さ。」
「ショウイチが死んだ時、ホッとしただろ?」
図星だった。
ソウタの瞳が揺れる。
「違……。」
「違わねぇよ。」
「やっと自分じゃなくなったって思ったんだろ?」
ソウタは震える。
何も言い返せない。
「最低だよな。」
「友達が死んで安心するとか。」
二人は笑いながら屋上を出ていく。
「放課後、橋に来い。」
「逃げんなよ。」
扉が閉まる。
静寂。
ソウタはその場に崩れ落ちる。
「……違う。」
涙が止まらない。
「違う……。」
本当は怖かった。
ショウイチが死んだ日。
胸の奥で思ってしまった。
(これで終わる。)
その瞬間だけ。
安心してしまった。
でも。
次の日には分かった。
次は自分だと。
「あぁ……。」
「最低だ……。」
「俺が……。」
「俺なんかが生きてて……。」
ゆっくり立ち上がる。
フェンスを越える。
眼下には道路。
足が震える。
怖い。
怖い。
それでも。
「もう……終わりにしたい……。」
ゆっくり、一歩踏み出そうとした。
その瞬間。
ガシッ。
誰かが腕を掴んだ。
「……!」
ソウタが振り返る。
そこに立っていたのは。
全身に包帯を巻いた、一人の男。
鋭い目。
黒いスーツ姿。
そして腰には一本の木刀。
「何をしている。」
静かな声だった。
だが、不思議とよく響いた。
ソウタは涙を流しながら叫ぶ。
「離してください!」
「もう嫌なんです!」
「生きてても意味なんかない!」
男は腕を離さない。
ただ静かに言う。
「違う。」
ソウタは涙をこぼす。
「何が違うんですか!」
「ショウイチは死んだ!」
「俺は助けられなかった!」
「俺は最低なんです!」
男は静かに答えた。
「悪いのは、お前ではない。」
その一言に。
ソウタの時間が止まった。
「……え。」
男はまっすぐソウタを見る。
「お前を追い詰めた者。」
「ショウイチを死に追いやった者。」
「悪いのは、その者たちだ。」
ソウタの目から、大粒の涙があふれる。
「でも……。」
「俺は……。」
男は静かに言う。
「その話。」
「聞かせてもらおう。」
ソウタはその場に座り込み、声をあげて泣いた。
今まで誰にも言えなかった苦しみを。
包帯の男に、すべて話し始めるのだった。
――続く。
「罪の重さ(中編②)」
夕方。
学校の屋上。
風が静かに吹いていた。
ソウタはその場に座り込み、涙を流し続けていた。
包帯を巻いた男――政宗は何も言わず、その隣に立っている。
急かすこともない。
慰めることもない。
ただ、ソウタが話し始めるのを待っていた。
長い沈黙のあと。
ソウタが口を開く。
「……俺。」
「もともとは、俺がいじめられてたんです。」
政宗は黙って聞いている。
「毎日、殴られて……。」
「教科書は捨てられて……。」
「お金も取られて……。」
「理由なんてありませんでした。」
「ただ、面白いからって……。」
拳が震える。
「でも……。」
「ショウイチだけは違いました。」
ソウタは空を見上げる。
涙が止まらない。
「『もうやめろ』って……。」
「俺をかばってくれたんです。」
「だから……。」
「ターゲットが俺からショウイチに変わった。」
政宗の表情は変わらない。
だが、その瞳だけが静かに細くなる。
ソウタは続ける。
「俺……。」
「安心したんです。」
その言葉を口にした瞬間。
ソウタは自分の顔を両手で覆う。
「最低ですよね……。」
「ショウイチが代わりになって……。」
「俺……ほっとしたんです……。」
声が震える。
「でも……。」
「ショウイチが死んだって聞いた瞬間……。」
「次は俺だって……。」
「そう思ったら、毎日怖くて……。」
「眠れなくて……。」
「学校へ行くのも怖くて……。」
「俺……。」
「ショウイチに謝りたい。」
「でも、もう謝れない……。」
「俺なんか、生きてる価値ありません。」
そう言うと、ソウタは地面に額をつけた。
「最低な人間なんです。」
政宗は静かに口を開く。
「違う。」
ソウタは顔を上げる。
政宗は真っ直ぐ見つめていた。
「恐怖は、人の心を奪う。」
「生きたいと思うことは罪ではない。」
「お前は生きたかった。」
「それだけだ。」
ソウタの瞳から涙が溢れる。
「でも……。」
政宗は続ける。
「悪いのは、お前ではない。」
「恐怖を与えた者。」
「命を弄んだ者。」
「笑いながら人を追い詰めた者。」
「その者たちが悪だ。」
ソウタは唇を震わせる。
「……包帯のおじさん。」
「俺、どうすればいいんですか。」
政宗は静かに答える。
「生きろ。」
「ショウイチの分まで。」
「そして、二度と自分を責めるな。」
ソウタは声を上げて泣いた。
その姿を、政宗は静かに見つめる。
やがて政宗は屋上の扉へ向かって歩き出す。
「え……?」
ソウタが顔を上げる。
政宗は振り返らない。
「包帯のおじさん……どこへ?」
歩みを止めず、静かに答えた。
「悪を裁きに行く。」
その一言だけ残し、政宗は屋上を後にした。
夕日が、その背中を赤く照らしていた。
ソウタは涙を拭いながら、その姿を見送る。
胸の奥で初めて思った。
(あの人なら……。)
(ショウイチの無念を、晴らしてくれるかもしれない。)
――続く。




