第6話
アジャンの「試す」という言葉が、砂漠の宵の空気に重たく落ちた、そのときだった。
「反対だ」
低く、荒れた声が前列から響いた。
群れの中から、一人の男が歩み出る。
顔に刻まれた古傷。
槍を支える腕の筋の浮き方だけで、ただ者ではないとわかる。
「族長。この男は街の人間だ。昨日まで、我らを値踏みしていた連中と、同じ血を引いている」
戦士はアルを射抜くように睨み、砂を踏みしめた。
「それに――」
ひと呼吸、間を置く。
「こいつが紋を“知っていた”こと自体がおかしい。知っていたからこそ、狙ってきたのかもしれん」
ざわ……と、空気が揺れた。
別の戦士も、低い声を重ねる。
「我らは理由もなく遊牧している民だ。その『理由』さえ、とうの昔に忘れてしまった」
低く、噛みしめるような声だった。
「だからこそ、外の者を招き入れるのは危険なのだ。理由もわからぬ旅に、さらに異物を混ぜる必要があるのか?」
さっきまで静かだった砂原が、ざらりと音を立てて動き出す。
警戒が、目に見える形で立ち上がっていた。
アルは、何か言い返そうとして――言葉を呑み込んだ。
否定できるだけの材料を、自分は持っていない。
そのとき、スミが一歩、前へ出た。
「この男は……私を逃がした」
短い言葉。
「市場でも、城門でも、だ」
ひとりの戦士が、鼻で笑う。
「見返りがあったからだろう。刀の紋……それが目的だったのではないのか」
スミは、ぐっと唇を噛んだ。
否定しきれる言葉は、見つからない。
それでも――視線だけは逸らさなかった。
「……それでも。奴は、逃げなかった」
小さな声だったが、その場のざわめきを、かすかに押しとどめた。
スミは、ここで引かなかった。
「この男は、族長の前に立つことを、自分で選んだ。捕まるかもしれないと知っていて…
ここへ来たんだ」
最初に反対した戦士が、低く唸る。
「覚悟など、口で言うのは簡単だ」
そのまま、静寂が落ちた。
アジャンは、しばらく何も言わずに立っていたが―
やがて、砂を踏みしめ、一歩前へ出た。
「……よい」
ひと言。
それだけで、戦士たちは口を閉ざした。
「恐れるのは、間違いではない。
だが、恐れだけで扉を閉じ続ければ――我らは、永遠に砂の中だ」
アジャンの視線が、戦士たちの顔をゆっくりとなぞる。
「この男が敵である可能性は、確かにある。
だが――」
わずかに、間。
「鍵である可能性も……同じだけある」
誰も、すぐには口を開けなかった。
やがて、先ほどの戦士が、歯を噛みしめるように言う。
「……ならば、族長。試すのだな」
アジャンは、低くうなずいた。
「そうだ。
我らの道は、いつも血の上にある。ならば……真も偽も、血の近くで確かめる」
アルは、喉を鳴らした。
重い言葉。
だが――逃げなかった。
その背を見ながら、スミの胸の奥で、名もないものが、静かに灯った。
(……この男は)
一拍、置いて、
(私が、守る)
口には出さず、心の中でだけ。
そう、誓った。
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