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彷徨う民と道なき青年  作者: Alp


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第2話

 街の門前は、喧騒に満ちていた。

 荷馬車が軋み、叫び声が飛び交い、色褪せた布のテントからは香辛料の匂いが溢れている。

 スミは肩で人波を押し分け、目的の商人のもとへ向かった。


 街には、にこやかな顔で旅人を迎える商人たちがいる。

 だがその笑みは、値札ごと飲み込むためのものでしかない。

 言葉の違う旅人は狙われ、砂漠の民は異邦人として侮られ、粗末に扱われる。


 しかし、それでも行かなければならない。

 馬に与える穀物も、乾季を越えるための塩も、刃を研ぐ油も、砂漠からは取れない。

 あれだけ父に豪語した以上、必ず一族のために成果を持ち帰らねばならなかった。


 スミは市場の喧騒の中を真っ直ぐ歩き、ある店の前で足を止めた。

 揺らめく熱気の中、商人たちは旅人を値踏みするような目で見ている。

 その視線の軽蔑には慣れていたが、気分のいいものではない。


 スミは仁王立ちになり、簡素な革袋を高く掲げた。


 「これを売りたい。良い値で」


 商人は袋の中身――襲撃で得た金細工をひと目見ると、わざとらしくため息をついた。


 「……これは、随分とひどい品だ。価値があるとは思えないね」


 「昨日、別の店では倍の値がついた」


 スミが静かに返すと、商人は口元をゆがめた。


 「へえ? それはずいぶん人のいい店だ」


 「嘘でない。事実」


 スミが言い切ると、商人は鼻で笑った。


 「だが……お前ら砂の民は字も数も知らないんだろう?“昨日の値”なんて、いくらでも言い張れるさ」


 周囲から喉の奥で笑うような小さな声が漏れた。

 店先の影に座る男たちすら、スミを値踏みするように眺めている。


 スミのこぶしが小さく震え、指先が腰の短剣へと伸びる。

 怒りと使命感が胸の奥で絡み合ったその瞬間――


 「……まったく。酷い劇を見せてもらうもんだな」


 乾いた、しかし飄々とした声が横から割って入った。

 スミも商人もそちらを向く。


 埃まみれの外套を羽織った若い男が、屋台の柱にもたれながら苦笑していた。


 「おかげでこっちの酒が不味くなる」


 男は空の酒瓶をぶら下げて見せながら言った。

 瞳は街人特有の明るい色だが、その奥には砂の陰のような揺らぎがあった。


 商人が目を細める。


 「なんだお前。客のふりか?」


 男は肩をすくめた。


 「客かどうかはさておき……旦那よ」


 彼はスミの革袋へ指を向ける。


 「彼女が持ってるそれ、一応“金細工”でっせ。

 あんた、この街じゃ金の取引じゃ右に出る者なしって聞いてるけどねぇ」


 商人の表情が一瞬引きつる。

 男はさらに続けた。


 「それにな。旦那が言ってた“街の言葉”、彼女、ちゃんと使ってるじゃないか。それすら無視するのは筋が通らねぇよ」


 周囲の視線が商人へ集まる。

 商人は舌打ちし、男へ鋭く睨みつけた。


 「……その口ぶり。お前、アルだな。アスパイア商会から追い出された出来損ないの息子」


 「ええ、“出来損ない”です。否定はしません。計算は苦手でして。でも外国語を話すことや、物の見極めは得意でね」


 アルは肩をすくめ、スミへ視線を向ける。

 目が合うと、少し気まずそうに笑い、商人へ向き直った。


「まあまあ、旦那。言い合いはこのくらいにして…… これくらいの額でどうだ?」


 アルは懐から木札を取り出し、数字を指さす。

 商人はしばらく睨んでいたが、周囲の視線とアルの余裕に押されるように唸った。


 「ちっ…しけた値だな。まあ……それでいい」


 スミは無言で頷き、革袋を渡す。

 商人は銀貨をいくつか数えて置き、乱暴に手を振った。


 「ほらよ。もう行け」


