第18話 嘘の代償(後編)
翌日。
リナはいつものように動画を投稿していた。
「みんな聞いて。」
「学校が私を悪者にしようとしてる。」
涙ぐんだ表情を作る。
「私は怖かっただけなの。」
動画はすぐに拡散された。
しかし。
コメント欄は以前とは違っていた。
『証拠は?』
『先生は何も言い返してないぞ。』
『本当に被害者なの?』
『話がおかしくない?』
『嘘じゃないよな?』
リナの笑顔が消える。
「……なんで。」
画面を更新する。
また増えている。
『フォロー外した。』
『もう信用できない。』
『人を陥れて再生数を稼ぐな。』
リナはスマホを強く握りしめた。
「違う……。」
「私は悪くない……。」
翌日。
教室。
いつも話しかけてくる友達が目を合わせない。
「ねぇ。」
「今日、一緒に帰ろ。」
友達は困ったように首を振る。
「……ごめん。」
「今は距離を置きたい。」
別の友達も視線を逸らした。
「動画に映るのも、もう嫌。」
リナは言葉を失う。
昼休み。
逃げるように屋上へ向かった。
誰もいない。
フェンスにもたれ、スマホを開く。
コメントは増え続けていた。
その時だった。
コツ……
コツ……
ゆっくりと足音が響く。
振り向く。
黒いスーツ。
顔には包帯。
腰には木刀。
政宗だった。
リナは眉をひそめる。
「……誰?」
政宗は静かに歩み寄る。
「まだ嘘を重ねるか。」
リナは睨み返す。
「うるさい!」
「何も知らないくせに!」
「みんな私を裏切った!」
「私は悪くない!」
政宗は何も答えない。
ゆっくり木刀を抜く。
リナは一歩下がる。
「な、何するの……。」
次の瞬間。
ドンッ!!
木刀がフェンスを叩いた。
金属音が屋上中に響く。
リナは思わず肩を震わせた。
政宗は静かに言う。
「その程度で震えるか。」
「……え。」
「お前が追い詰めた教師は。」
「毎日、それ以上の恐怖と戦っていた。」
リナは黙る。
政宗は続ける。
「夜も眠れぬ。」
「家には罵声の電話。」
「壁には落書き。」
「妻は涙を流した。」
「息子は父を疑い、泣いた。」
「十五年積み上げた人生が。」
「一本の嘘で崩れた。」
リナの表情が少しずつ変わる。
「……。」
「それでも。」
「まだ己を被害者と言うか。」
何も言い返せない。
その時。
校舎の窓から人影が見えた。
職員玄関。
段ボール箱を抱えた佐藤先生が歩いてくる。
校長が深く頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。」
佐藤先生は力なく笑った。
「……教師でいられて、幸せでした。」
そう言って学校を後にする。
その後ろ姿は、とても小さく見えた。
リナは目を離せなかった。
「あれ……。」
「先生……。」
政宗は静かに言う。
「お前が追い出した男だ。」
その一言が胸に突き刺さる。
リナの手からスマホが滑り落ちた。
カラン……
画面には、自分が投稿した動画。
そして。
佐藤先生を責めるコメントの数々。
涙があふれる。
「……私。」
「私が……。」
放課後。学校の屋上。
リナは震える手で動画を撮り始めた。
飾らない顔だった。
「今まで話していたことは……嘘でした。」
「先生は何もしていません。」
「悪いのは私です。」
「再生数が欲しかった。」
「注目されたかった。」
「そのために、人の人生を壊しました。」
涙が止まらない。
「本当に……ごめんなさい。」
動画を投稿する。
スマホは鳴り続ける。
『最低。』
『先生に謝れ。』
『許せない。』
『フォロー外した。』
初めて、自分が人に向けていた言葉が、自分へ返ってきた。
リナはコメントを見つめ続けた。
そこへ政宗が静かに歩み寄る。
「苦しいか。」
リナは涙を流したままうなずく。
「……うん。」
「なら忘れるな。」
「教師が味わった苦しみを、忘れるな。」
リナは長い間、スマホを見つめていた。
「このスマホで……。」
「たくさん笑ってくれる人もいた。」
「でも……。」
「私は、人を傷つけるためにも使ってしまった。」
ゆっくりとスマホを地面へ置く。
そして、自ら踏みつけた。
バキッ――。
画面が大きく割れる。
政宗は止めなかった。
静かに口を開く。
「壊すべきは道具ではない。」
「己の弱き心だ。」
リナは涙を拭い、小さくうなずく。
「……はい。」
夕暮れの風が屋上を吹き抜ける。
政宗は木刀を静かに腰へ差した。
「悪を斬るとは。」
「人を斬ることではない。」
「己の悪を知り、それを断つことだ。」
空を見上げたリナは、もうスマホを見ることはなかった。
けれど、それで終わりではなかった。
その日以降、リナのアカウントは更新されなくなった。
謝罪動画は消されず、拡散だけが続いていく。
学校でも、以前のような視線は戻らない。
誰かが許したわけでも、完全に忘れられたわけでもなかった。
ただ――
リナはもう「誰かに見られるために生きること」をやめていた。
屋上の風の中で、リナと政宗は静かに立っていた。
「罪は消えぬ。」
「だが、人は変わることはできる。」
リナはその言葉をすぐには理解できなかった。
ただ、風の音だけがやけに長く耳に残っていた。
屋上には誰もいない。
さっきまでの騒ぎが嘘のように、静かだった。
リナは割れたスマホを見つめる。
もう戻らない画面。
もう戻らない言葉。
それでも、指はもう動かなかった。
ただそこに立ち尽くす。
それだけだった。
政宗は何も言わず、屋上を後にした。
リナはその背中を見送ることしかできなかった。
割れたスマホは、もう何も映さない。
夕暮れは静かに夜へと変わっていった。




