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彷徨う民と道なき青年  作者: Alp


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第5話

石畳を蹴る足音が、市場のざわめきを無理やり引き裂いていった。

 アルの案内に迷いはない。人の背をすり抜け、布の天幕を押し分け、荷台の下を転がるように抜けていく。


「左です! 次、裏路地に出ます!」


「……遅い!」


 スミはアルの腕を掴み、引きずるようにして走った。

 背後で、怒鳴り声と金属の打ち合う音が追いすがる。


 市場の裏手へ出ると、急に人影が減った。

 空気がひんやりとし、湿った土の匂いが鼻を刺す。

 石壁の隙間から、冷たい風が吹き抜けた。


「ここです……っ!」


 アルは細い隙間に体をねじ込み、脇にあった木箱をわざと蹴り倒した。

 がらりと音を立てて箱が崩れる。

 それにつられたのか、いくつかの足音が別方向へ散っていった。


 追ってきた男が一人、間近に迫る。


 スミは振り向きざま、短剣を横一文字に振るった。

 刃と刃がぶつかり、火花が闇に散る。


「アル、走れ!」


 そのまま二人は路地を抜け、城門脇の廃棄口へと転げ込んだ。

 鼻を突くのは、腐った木と埃の匂い。


 ――けれど。


 その奥には、砂と風の匂いがあった。


「……外だ」


 石のアーチを抜けた瞬間、熱気が肌にぶつかる。

 見上げた先には、焼けつく光。

 そして――果てのない砂の世界。


 スミは立ち止まり、鋭く笛を鳴らした。


 短く、乾いた音。

 それは一族にしか通じない合図だった。


 やがて、砂丘の向こうがざわめき始める。


 蹄の音。

 革鎧の軋む音。


 影が、現れた。


「――スミ!」


 先頭に立っていたのは、族長アジャン。

 その背後に、砂漠の戦士たちが弓と槍を構えて広がっていく。


 ほどなく、城門から覆面の男たちがなだれ出てきた。

 だが――もう遅い。


「囲め」


 低く短い声。


 それだけで、砂漠の民は半円を描くように散った。

 足元の砂に慣れぬ追手の動きが鈍る中、部族の戦士たちは風のように距離を詰める。


 最初の矢が、男の肩を射抜いた。


 悲鳴が上がる。


 その瞬間、スミは駆けていた。


 短剣が閃き、敵の刃を弾き飛ばす。

 一歩踏み込み――砂を蹴り、肘を叩きつける。


 鈍い音とともに、男が崩れ落ちた。


「戻れ!」


 アジャンの声が飛ぶ。


 だが、スミは止まらない。

 血の匂い、砂の感触。

 そのすべての中へ、薄い影のように飛び込んでいく。


「スミ! 無茶です!」


 アルの声が背後で弾ける。


「左右固めろ」と呟くように言った言葉と同時に長槍が二本、突き出された。

 まるでスミの左右を固めるように。


 敵はたじろぎ、陣形が崩れた。


「退け!」


 覆面の男の叫びは、風に呑まれる。


 ――もはや、逃げ場はない。


 砂漠の民の戦いは、静かで、そして冷徹だった。

 刃は必要な分だけ動き、無駄な斬撃はない。


 やがて、追手の姿は砂の中に消えた。


 

