第15話 見えない刃(後編)
夜。
ミサキは部屋でスマホを閉じた。
画面には、また新しい投稿。
『チクリ魔』
『学校来るな』
『消えろ』
静かに涙が落ちる。
「……もう、嫌だ。」
その頃。
別の場所では、男子たちが笑いながらスマホを見ていた。
「また投稿伸びてる。」
「明日も学校来なかったら最高。」
「自業自得だろ。」
その時だった。
「――楽しそうだな。」
聞き覚えのある声。
男子たちが振り返る。
街灯の下。
黒いスーツ。
腰には木刀。
政宗が立っていた。
「またお前か。」
男子の一人が笑う。
「昨日も言ったよな?」
「俺たちは悪いことなんかしてねぇ。」
政宗は静かに聞く。
「なぜ、その娘を狙う。」
男子は鼻で笑う。
「先生にチクったからだよ。」
「俺らが注意された。」
「だから仕返し。」
政宗は目を閉じる。
「……そうか。」
「それがお前たちの理屈か。」
男子が一歩前へ出る。
「文句あんのか?」
次の瞬間。
バシッ!!
木刀が男子の足元を打った。
アスファルトに鈍い音が響く。
あと数センチずれていれば足に当たっていた。
男子たちは固まる。
政宗は木刀を肩に担いだまま言う。
「俺は一度、忠告した。」
「それでも笑いながら弱き者を傷つけた。」
「侍の世なら、お前たちは恥を知れと言われる。」
誰も言い返せない。
政宗は続ける。
「一人では何もできぬ。」
「だが、大勢なら強くなった気でいる。」
「それを勇気とは呼ばん。」
男子たちはうつむいたまま、誰も口を開かなかった。
沈黙だけが流れる。
「……。」
「……黙るのか。」
政宗の低い声が響く。
「それとも、自分たちのしたことを言葉にできぬだけか。」
男子の一人の肩が小さく震えた。
「……本当は。」
「先生に怒られたのが悔しかった。」
「俺らが悪いって分かってた。」
「でも、ミサキのせいにした。」
沈黙が流れる。
政宗は静かに木刀を下ろす。
「認めたか。」
「ならば、まだ救いはある。」
男子たちはうつむく。
男子たちは誰一人として動かなかった。
政宗は背を向ける。
「謝罪するかどうかは、お前たちが決めろ。」
「だが、人を傷つけた事実は消えない。」
そう言い残し、政宗は闇の中へ姿を消した。
静寂が場を支配する。
男子の一人が、スマートフォンを見つめた。
画面には、自分たちが書き込んだ言葉が並んでいる。
『消えろ』
『学校に来るな』
その文字が、先ほどまでとは違って、ひどく醜く見えた。
「……俺たち、最低だな。」
誰も否定しなかった。
一人、また一人と、投稿を削除していく。
そして翌朝――。
ミサキが登校すると、教室は静かだった。
男子たちが立ち上がる。
「……ごめん。」
「俺たちがやった。」
「全部消した。」
「もう二度としない。」
ミサキは驚いた表情で彼らを見る。
少しだけ迷いながら、小さくうなずいた。
「……許せるかは、まだ分からない。」
「でも……謝ってくれてありがとう。」
「……もう、しないで。」
男子たちは黙ってうなずいた。
その日の放課後。
橋の下。
ユウキが聞く。
「政宗、木刀で叩かなかったんだね。」
政宗は静かに笑う。
「人を傷つけるのは容易い。」
「だが、人の過ちを正す方が難しい。」
「悪を斬るとは、人を斬ることではない。」
「その心を断つことだ。」
風が橋の下を吹き抜ける。
ユウキは政宗の横顔を見ながら思った。
この人は、昔も今も、弱い者を守る侍なんだ。
橋の下を吹き抜ける風は静かだった。
誰にも見えないその刃は、確かに人の心を斬っていた。




