第4話
太陽に照らされた二つの影が、市場へと長く伸びていた。
喧騒の渦へ足を踏み入れた瞬間、香辛料の匂いと汗の臭い、炙った肉の香ばしさが混ざり合った熱気がまとわりついてくる。
スミは周囲の視線を切り払うようにまっすぐ進み、
アルはその半歩後ろを、軽く跳ねるような足取りでついていく。
「……ついてくるな。横に来い。歩幅が狂う」
スミは振り返らずに言った。
「すみませんね。砂の民は歩くのが速いんですよ。
昨日なんて、置いていかれるところでした」
「昨日の話はするな」
「はいはい、了解」
軽く笑って返しながらも、アルの視線は常に商人の手つきや品物にあった。
客引きの声の張り、並んだ穀物の粒の揃い方、店主の目の動き――
市場の空気の流れを読むのが、彼はやたら早いように見える。まるで我々が風の流れを読むように。
「まずは穀物でしたね。あの店は雑穀を水で膨らませてます。やめましょう」
アルは自然とスミの前へ出て、別の通りを指し示した。
「こっちです。この時間なら、新しい袋を開ける店があります」
スミは意外そうに目を細める。
「……お前、詳しいな」
「街を歩くのが一番落ち着くんですよ。家にはいたくなかったので」
「追放されたからか」
「まあ、そんなところです」
アルは肩をすくめたが、瞳だけは笑っていなかった。
その一瞬、砂を乗せた風が2人の間に吹いた。
やがて、穀物商の前に着くと、年老いた店主が袋の口をきつく縛っているところだった。
「この店は大丈夫です。店主はあなた達の言語ラミル語が苦手なので、僕が通訳を」
アルが小声で告げると、スミは短く息を吐き、前に進み出た。
昨日のように短剣へ伸ばす気配はない。
「……頼む」
その小さな言葉に、アルは驚いたように目を瞬かせ、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「はい、お任せを」
店主へ声をかけ、スミの言葉を一つずつ丁寧に訳していく。
穀物の質、量、保存状態、値段――
昨日なら到底交渉できなかった話ばかりだ。
取引がまとまると、店主は満足げにうなずき、適正な値を提示した。
スミは銀貨を置き、穀物袋を受け取る。
店から少し離れたところで、スミがぽつりと言った。
「……悪くない」
アルは唇の端を上げる。
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
スミはわずかにアルを横目で見た。
警戒はまだ完全には消えていない。
だがその距離は、昨日より確かに――近かった。
————
穀物を買い終え、次の店へ向かう道すがら。
市場の喧騒は変わらないはずなのに、風がどこか刺々しく耳を打った。
アルは歩きながら、スミの腰に下がる刀へちらりと視線を落とした。
「巡砂の紋……やっぱり気になりますよ。
本当に“王族直属の護衛”の印なんです」
スミは眉間にしわを寄せる。
「何度も言った。あれは古い模様だ。族長ですら意味を知らん」
アルは小さく首を振った。
「でも、この街じゃ“失われた紋”として扱われてますよ。記録では──」
言いかけた瞬間だった。
遠くで怒号が炸裂し、悲鳴が混じった。
群衆が波のように押し寄せ、店先の什器が音を立てて倒れる。
「……なんだ?」
スミが反射的に刀へ手を伸ばす。
その向こう、市場の奥から目元だけを覗かせた一面真っ黒な装束の男たちが駆けてくるのが見えた。
粗末な刃物を握り、通行人を押しのけながら、獲物を探すように視線を走らせている。
アルはスミの腕をつかみ、店の影へ引き寄せた。
「隠れて!」
「触るな!」
スミが振り払おうとした、その瞬間。
覆面の男の一人がスミの刀を見つけ、目を大きく見開いた。
「やはり報告通りいたぞ! 砂紋の刀を持つ女だ!」
その叫びに、スミの背筋が冷たく固まる。
(砂紋……? 巡砂と……関係が?)
アルが青ざめた顔でスミを見た。
「……スミ。君の刀、本当に“ただの模様”じゃない。
狙われてる。おそらく意味を知る連中が、君を探してる」
覆面の男たちがこちらへと走り込んでくる。
スミは短剣を抜き、アルへ鋭い声を投げた。
「お前は逃げろ。街の者が巻き込まれる必要はない」
だがアルは首を横に振る。
「無理ですよ。僕、あなたより足が遅いんで。
それに──“砂紋”なんて文献にはなかった。
ここで逃がしたら、一生後悔します」
スミの顔が一瞬強張る。
(こいつ……どういうつもりだ)
覆面の男たちが刃を構え、距離が縮まってくる。
アルはスミの腕をつかみ、反対側の狭い路地を指した。
「こっちです! 逃げ道なら把握してます!」
スミは歯を噛みしめ、男たちを睨んだまま叫ぶ。
「案内しろ、アル!
裏切れば──そのとき貴様を斬る!」
アルは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。
「光栄ですね。
“協力しない”と言われた翌日に、“命を預ける”って言われるなんて」
スミは答えずに走り出す。
背後で覆面の男たちの怒号が爆ぜた。彼らの母国語は我々のラミル語に近いような —そんな気がした。
(我々のラミル語と似てる発音だ。なぜだ。我々一族に親族なる存在が—)
「スミ!何をぼうっとしてるんですか!あなた
が街人の私より足が遅いはずないでしょう!」
「ったく。この状況でも貴様の口は減らないも
のだな」
と言い、彼の背中を追った。
(まぁ、このことは後々考えるとしよう…)
乾ききった市場の石畳を、
砂の民と追放商人、二人の足音が疾走していった。
物語のスピードを冗長的ではなくテンポ良く進めるように頑張っていきます!