 残ったのは、全身黒装束の男達の亡骸と、血と乾いた砂風の音だけだった。


 スミは息を整え、振り返る。


 アルは砂に膝をつき、肩で息をしていた。

 震える手で、どうにか立ち上がろうとしている。


「……すみません。

足手まとい、でしたよね……」


 スミは何も言わず歩み寄り、アルの腕を掴んで引き起こした。


「生きてるなら、それでいい。足手まといなんかじゃない」


 短い言葉。

 だが、はっきりとした声だった。


 アジャンが二人の前に立つ。

 鋭い視線が、アルを射抜き――そしてスミへ移る。


「……街の者か」


 一瞬、スミは言葉を詰まらせる。

 それでも、目を逸らさずに答えた。


「この男は……刀の紋を知っている」


 砂漠の風が、ひときわ強く吹いた。


 アジャンの目が、わずかに見開かれる。


「……何だと?」


 アルは肩で息をしながら、族長を見上げた。


「今は名が忘れられた古代王国の“巡砂の紋”です。

あなた方は……偶然ここにいる民じゃない」


 沈黙が落ちる。


 アジャンはゆっくりとアルの前に立った。

 砂と血の匂いを纏ったままの族長は、まるで岩のように動かない。


 「……名を名乗れ」


 声は低く、淡々としていた。

 それだけで周囲の空気が引き締まる。


 アルは背筋を伸ばし、震える息をひとつ飲み込む。


 「……アルです。

この街の商会に生まれましたが、今は……流れ者です」


 「流れ者が、なぜ我らの紋を知っている」


 アジャンの視線が、スミの腰の刀へ移る。

 その一瞬すら、逃さない。


 アルは正直に答えた。


 「学者たちの古文書からです。街の地下文庫に残された、焼け残りの断簡から拾いました」


 周囲の戦士たちが、わずかにざわめく。


 「……ほう」


 アジャンの声色は変わらない。


 「王国の名は」


 アルは迷いなく口にした。


 「分かりません。学者達の間では砂の国ラニアと呼ばれています。

砂と風を統べ、交易路を守った国――

ですが、歴史の途中で突然、消えました」


 アジャンの目が、わずかに細められる。


 「……なぜ、消えた」


 アルは首を振った。


 「それは、誰にもわかっていません。

  滅びたのか、去ったのか。

  あるいは……名を捨てたのか」


 その言葉に、スミの胸がなぜかざわめいた。


 (名を、捨てた……?)


 アジャンは一歩、アルへ近づく。

 老いたはずの身体に、揺るぎない圧が宿る。


 「……お前は、我らから何を奪うつもりだ」


 空気が凍りついた。


 アルは息を吸い、まっすぐに答える。


 「何も、奪いません」


 「では、何を望む」


 アルは一瞬、スミを見た。

 そしてアジャンへ視線を戻す。


 「……知りたいだけです。

  消えた王国の結末を。

  あなた方が、何を背負って生きてきたのかを」


 その声は、嵐のようではない。

 だが砂に染みる雨のように、消えなかった。


 アジャンは、しばらく沈黙した。

 やがて、低く言った。


 「……スミ」


 名を呼ばれ、彼女は一歩前へ出る。


 「お前は、この男をどう見る」


 部族の戦士たちの視線が一斉に集まる。


 スミは一瞬、言葉に詰まった。

 まだ、完全に信用しているわけではない。


 だが――


 市場でのこと。

 刃を向けられたときのこと。

 街の言葉で、必死に訳していた横顔。

 そして――刀の紋を見つめたあの真剣な目。


 スミは、深く息を吸った。


 「……信用は、まだできない」


 族長の目が動く。


 「だが」

 スミは続けた。


 「敵ではない。

  そして……我らの“過去”を知る者だ」


 風が砂を巻き上げる。


 アジャンはゆっくりと顎に手をやった。


 「……よい」


 その一言で、戦士たちの緊張が緩む。


 だが――完全にではない。


 アジャンはアルを見据えた。


 「だが、お前はまだ“客”ではない」


 「……はい」


 「試す」


 重い声だった。


 「お前が嘘をついていないか。

  我らの過去を、軽んじていないか

  それほどまでに我らは過去を重んじる」


 アジャンは砂の彼方を見る。


 「それに――この一族と行動を共にするに足るかを」


 アルは、深く頭を下げた。


 「……望むところです」


 その瞬間、スミはわずかに目を見張った。


 アルは、逃げないつもりだ。

 街へ戻る道を、自ら閉ざしたのだ。


 砂の上で、

 長い眠りについていた過去が――音を立てて動き出した。



今回は文字数少し多めで頑張りました。

ついにアルが異種族として見られる立場に変わっていきます!

物語はどんどん動いていくので今後とも応援のほどよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
アルなかなかな気概のある男ですね。見直しましたよ(笑)
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