 取引は――成立した。


 アルは砂を払うように軽く手を叩き、スミのそばへ歩み寄った。

 そして丁寧に頭を下げ、彼らの言葉で話始めた。


 「こんにちは、お嬢さん。勝手ながら、あなたの代わりに取引を整えさせてもらいました」


 柔らかい口調だが、どこか計算めいた丁寧さがにじむ。


 「あなたにとっては不利な額かもしれません。ただ あの旦那さんにしては、十分“適正”です。売れずに 持ち帰るよりは、ずっとマシでしょう?」


 アルは肩をすくめる。

 「この街の商人は、言葉の通じない相手に強気でしてね。本気で足元を見る気なら、値をつけることすらしなかったでしょう。そうなる前に口を挟んで、まぁ……最低限の線に落ち着かせました」


 スミは無言でアルを見つめた。

警戒と困惑が入り混じった視線。アルはそれを受けてもなお、穏やかな笑みを崩さない。


 「……なぜ、助けた」


 気づけば、スミの口から言葉が漏れていた。


 アルは一瞬言葉に詰まり、それから少しだけ遠くを見るような目になった。


 「お節介だったなら謝ります。

 ただ――見ていられなかっただけですよ」


 それを聞いても、スミの胸にあるのは疑念ばかりだった。

 彼が何者で、何を企んでいるのか――まるで読めない。


 その視線を受けてかどうか、アルはふっと目を細め、ゆっくりと口を開いた。


 「もしや、信用できませんか?」


 そう前置きするでもなく、彼はぽつりと語り出す。


 「大商人の跡取りとして期待されていた男の子がいたんです。でもその子は、商売に必要な計算が からっきしでしてね

逆に、役にも立たない古代史や外国語の本ばかり好んで読んでいた」


 語る調子は、悲壮でも誇張でもない。

 乾いた風のように淡々としていた。


 「そんな折に弟が生まれましてね。“長男が継ぐ”なんて古い決まりも、途端に価値がなくなった。結果、その子は……商会から見放されて追い出された。

めでたしめでたし、ってやつですよ」


 アルは手にしていない酒瓶をあおる真似をした。

 喉を鳴らすふりをしてから、肩を落としつつ続ける。


 「そんな境遇がね……さっきのあなたに少し重なって見えたんです。言葉が通じず、足元を見られて、孤立無援で――」


 アルの視線が、スミの腰の短剣へと一瞬だけ移る。


 「……でも、間違いでしたね。

 その刀の握り方と、あの踏み込み方。

 あなたは僕とは違う。勇気があって、逆境に正面から挑む人だ」


 彼は軽く笑い、肩をすくめる。


 「僕とは、真逆ですよ」


 その言葉が砂漠の空気に溶けたとき、スミはふと彼の瞳を真正面から見た。

 明るい色の奥に、淡く揺れる影――光の反射でも、酒気でもない。


 その瞳の奥に揺れる砂嵐が、まるで我らの部族そのものを映しているようだった。


 理由も知らず彷徨い続ける民の姿。

 乾いた風にさらされてもなお消えない目的の影。

 それを知っている者だけが持つ、独特の揺らぎ。


 スミは胸の奥がひやりとするのを感じた。

 警戒はまだ消えていない。

 だが――この男は、他の街人とはどこか違う。


 砂漠の民を軽んじる笑みでもなければ、侮蔑の目でもない。

 その視線は、同情でも哀れみでもなく……ただ“理解しようとする色”を持っていた。


 スミは思わず眉を寄せた。


 「……お前、何者だ?それになぜ我らの言葉である  ラミル語を知る?」


 問いに、アルは肩を揺らして笑った。

 だがその笑みの奥にも、やはり砂漠の陰影が揺れていた。


「あの商人の言った通りただの“出来損ない"ですよ。そしてなぜかって?語学学習はただの趣味にすぎません。では、良い買い物を。」


と言い、彼は人混みの海に呑まれていった。


なろうユーザーさん!お疲れ様です。Alpです!どうか新作読んでいただきたいです!

おもしろければ、応援よろしくお願いします!

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