第九話 カナさんのメモ帳
若草山での「全消去」から数日。
アキトは、いつもの定食屋「あじさい」に一人で座っていた。
アキトは唐揚げにレモンを絞り、一口食べる。
……味がしない。
いや、味はするのだが、脳内の「理屈っぽいノイズ」が足りない。
「アキトくん、それ、箸の進み方が0.5倍速だよ。
CPUの性能落ちたんじゃない?」
向かい側に座ったのは、怜さんだ。
カナがいた席は、今は空っぽのまま。
「……怜さん。カナさん、本当に消えちゃったんですね。
1300年やってきて、最後が僕のガサツな呪法で全消去なんて、
後味悪いですよ」
「そうか? あいつ、最後に笑ってたろ。
……1300年分の『重いログ』を背負わせるより、真っさらにしてやるのが、
あいつへの一番のデバッグだったんだよ」
アキトは、カナが残した「物理的なメモ帳」を開く。
そこには、殴り書きでこう記されていた。
『三条河原の等間隔カップルの座り方は、
風水の観点から見て非効率。修正すること』
『阿倍野晴臣のスーツの光沢は、霊素の無駄遣い。
本人に「テカテカしてて眩しい」と伝えること』
「……最後まで、ろくなこと書いてねーな、あの人」
「あそうそう。アキト。……はい、これ、午後の現場」
怜さんが差し出したのは、銀閣寺周辺での
「あやかし目撃情報」のリストだった。
「銀閣寺……。
あの辺、最近Wi-Fiの入りが悪いって苦情が出てた場所ですね」
現場に向かうと、哲学の道のベンチに座っている老人がいた。
体は透けているが、
身なりは平安時代を思わせる姿の「古参のあやかし」だ。
「……お主、あのアホみたいに出力だけはデカい、
阿倍野の出来損ないか?カナはどうした?」
「……カナさんは、初期化されました。
あなた、カナさんを知ってるんですか?」
老人は、遠い目をして笑った。
「知っているも何も、ワシは一三〇〇年前、
カナと一緒に『天平OS』のコードを書いていた仲間さ。
あいつは理屈っぽくて、可愛げのない、最高のチーフ・エンジニアだった」
アキトは、ベンチの隣に腰を下ろした。
「……聞かせてもらえますか。カナさんのこと」
「ああ。……当時はひどいもんだった。
予算は削られる、納期は『遷都』までに間に合わせろと言われる。
龍脈はバグだらけで、霊素のパケット詰まりが起きていたんだ」
アキトは目を丸くした。
「……1300年前にも、納期とかあったんですか?」
「あったとも! カナはな、三日三晩、祝詞のデバッグで一歩も動かず、
食事も『面倒だから』と言って、干し肉を齧るだけで済ませていた。」
「カナさんらしい。」
アキトは、思わず笑った。
目の奥が、じわりと熱くなったが——笑顔のまま、堪えた。
「……あいつが転生を繰り返してまでシステムを守り続けたのは、
使命感なんて高尚なもんじゃない。」
「使命感じゃないなら、何ですか?」
「……自分が書いたコードが、
バグで止まるのが、ただひたすらに我慢ならなかっただけだ」
アキトは、カナが残したメモ帳を握りしめた。
そこには、機能的な指示の合間に、
たった一行、消えそうな文字でこう書かれていた。
『次のバージョンは、もっと「適当」でいいかもしれない』
「……カナさん。アンタ、どんだけ不器用なんですか。
『適当でいい』なんて、一番苦手な言葉だったはずなのに」
アキトがメモ帳を握りしめ、静かに涙を拭ったその時。
上空から、鼓膜を震わせるような巨大なプロペラ音が響き渡った。
「やあ、チビちゃん! 歴史の勉強かい? 素晴らしいね!
野良のあやかしが語る『非公式なログ』なんて、キャッシュの無駄だよ!」
見上げると、阿倍野家の家紋が入った巨大な輸送ヘリが、
包帯だらけの晴臣を乗せて、銀閣寺の真上でホバリングしていた。
「参考書として**『阿倍野家謹製・日本歴史教科書(全500巻)』を
1000セット**、君の職場に直送しておいたよ!」
「……500巻!? しかも1000セットって、図書館でも置けねーよ!!」
ヘリから、一冊のサンプルがアキトの足元に正確に投下された。
表紙には金箔で大きく
**『第一巻:阿倍野晴臣の、朝の完璧なルーティンについて』**
と書かれている。
「……一巻から自分語りかよ!!降りてこい!! ぶん殴らせろ!!」
アキトの絶叫が、銀閣寺の山に響き渡る。
カナさんのメモ帳は、最後まで「仕事の話」しか書いていなかった。
——それが、どれほど不器用な「想い」だったか、アキトには分かっていた。
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