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悪の剣  作者: Dai


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第11話 炎の記憶(前編)

ユウキは自分の部屋でスマホを見ていた。

ふと、あの名前が頭に浮かぶ。

「いのう……まさむね」

検索窓に打ち込む。

画面が切り替わる。

『伊納 政宗』

江戸時代の人斬り

大悪人

多数の殺害記録あり

討伐対象・罪人として記録

「……え」

ユウキの指が止まる。

心臓が一瞬だけ強く鳴る。

「人斬り……?」

スクロールするほど、言葉は重くなる。

“鬼”

“殺戮”

“処刑対象”

ユウキは画面を見つめたまま動かない。

(あの人が……?)

脳裏に浮かぶ。

橋の下の男。

焼けた顔。

静かな目。

そして、いじめっ子を止めた時の動き。

「……違うだろ」

小さく呟く。

でも否定しきれない。

胸の奥がざわつく。

ユウキはスマホを握りしめたまま天井を見る。

「明日……ちゃんと聞こう」

翌朝・橋の下

冷たい空気。

ユウキは立っている。

いつもより足が重い。

(なんでだよ……)

(普通に話せばいいだけだろ)

でも、違う。

目の前の“侍”が、少しだけ怖い。

侍はすぐに気づく。

「……どうした」

ユウキの様子を見て、わずかに目を細める。

「いつもと違うな」

ユウキは一瞬黙る。

侍が続ける。

「……俺を恐れているか?」

ユウキは慌てて否定しようとして、止まる。

そして、少しだけ視線を落とす。

「……政宗ってさ」

侍の目が動く。

ユウキはゆっくり言う。

「人斬りなの?」

一瞬、空気が止まる。

侍はすぐには答えない。

ただ、ユウキを見ている。

「そうだ」

短く。

重い言葉。

ユウキの肩がわずかに動く。

「じゃあ……罪人ってのも」

侍は少しだけ首を振る。

「それは……少し違う」

ユウキは一歩踏み出す。

「じゃあ、なんで?」

「どうしてあんなことになったの?」

侍は静かに目を閉じる。

そして、ゆっくり言う。

「……そこに座れ」

ユウキは一瞬迷う。

だが、座る。

風が止まる。

橋の下の空気が、少しだけ変わる。

侍は遠くを見たまま言った。

「人間の醜さとは、今も昔も変わらん」

「話すなら……あの日からだ」

政宗の目が遠くを見る。

まるで別の時代を見ているようだった。

「俺は昔――影虎と呼ばれていた」

「本名は伊納政宗だ」

ユウキは少し驚く。

「じゃあ影虎ってあだ名?」

「あだ名のようなものだ」

政宗は小さく息を吐く。

「夜の仕事が多くてな」

「夜?」

「町奉行所の同心だった」

ユウキは目を丸くする。

「警察みたいなやつ?」

「そんなものだ」

政宗は続ける。

「罪人を追い、捕らえる役目だった」

「いつの間にかそう呼ばれるようになった」

「夜に現れ、虎のように罪人を追う」

「影虎とな」

江戸。

朝の町。

影虎は町奉行所の同心として働いていた。

人々は彼を慕っていた。

困り事があれば相談し、

事件があれば頼る。

そんな男だった。

魚屋が手を振る。

「おっ、影虎さんじゃねえか!」

八百屋も続く。

「昨日の盗人も捕まえたんだって?」

「ああ」

「相変わらず働き者だな!」

周囲から笑い声が上がる。

影虎は困ったように頭をかく。

「その名で呼ぶな」

「今さらだろ!」

「仕事熱心なのもいいが、たまには嫁さんと子供にも尽くしてやれよ!」

「はは、そうだな」

当時の影虎は笑っていた。

本当に。

だが、その日常は終わる。

夜。

仕事を終えた影虎は家へ帰る。

玄関は開いていた。

嫌な予感がした。

家の中は静かだった。

静かすぎた。

奥へ進む。

