第22話 弱さの正体
朝。
教室。
以前のような視線は、もうほとんどない。
ユウキは席に座り、教科書を開いていた。
廊下を歩いても、誰も肩をぶつけてこない。
悪口も聞こえない。
完全になくなったわけではない。
それでも、前とは違う。
修行を重ねたこと。
政宗と出会ったこと。
そのすべてが、少しずつユウキを変えていた。
体育の授業。
教師が笛を鳴らす。
「今日は体力テストだ!」
生徒たちがざわつく。
その中で、マサトがニヤリと笑った。
「ユウキ。」
ユウキが振り向く。
「五十メートル、勝負しようぜ。」
周囲がざわつく。
「始まるぞ。」
「久しぶりじゃん。」
スタートライン。
パンッ!
合図と同時に二人が飛び出す。
以前なら勝負にもならなかった。
だが――
ユウキが前へ出る。
そのままゴール。
「えっ……。」
「ユウキが勝った……。」
マサトは息を切らせた。
「……もう一回だ。」
教師が首を振る。
「次は持久走!」
結果は――
またユウキ。
続いてボール投げ。
またユウキ。
周囲から声が飛ぶ。
「マサト負けっぱなしじゃん。」
「だっせー。」
「前はあんなに威張ってたのに。」
マサトは拳を握り締めた。
教師が笑う。
「時間余ったな。」
「最後にドッジボールやるぞ!」
試合開始。
マサトたちは露骨にユウキだけを狙う。
「当てろ!」
「逃がすな!」
ボールが飛ぶ。
だがユウキは冷静だった。
かわす。
しゃがむ。
受け流す。
その動きには、修行の成果が自然と表れていた。
そして――
一球を両手で受け止めた。
ユウキは一瞬だけ迷う。
だが、投げ返した。
ビュッ!
ドン!!
ボールは一直線に飛び――
マサトの顔面へ直撃した。
「ぐっ……!」
その場に倒れる。
「マサト!」
「おい!」
ユウキは慌てて駆け寄る。
「ご、ごめん!」
「大丈夫か!?」
自分でも驚いていた。
ここまで強い球を投げられるとは思っていなかった。
マサトの意識は遠のく。
周囲の声が少しずつ消えていく。
……。
小さい頃からそうだった……。
ユウキは華奢で、喧嘩も弱かった。
それなのに。
正義感だけは誰より強かった。
俺が何かするたび、口を出してきた。
そのたびに殴った。
それでも、あいつは引かなかった。
弱いくせに。
……そう思っていた。
いや。
違う。
気に食わなかった理由は、そんなことじゃない。
あの日だ。
全部、あの日からだった。
学校帰り。
川。
小さな子どもが流されていた。
「誰か助けて!」
母親が泣き叫ぶ。
マサトは立ち尽くしていた。
(飛び込め。)
そう思った。
だが足が動かない。
(深い……。)
(俺も死ぬかもしれない。)
怖かった。
その瞬間。
「待ってろ!」
ユウキが迷わず飛び込んだ。
泳ぎだって得意じゃないはずなのに。
必死だった。
その姿を見て、
俺も慌てて飛び込んだ。
二人で子どもを助けた。
あの日。
俺は初めて負けた。
喧嘩じゃない。
力でもない。
人として。
弱かったのは、
ユウキじゃない。
俺だった。
認めたくなかった。
だから殴った。
だからいじめた。
俺より下だと、
自分に言い聞かせるために。
本当は――
俺が一番、
自分の弱さから逃げていた。
「マサト!」
――意識が戻る。
目の前にはユウキ。
手を差し伸べている。
「大丈夫か?」
その手を見つめる。
胸が締めつけられる。
「……うるせぇ!!」
パシッ!!
手を払いのける。
立ち上がる。
「くそっ!!」
そのまま走り去った。
「マサト!」
不良仲間が追いかける。
教師も叫ぶ。
「マサトー!! 保健室行くぞー!!」
全力で追いかけていく。
ユウキは何も言わず、その背中を見送った。
マサトの拳は、小刻みに震えていた。
屋上。
政宗は校庭を静かに見下ろしていた。
そして、小さく呟く。
「人は、剣よりも己の弱さに敗れることがある。」
風が吹く。
その言葉だけが、
静かに空へ溶けていった。




