第27話 人斬り影虎
朝。 橋の下。
政宗は橋脚にもたれかかり、傷口を押さえながら座っていた。
政宗は刀を静かに見つめている。
指がわずかに動く。
ユウキが心配そうに見つめる。
「昨日のやつ……知り合いだったの?」
「ああ。」
「昔の仲間だ。」
「白虎という。」
ユウキは息をのむ。
「じゃあ……かなり強いんじゃないか?」
「ああ。」
「今は……たぶん俺より強い。」
沈黙が流れる。
ユウキは意を決したように口を開いた。
「病院へ行こう。」
「まず傷を治そう。」
「それで、その後のことを考えればいい。」
政宗は首を横に振る。
「時間がない。」
「だったら俺の家に来なよ!」
ユウキは政宗の肩を掴む。
「傷が治るまでいていい!」
「親には俺がちゃんと説明する!」
「まずは家で休んで、それから考えよう!」
政宗は静かに目を閉じた。
「……無理だ。」
「なんで!」
「その白虎と戦ったら死ぬかもしれないんだろ!」
「ああ。」
「その可能性は高い。」
「なんでだよ!」
ユウキの声が震える。
「政宗が死ぬ必要なんてないじゃないか!」
「十分苦しんだ!」
「十分人助けもした!」
「だから今度は政宗が、自分のために生きる番だよ!」
「もうこんなの終わりでいいじゃないか!」
「それに刀は使わないって約束しただろ!」
政宗はゆっくり立ち上がる。
「……その約束は守れそうにない。」
「やつとは過去の因縁がある。」
「決着をつけねばならん。」
「そんなのどうでもいいよ!」
その瞬間。
政宗の目が鋭くなる。
「……。」
「俺は所詮、人斬りだ。」
「お前とは分かり合えぬ。」
「住む世界も違う。」
「少年よ。」
「もう帰れ。」
「嫌だ!」
政宗は刀を抜いた。
キン――。
「え……。」
そして、その切っ先をユウキへ向ける。
「な、何だよ急に……。」
「お前がいるのは目障りだ。」
「帰らぬのなら斬る。」
「武士の決着をどうでもいいと言ったな。」
「それは最大の侮辱。」
「許してはおけん。」
「なんだよ……それ。」
「帰れ。」
政宗が一歩踏み出す。
「政宗が俺を斬れるわけないだろ!」
さらに一歩。
「本気なのかよ……。」
「無論だ。」
政宗の目。
それは初めて出会った頃と同じだった。
村人を。
世界を。
すべて憎んでいた頃の目。
ユウキは唇を噛む。
「……なんだよ。」
「もういいよ。」
涙をこらえながら背を向ける。
「勝手にしろ。」
ユウキはその場を去っていった。
政宗は刀を下ろす。
(……すまんな、ユウキ。)
(俺にはこんなやり方しか思いつかなかった。)
脳裏にユウキの言葉が蘇る。
『十分苦しんだ!』
『十分人助けもした!』
『だから今度は政宗が、自分のために生きる番だよ!』
政宗は静かに笑う。
「この俺のため……。」
「そこまで言ってくれたのは、お前だけだ。」
「お前との生活も……悪くなかった。」
そう呟き、スーツを脱ぐ。
焼け焦げた黒い着物を羽織る。
呼吸が変わる。
刀を腰に差す。
そこにいたのは、政宗ではない。
かつて人々に恐れられた侍。
――人斬り影虎。
巨大なビル。
影虎は一人で中へ入る。
立ちはだかる男たち。
「止まれ!」
返事はない。
一閃。
次々と倒れていく。
誰一人、影虎を止められない。
血の跡だけが廊下に続いていた。
やがて最上階。
ボスの部屋。
ソファには黒いコートの男。
その隣には白い着物姿の白虎が立っていた。
「ほう……待てなかったか。」
「だが、来ると思っていたぞ。」
「一週間など待っておれば、被害が増えるだけだ。」
男は口元をゆるめた。
「ようこそ。」
男は拍手する。
「驚いたよ。」
「本当にここまで来るとは。」
「白虎から聞いている。」
「君は"人斬り影虎"。」
「実に素晴らしい。」
「私の部下たちが次々と斬られていく様は壮観だった。」
男はゆっくり笑った。
「影虎。」
「私の組織に入らないか?」
「金、地位、部下……何百人でも与えよう。」
「君と白虎。」
「そして私。」
「この三人が組めば、この国で敵はいなくなる。」
「どうだ?」
「悪い話ではないだろう。」
影虎は即答した。
「断る。」
男は肩をすくめる。
「そう言うと思った。」
写真を床へばらまく。
影虎の表情が変わる。
「……!」
そこにはユウキの写真。
家。
家族。
学校。
すべて調べられていた。
「君がここに来るまでの間に準備は終えてある」
「一週間待つ気など最初からない。君が来るのは分かっていたからね。少し楽しみにしていたくらいだ」
「断れば少年を殺す。」
「家族もだ。」
「すでに部下を向かわせてある。」
「私が一言命じれば終わりだ。」
「さあ選べ。」
「自分の人生か。」
「少年の人生か。」
影虎は睨みつける。
「……外道。」
男は笑う。
「断れば君も少年も家族も死ぬ。」
「白虎。」
「返事次第では影虎の首を斬れ。」
「いいな?」
沈黙。
白虎が口を開く。
「……俺に指図をするな。」
「外道が。」
男の笑みが消える。
「何だと?」
「お前は私の用心棒だろう!」
「高い金を払っているんだぞ!」
白虎は鼻で笑う。
「あんな紙切れで。」
「本気で俺を従えたつもりか。」
「めでたい奴だ。」
影虎を見る。
「安心しろ。」
「こいつの言っていた部下なら、もう斬ってある。」
「なに……!?」
男は慌てて電話をかける。
呼び出し音だけが響く。
場面は変わる。
車の中。
二人の部下が血まみれで倒れている。
手から携帯電話が落ちた。
再び部屋。
「どういうことだ!」
「白虎!」
「裏切ったのか!」
「裏切る?」
白虎は笑う。
「お前に忠誠を誓った覚えなどない。」
「私は利用されたというのか……!」
「ああ。」
「その通りだ。」
「貴様ぁ!」
「もう、お前は用済みだ。」
「ま、待て!私は金も権力もある!望むものは何でもやる!命だけは――」
次の瞬間。
ズバッ。
男の首が床へ転がる。
白虎は刀を払う。
「知るか。」
静寂。
白虎は影虎へ刀を向ける。
「これでもう邪魔はいない。」
「さあ。」
「存分に楽しもうぞ。」
「影虎。」
影虎も刀を構える。
「ああ。」
「終わらせよう。」
——静寂。
二人は同時に地を蹴った。




