16 告白
——柔らかくて、ふわふわで、温かなものに包まれている。まるで子供のころ思い描いていた、雲の上のような。寝転んでいるだけで満たされて、ここから離れたくないと思わせる誘惑の園。
特にこの、もふもふとした枕は格別だ。ふっかふかでお日様の匂いがして、極上の眠気を運んでくれる。
このまま顔をうずめて、もう一度意識を手放してしまいたい——ふわふわと溶けた思考に身を任せて、大きな枕にもう一度抱きつく。
何故かその枕から、「あのー……、ラフニカちゃん?」と聞き覚えのある声が聞こえた。
「その、そろそろ離してもらえませんかね……?」
「……。……。……フェリス様?」
その声の主に思い至るまでに、しばらく時間が掛かった。それから、次の疑問が頭をもたげる。
——何故、彼がここに?
その答えに至った瞬間、今までの記憶がすべて蘇った。
ガバリと身を起こし、ラフニカは周囲を見回す。
「ご無事ですか!? リリアは? 呪いは、どうなりましたか!?」
勢いよく身を起こしたことで、視界が揺れた。「っ」ずきんと貫くような頭の痛みに、もう一度うずくまる。
「まあまあ、落ち着いて。俺ならもう、大丈夫ですよ」
興奮するラフニカを宥めるように、ふさふさの尻尾が優しく布団を叩いた。
見上げれば、大きな猫の瞳が優しくラフニカを見つめている。どうやらラフニカは、獣化したフェリスのお腹を枕にして寝ていたらしい。なるほど、柔らかくて温かいわけだ。
場所も先ほどの部屋ではなく、寝室に移っている。フェリスが運んでくれたのだろう。
そこまで確認して、ラフニカはほっと息をついた。
「フェリス様……あなたがキティ、なんですね?」
「おや。それについてはもうバレてるもんだと」
「今になって実感が沸いてきまして……」
ゆっくりと身体を起こして振り返った。
——ああ、やっぱりキティだ。嬉しくて、その首筋に腕を伸ばす。
「キティ。ずっと、あなたに会いたいと思ってた」
そっと抱き寄せて、頬を当てる。ふかふかでお日様の匂いがする、肌をくすぐるこの感触。懐かしいあの頃から、大きさ以外は少しも変わっていない。
「そして、ごめんなさい。私の所為であなたがずっと苦しめられていたなんて……謝って済むことじゃないけれど、本当に申し訳なく思ってます」
「それこそラフニカちゃんの謝ることじゃないですよ、俺が勝手にやったことなんだから。獣人は呪術のたぐいが効きにくいから、そこまで辛くはなかったし気にしなくて大丈夫。それより、呪いを全部庇い切れてなかったことの方が悔しいですねぇ。俺が未熟だったばかりに、すみません」
「そんな! フェリス様の謝ることじゃ……!」
さらに言葉を重ねようとするのを終わらせるように、コツン、とフェリスは額をラフニカに当てた。
「ほら、もう良いでしょ。結局ラフニカちゃんが助けてくれたんだし、この件に関しては貸しも借りもありませんって。それより、そろそろ飯でもどうです? 俺、大分腹が減ってて……」
「フェリス様」
覚悟を決めた声で、ラフニカは彼の言葉を遮った。——今しかない、と急にそう思ったのだ。
「ん、何?」
「好きです」
話を遮られても気を悪くする様子もなく返すフェリスに、ラフニカは端的に告げた。
予想もしてなかった突然の告白に、フェリスの瞳孔が一気に大きく開き、背中の毛がビビビビビと逆立っていく。
「え……?」
「好きです、フェリス様。私たちがウソの恋人なのはわかっています。それは、そのままで構いません。ただ、伝えたくて……言わせてください」
顔に熱が集まっていくのを感じる。でも、もう止まらなかった。フェリスの反応を見る余裕もなく、ラフニカはただ自分の中にある思いを声にしていく。
「正直呪いの対象が自分だけだったら、今でも呪いに立ち向かうことはできてなかったと思うんです。私は、自分にそれだけの価値を見出せないから。諦めてしまっているから。でも、貴方が苦しんでるって知ったときは迷わなかった。貴方を助けなきゃ、って思えたんです——貴方が好きだから」
この短時間のうちに一体何度「好き」と口にしただろう。思考もまとまらないままに、ただひたすら感じたことを言葉にしていく。
「もちろん、迷惑かけるつもりはありません。あ、私がそう思っているってことも嫌だったら、この関係を解消しても——」
「待って。ちょっと待って。その、申し訳ないんだけど……」
断りに使われる枕詞に、ラフニカの心臓がキュッと締めつけられる。だが、続く言葉は意外なものだった。
「ちょっと、先に人型に戻らせて……?」
呆気に取られたように硬直するラフニカに、「いや、その」とフェリスは慌てて言葉を足そうとする。
パタパタと何度も耳を倒したり、意味もなく前足で顔をこすったりしているところを見るに、どうやら彼も平静ではいないようだ。
「前も話したとおり、この獣の状態ってのは俺の本来の姿っていうか、そのままの姿っていうか、つまり本能が強く発露する状態というか……」
しばらく言い淀んでから、フェリスは意を決したように口を上げた。
「真っ裸の状態で寝室で二人っきり、好きな女の子に告白されるとか、襲っちゃいそうなんで一旦時間をください!」
叫ぶように言うと共に、ラフニカの腕からするりと抜け出してフェリスは隣の部屋に駆け出して行く。
——後には、真っ赤になったラフニカが取り残されたのだった。




