第十話 弟を励ます会、開催します
東寺の五重塔が七色にライトアップされ、
京都の夜空を照らしていた。
境内にはレッドカーペットが延び、
タキシード姿の黒服たちが100人、軍隊のような精度で整列している。
「……あつい。怜さん、これ何ですか。
東寺がオーバーヒートして爆発しません?」
アキトは、阿倍野家の家紋が入った
「最高級・正装用ジャージ(金糸刺繍入り)」を着せられ、
死んだ目で周囲を見渡した。
「諦めなよ。君のお兄さんが
『弟の心のメモリが不足しているから、黄金の宴で物理的に補填する』
って言って、東寺を貸し切っちゃったんだから。
……ちなみに、鴨川にクルーズ船をねじ込む計画は、
市役所に全力で阻止されたらしいよ」
「……阻止してくれた市役所の人、ありがとう」
怜がシャンパングラスを片手に、遠い目で答えた。
そこへ、プライベートヘリから降り立った晴臣が
優雅に歩み寄ってくる。
今日の彼は、もはやスーツではなく
特注の「電子回路模様の狩衣」を纏っていた。
「やあ、チビちゃん!
寂しさで脳のキャッシュが断片化しているようだね。
励ますために、**『純金製の阿倍野家紋入り文鎮』を3000個**
君のワンルームマンションに直送しておいたよ。
……あ、君は整理整頓の概念が欠落しているから、
自分では使っちゃダメだよ?」
「……3000個!? 部屋の床が抜けるわバカ!!
兄貴、これ『励ます会』じゃなくて『嫌がらせ会』だろ!!」
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アキトがいつものように絶叫したその時、
晴臣がふと足を止め、真面目な顔でアキトを見据えた。
その瞳には、いつもの軽薄な光はなく——
名門・阿倍野家の次期当主としての、
そして「一人の兄」としての真剣な色が宿っていた。
「……アキト。あの古参のあやかしから、
余計なログを聞いたようだね」
「……兄貴。カナさんは、本当に初期化されなきゃいけなかったのか?」
晴臣は鼻で笑い、眼鏡を指先で直した。
「1300年分のログは、一個人の魂が背負える容量を遥かに超えている。
放置すれば、彼女というシステムは自己崩壊するしかなかった。
……だが、アキト。
君に、彼女をリブートさせる覚悟はあるのかい?」
「……覚悟?」
「次に目覚める彼女は、君との記憶を一切持たない。
君を『出来損ない』と呼んだあの日々も、
彼女にとっては存在しないデータだ」
アキトは言葉に詰まった。
自分だけが覚えている記憶。
自分だけが知っている、カナの不器用な優しさ。
それは——何よりも孤独なことかもしれない。
だが、アキトはカナが最後に残した
「メモ帳」の感触をポケット越しに確かめた。
『次のバージョンは、もっと「適当」でいいかもしれない』
「……それでも、俺は——
カナさんのいない、バグだらけの京都なんて
まっぴらですよ。
……兄貴の完璧な計算にも、きっと彼女が必要なはずだろ」
晴臣は一瞬だけ、計算外の感情に揺れたように見えたが、
すぐに脇に抱えていた分厚い革表紙の資料を
アキトの胸にドサリと押し付けた。
「……これは、阿倍野家の書庫の奥で見つけた、
1300年前の共同開発ログの残骸だ。
シュレッダーにかけるのが面倒でね。
君がゴミ箱にでも捨てておきたまえ」
「……これ、天平OSの極秘資料じゃないか!
兄貴、わざわざ調べてくれたんだ!」
「……勘違いしないでくれたまえ。
……お祝いで、最高級の——」
「——あ、もういいよ! 間に合ってるから!!」
アキトが食い気味に叫ぶと、
晴臣は少しだけ悔しそうに眼鏡をくいっと上げ、
ヘリへと戻っていった。
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「……怜さん」
アキトは、重い資料を抱えたまま空を見上げた。
「カナさんが戻ってきても、
俺のことなんて覚えてないんですよね」
「そうだね」
「……それでも、会いに行っていいんですよね?」
怜は、空のシャンパングラスを傾けながら、
少しだけ笑った。
「もう決めてるんだろ」
アキトは、兄が「捨てておけ」と言った重い資料を、
大切に抱きしめた。
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*記憶がなくても、彼女はきっと「カナ」だ。*
*——アキトは、そう決めた。*
本日、最終話まで投稿します。
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