第七話 平城京朱雀門ー龍脈再起動
奈良、平城宮跡。
復元された巨大な「朱雀門」が、
不気味な赤黒い光を放ってそびえ立っていた。
地響きが止まらない。
天平OSの基幹部分が、1300年分のエラーログの重みに耐えきれず、
物理的な崩壊を始めていた。
「……アキト。これが最後のアップデートよ。
この門を媒介にして、大和盆地全域の龍脈を再起動させる。
……失敗すれば、この地層ごと、京都と奈良の歴史は消滅するわ」
カナの輪郭が、強い霊素の干渉を受けて
デジタルノイズのように激しく揺れている。
彼女自身の「存在」も、限界に近かった。
「……分かってます。全部、俺が背負います。
見ててください!!」
アキトが「開眼の筆」を構えたその時——
背後の闇から、凄まじい密度の呪力が膨れ上がった。
「……下がっていろ、アキト。
ここは、阿倍野家の『次期当主』が、命を賭して守るべき領域だ」
現れた晴臣には、いつもの余裕ある笑みがなかった。
彼の周囲には、阿倍野家一族の命を削って編み上げられた、
幾重にも重なる幾何学的な結界が展開されている。
「兄貴……! その結界、自分の命を燃料にしてるんだろ!
止せよ! そんなの割に合わないって、計算で分かるはずだ!」
「……計算? ああ、計算したさ」
晴臣が、傷を負いながらも結界を強化する。
「今の君の出力なら、パッチの適用は可能だ。
だが、その逆流を受ければ、君の回路は一瞬で焼き切れる。
……弟を見殺しにしてまで守るほど、僕は歴史に執着していないよ」
「兄貴……」
「……行け、アキト。この腐りかけたシステムをぶち抜いてこい。
……泥を被るのは、兄の役目だ」
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アキトは歯を食いしばり、朱雀門の核へと走り出した。
筆の先から、黄金色の霊素が、
これまでの比ではない密度で溢れ出す。
「——全部、飲み込んでやるって言っただろ!!
兄貴の計算も、カナさんの孤独も、1300年のゴミも全部だ!」
瞬間、晴臣の結界を突き破った巨大な闇が
アキトを飲み込もうとしたが——晴臣がその身を盾にして、
最後の一層をアキトの背後に張り巡らせた。
「……行け……アキト!!」
「——うおおおおおおおお!!
天平原典・強制上書き(レガシー・オーバーライト)!!」
アキトが筆を朱雀門の基部に突き立てる。
光の奔流が、朱雀門を貫き、夜空を割った。
朱雀門が共鳴し、地下から龍の咆哮のような地響きが上がる。
それは、1300年ぶりにシステムが「正常」に同期された音だった。
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光が収まった時。
朱雀門の前には、
ボロボロになりながらも立ち尽くす兄弟と、
静かに目を閉じるカナの姿があった。
「……成功ね。……全セクター、グリーンよ」
カナの声は、かつてないほど優しく——
そして、どこか遠かった。
アキトは膝をつき、倒れ込む晴臣を支えた。
「兄貴……。おい、兄貴!!」
「……ふん。……100点のデバッグだ。……あ、アキト。……お祝いで……」
晴臣が何かを言いかけ、そのまま意識を失った。
嫌味な差し入れも、うるさい通知も、今は届かない。
ただ、静かな奈良の夜風が、
戦いを終えた二人を包んでいた。
アキトは、意識を失った兄の顔を見た。
いつもの完璧なスーツは、泥だらけだった。
眼鏡は、歪んでいた。
「……兄貴のくせに、かっこいいじゃないか」
誰にも聞こえないくらい、小さな声で呟いた。
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兄弟の絆が、歴史の崩壊を食い止めた夜だった。
——「お祝いで」の続きは、次の朝まで言われなかった。
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