第五話:羅城門跡ーステルス神社復元
羅城門跡。
今は小さな石碑と児童公園があるだけのその場所に、
場違いなほど静謐な空気が立ち込めていた。
「……ここ、霊素の液漏れがひどいな。
スマホのバッテリーが一気に減ってる」
アキトが周囲をスキャンしていると、
カナが無言でタブレットを操作した。
「放置すれば、半径2キロの電子機器が全停止するわ。
原因はこの地域に眠る『隠された社殿』——誰にも認識されないまま
暴走を始めてる。復元しないと大変なことになる。」
「隠された社殿? どこにあるんだ」
「見えないだけで、ここにあるわ。
あなたが——」
その時。
公園の入り口に、一台の黒塗りの高級セダンが
音もなく滑り込んできた。
ドアが開き、シワひとつないスーツを
完璧に着こなした青年が降りてくる。
いつもの軽薄な笑みはない。
冷徹な陰陽師の眼差しで、空間の歪みを見つめている。
**阿倍野 晴臣。**
アキトの兄。本部所属。阿倍野家の次期当主。
「……やあ、アキト。遊びは終わりだ。
ここから先は、本部の『管理領域』だよ」
「兄貴……。なんでここに」
---
晴臣は答えず、細い指先で空間に複雑な数式を描いた。
瞬間、公園の中央に、今まで誰にも認識されていなかった
「隠された社殿」の輪郭が、青白いグリッド線となって浮かび上がる。
「……すごい。一瞬で座標を特定した……」
アキトは息を呑む。
「カナさん、と言ったかな。君も苦労するね」
晴臣の視線がカナに向く。
「うちの弟の『ガサツな出力』は、一時的なカンフル剤にはなる。
だが、この精密な天平OSを修復するには、
1ビットの狂いもない『正解』が必要だ。……アキト、君はもう下がりなさい」
「……待てよ、兄貴」
アキトが一歩、前に出る。
「兄貴のその『正解』は、1300年前の設計図通りなんだろ?
でも今の京都は、1300年前とは違う。
ビルが建って、地下鉄が走って、みんながスマホを使ってる。
マニュアル通りの計算じゃ、今の街の『ノイズ』は弾ききれないはずだ」
「……感情論だね。
ノイズは排除すべきもので、共存するものではないよ」
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晴臣が放った「最適化」の呪圧が、
社殿を力ずくで書き換えようとする。
しかし、その瞬間——
社殿から凄まじい逆流が発生した。
晴臣の完璧な計算が、
現代の複雑な磁場と衝突し、火花を散らす。
「……っ、計算が……合わない!?
このセクターの変数はすべて代入したはず——」
「兄貴! 理屈じゃないんだよ、ここは!!」
アキトが晴臣の前に割り込み、
剥き出しの社殿の核に素手で触れた。
「——全部、俺が飲み込んでやる。
兄貴の綺麗な計算に入りきらなかった、この街の『全部』を!!」
アキトの体から、濁流のような黄金の霊素が溢れ出す。
黄金の霊素を持つ者は、安倍野家でも宗主の家系のみだ。
それは晴臣の描いた美しい数式を塗り潰し、混ざり合いながら、
暴走する社殿の核へと流れ込んでいく。
「……バカな。伝説の—『天照一隅・黄金律』だと!? なぜ、お前が……!」
「……そんな大層なもんじゃないよ、兄貴。
これはただの、『全部乗せ(フルコンボ)』だ。
この街のノイズも、兄貴の正論も、全部まとめて俺が引き受ける!」
「……バカな。そんな無茶な同期をすれば、
お前の回路が焼き切れるぞ!」
アキトは笑っていた。
「……大丈夫。一度くらい信じてくれよ、兄貴」
**ドォォォォン……!**
空間が大きく震え、次の瞬間、公園には元の静寂が戻っていた。
社殿は「ステルス」を解かれ、
現代の風景の中に静かに、しかし確かにその存在を定着させていた。
カナはアキトの肩にそっと手を置いた。
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晴臣は、自分の震える指先を見つめ——
それから弟の背中を、かつてないほど複雑な表情で見つめた。
「……ふん。……あんな乱暴なデバッグ、
阿倍野の教科書には載っていないよ、アキト。」
それだけ言うと、一度も振り返らずに車へと戻っていった。
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その夜。
アキトのスマホに、一件だけ通知が届いた。
差出人:**阿倍野 晴臣(兄)**
『……及第点だよ、アキト。
お祝いで——』
メッセージは、そこで途切れていた。
「……送るのやめたのかよ」
アキトは苦笑いしながら、スマホをポケットにしまった。
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兄の「正論」を、弟の「覚悟」が、わずかに超えた夕暮れだった。
——晴臣は、震える指先を、誰にも見せなかった。
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