第3話
アルは市場の人波へ消えるように去っていった。
スミはその背中を目で追ったが、すぐに視線を砂埃の向こうへ戻した。
(もう関わることはないはずだ……)
そう言い聞かせるように呟き、宿営地へ帰った。
翌日。
スミは別の商人から穀物を買うため、再び街へ足を踏み入れた。
昨日とは違う静かな通り。
砂漠の風だけが建物の間を抜けていく。
その通りの先、品物の山を前にうずくまるようにして品定めしている男がいた。
外套は埃まみれのまま、髪も整えていない。
(……また、あいつか)
アルだった。
彼はスミに気づくと、少し驚き、それから苦笑いを浮かべた。
「よく会いますね。街って広いようで狭い」
「偶然だ」
スミは素っ気なく答え、通り過ぎようとした。
しかしそのとき、アルの視線がスミの腰へ吸い寄せられた。
――スミの刀。
刀身を覆う鞘には、一族に伝わる小さな刻印が彫られている。
砂漠を表すような波紋と、矢のような線が交差した紋様。
誰も意味を覚えていない古い印。
アルの表情が変わった。
「……その印……!」
スミの足が止まる。
手が自然と刀の柄に触れた。
「何だ。何を知っている」
アルは一歩近づき、しかしスミの警戒に気づき、すぐに両手を上げた。
「敵意はない。ただ……驚いただけだ。
その印は――“巡砂の紋”だろう?」
スミの眉が動いた。
心臓が一瞬だけ強く脈打つ。
「……なぜ、その名を」
アルは息を整え、静かに続けた。
「今は名がなき、古代王国の軍を象徴した印です。 王族直属の護衛隊にだけ刻まれたもの。
文献でしか知られていないはずの……古い紋様だ」
スミは言葉を失った。
一族に伝わる刀の“意味”を知る者は誰もいない。
族長ですら、この紋の正体を語ったことはない。
単なる伝統として、ずっと受け継がれてきただけのもの。
(……こいつは本物だ)
昨日見た“砂嵐の揺らぎ”と同じものが、アルの瞳に宿っていた。
アルは慎重に言葉を紡いだ。
「あなたの部族…何か特別な由来があるんじゃあり ませんか?
この印がただの飾りだなんて、、、、、どうしても 思えない」
スミは胸の奥にじわりと熱いものが広がるのを感じた。
それは怒りでも、恐怖でもなく――初めて抱く感情。
(この男は……我々部族の何かを知っている)
スミは刀の柄に置いた指をそっと離し、低く問う。
「お前。何を探している」
アルはわずかに笑い、ふと表情を引き締める。
次にスミを見た時、その瞳は昨日までとはまるで違っていた。
「古代王国の痕跡です。そして……“砂の民”の、
本当の歴史を」
その目には、揺れのない静かな炎が宿っていた。
叫ぶでも、誇示するでもなく。
ただ一つの真実を求める者だけが持つ、深い熱だった。
スミは無意識に息を飲んだ。
それに反応するようにアルはゆっくり続けた。
「――おそらく、あなたたち砂の民も同じものを
探しているのでしょう」
スミの眉がわずかに動く。
一族が“何を探しているのか”すら分からないまま彷徨っていることを、
この街の青年がどうして知るのか。
アルは片手を胸に当て、いつものようにおちゃらけながら少しだけ身を傾けて言った。
「どうです?よければ……私と協力しませんか」
その申し出には、押しつけがましさは一切ない。
ただ、純粋に知りたいという想いと、
昨日スミが受けた不利益を放っておけない優しさがにじんでいた。
「まずは手始めに――」
アルは肩をすくめ、少しだけ気まずそうに笑う。
「今日の買い物。よければ通訳でもしましょう。 この街は、少々不親切なところが多いですからね」
スミはしばし黙っていた。
砂の民である自分が街人と手を組むなど、本来ありえない。
だが――
(……確かに昨日から、こいつの言葉がなければ立ち回れん)
スミはわずかに顎を引き、低く答えた。
「……協力はしない。が――通訳は頼む」
アルは安堵の笑みを浮かべた。
「ええ。もちろん、それで十分です。
"今は"ね?」
スミが短く頷き、アルが軽く歩き出す。
異なる種族、異なる歩幅のふたりが並ぶのは、どこかぎこちない。
だがその背を追いかけるように、砂混じりの風が市場へ吹き込んだ。
太陽に照らされた、二つの異様な影が――
ゆっくりと市場へと伸びていった。
新米作家alpです!
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