そこで影虎は立ち止まる。

妻が倒れていた。

その隣に子供。

血。

血。

血。

世界から音が消える。

「……おい」

声は震えていた。

返事はない。

「おい……」

誰も答えない。

その日から影虎は犯人を探し始めた。

寝ることも忘れた。

食べることも忘れた。

だが見つからない。

何も。

翌日。

上司は静かに言った。

「お前に恨みを持つ者は多い」

「そういうこともあるだろう」

だが影虎は納得できなかった。

「……」

上司は少し間を置いて続ける。

「お前の気持ちは分かる」

「だが、俺たちに下を向いている暇などない」

「そうしている間にも、救える命がある」

「俺たちの役目は何だ?」

影虎は俯いたまま答える。

「……悪を裁き、民を守ることです」

「そうだ」

上司は力強く頷いた。

「お前はこれまで多くの人を救ってきた」

「だから前を向け」

「立ち止まるな」

「進み続けるんだ」

影虎は拳を握る。

「ですが俺は……家族を守れなかった」

「守るべき者を守れなかったのです」

上司は影虎の肩に手を置く。

「誰にでも守れぬものはある」

「だが、お前まで倒れれば救える命も救えなくなる」

「今は休め」

「ここは俺に任せておけ」

影虎はゆっくりとうなずいた。

「ああ……」

影虎は、諦めなかった。

家族を失ったからこそ。

同じ悲しみを誰にも味わわせたくなかった。

その頃。

城では。

将軍が静かに笑っていた。

「影虎はどうだ」

「まだ動いております」

側近が答える。

将軍は庭を見ながら言った。

「村に米と金を配れ」

「なぜそのようなことを?」

「人は恩をくれた者を信じる」

将軍は笑う。

「正義など腹が満たされれば忘れるものだ」

「そうなれば影虎は孤立する」

そして将軍は最後に呟く。

「利用する時が来る」

数日後。

夜道を歩いていた影虎の耳に、聞き覚えのある声が届く。

居酒屋。

茂吉だった。

「今日は俺のおごりだ!」

「景気いいな!」

「報酬が入ったんだよ!」

影虎は足を止める。

「指示に従っただけでこれだ」

「何の指示だ?」

誰かが聞く。

茂吉は酔った顔で笑った。

「影虎の妻と子を殺しただけさ」

影虎の目が開く。

世界が止まった。

そして影虎は茂吉を広場へ連れ出した。

人気のない広場。

影虎の声は低かった。

「お前が……やったのか」

茂吉は目を逸らした。

「違う違う!俺は指示通りに……」

「誰の指示だ」

沈黙。

風が止まったようだった。

茂吉は唇を噛む。

「お前の上司だよ」

影虎の中で、何かが音を立てて崩れた。

「……妻と子を、殺せと?」

「そうだ。お前の存在が邪魔だったらしい」

「だから先に、家族を……」

茂吉の声は震えていた。

「すまない……許してくれ」

影虎はしばらく動かなかった。

やがて口を開く。

「許してくれ、だと?」

その声は静かだった。

「お前は俺の家族を奪った」

「それを、許せと?」

その瞬間。

背後から声が響いた。

「そこまでだ、影虎」

振り返る。

そこには上司と部下三人。

茂吉は安堵する。

「た、助かった……」

だが次の瞬間。

空気が変わる。

上司は刀を抜く。

一閃。

茂吉の首が落ちた。

「しゃべりすぎだ」

影虎はそれを見ていた。

感情が追いついていない。

上司が言う。

「影虎よ。お前を斬りに来た」

「なかなか腐らぬお前に、将軍様もしびれをきかせてな」

「貴様を今すぐ殺せとのご命令だ」

影虎は何も言わない。

上司は笑った。

「悪く思うな」

その時。

影虎の中で何かが切れた。

ゆっくりと。

本当にゆっくりと。

影虎の手が刀の柄に触れる。

「なら、お前らも同じだ」

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