37.効果がある理由
コムラサキ侯爵家の人達が腰を下ろしたので、わたしも着席した。
料理は美味しかったし、これから食べるスイーツも頬が落ちそうな味をしているんだろうけど、わたしとしてはもう帰りたい。ここの人達は優しい人達なんだろうけど、目上の人達とのキラキラしている空間は胃への負担が大きい。
「フリージアさん、これで最後、最後にするから、私からもお礼を言わせて。私、もう外に出ることさえ叶わないと思っていたの。でも、ハンカチを肌身離さず持つようになってから、苦しかった息がしやすくなったし、体も軽くなったの。だから、本当にありがとう。あなたのおかげで、もしかしたら夢を諦めなくていいと思えるようになったのよ」
フヨウに涙ぐみながら伝えられ、さすがに「わたしじゃないです」とは言い辛い。
「きっとフヨウ侯爵令嬢様が頑張った結果だと思いますが、わたしの刺繍が体調改善の手助けになったこと喜ばしく思います。それと、今日本を返してもらえる予定でして、2個ほど刺繍したいものが終わりましたら、本をお貸ししましょうか? わたしより上手な方にお願いをして、手袋やリボンに刺繍をされてみてはいかがでしょうか?」
言いながら思ったけど、わたしの本を貸さなくても、昔に流行ったんだったら、普通に手に入りそうだよね。古本屋とかにありそうな気がする。それに、もう頼んでるかもしれないしね。ドレスの裾とかに刺してもいいんだしね。
わたしが考えたことが分かったかのように、サンスベリア伯爵が詳しく話してくれた。
「それがな、本と道具は見つけたというより、私の母も持っていてな。母曰く、祖母から刺繍の練習にと渡されたものだったそうだよ。針と糸は材料が違うだけで、魔道具ではなかったから量産も可能だ。それでまずは陛下にマントを贈ろうと、お針子達に刺してもらった。だがな、効果は付与されなかったんだ」
「使い続けないと分からないんじゃないですか?」
「それが、完成すると同時に魔力が抜け落ちてしまうんだよ。お針子達は糸が切れやすくて大変だから、もっと丈夫な糸はないかと言っているしな。フリージア嬢よ。どうやって刺したんだ?」
「いたって普通ですよ。魔力を流しながら普通に刺しました。それだけです」
「では、マントだと大きすぎるのか。いや、しかしなぁ」
ブツブツ言い始めたサンスベリア伯爵は放っておくとして、気になる言葉があった。「魔力が抜け落ちる」のなら、ハンカチの魔力がずっと残っているのかどうか気になったのだ。もしハンカチの刺繍からも抜け落ちているのなら、わたしの刺繍のおかげではないと証明できるはずだ。
「フヨウ侯爵令嬢様、ハンカチを今もお持ちですか? そちらには、まだ魔力が残っていますか?」
「持っていますが、残っているかどうかは……」
「アセビ様も見たら分かりましたよね?」
アセビは、「いつも通りの話し方でいいのに」と肩をすくめながら答えてくれた。
「分かるよ。フヨウ嬢、貸してくれる?」
ワンピースのポケットから出されたハンカチは、しわしわになっていた。
本当にずっと肌身離さず持っているようだ。もしかしたら、夜眠る時は握りしめているのかもしれない。
わたしは有り難いことに前世も今世も健康なので、病気の怖さを体験したことがない。でも、相当の恐怖だと想像はできる。彼女はずっと頑張って戦っていたのだろう。
フヨウからハンカチを受け取ったアセビは、2回ほど首を縦に動かして、フヨウに返した。
サンスベリア伯爵も横からハンカチを見ていて、「どうしてだ?」と呟いている。
「わずかに少なくはなっていたけど、残っているよ。予想では、半年から1年くらい保つんじゃないかな」
アセビの意見に、フヨウが安堵の息を吐き出している。
「どうして、わたしとお針子さんとの刺繍に差が出るんでしょうね……」
本当に普通に魔力を流しただけなんだけどなぁ。他に何かしたかな? してないよねぇ。瞳の色が関係している? まさかねぇ。
「いやはや、さっぱりだ。何もかも同じ条件だというのに、差が出るとは」
「フリージア、本当に何もしていないの?」
「うん、していないですよ。本当の本当に、本に書かれていた通り魔力を流しながら刺しただけなんです」
唸るサンスベリア伯爵に同調するようにアセビに問われて、首をゆるく横に振った。
『小娘、さっきから何の話をしている?』
「わたしがハンカチに刺した刺繍の話だよ。アサギになら謎が解けるかな?」
『我に分からぬことはないからな。詳しく話してみろ』
腕を組んで胸を張るアサギが可愛くて撫でると、アサギは得意気な顔で顎を上げた。
わたしはサンスベリア伯爵から本と刺繍道具を、フヨウからハンカチを借りて、アサギに見せながら説明をした。
ピエリスも興味津々にハンカチを見ているが、それよりも周りの人達の輝いている顔で、わたしの目が痛くなりそうだ。アサギが解決してくれるかもという期待の眼差しが突き刺さってくる。
『簡単なことよ』
「え? 分かったの!?」
『人間は、こんなことも分からぬのか。白蛇にだって分かることよ』
勢いよくピエリスを見ると、ピエリスは機嫌良さそうにゆらゆら揺れていた。
アサギの言うことは当たり前だ。白竜がいるから注目を独り占めしているだけで、白狼も白蛇も種族毎のトップで変わりないのだ。もっと評価されていいはずなのだ。
『魔力量の調整だ。小娘は魔法はてんでダメだが、魔力の扱いだけは上手いだろ。この図式を完成させるためには、同じ量の魔力を流し続けねばならん。ただそれだけだ』
一言余計な言葉があったけど、本当のことだから今は何も言うまい。
というか、本当にわたしの刺繍の影響だったの? 主人公補正とかじゃないよね? そんなのいらないよ。
「じゃあ、効果を持続させたかったら、魔力量を増やせばいいの?」
『難しいだろうな。耐え得る素材があれば、小娘だけは可能だろうがな』
「どうしてわたしだけ?」
『このハンカチだけでも、相当な魔力量だ。少し劣る物だとしても、青以上でなければ無理だろう。赤以下であれば数日もつか、それこそまじないだろうよ』
わたしが話している間、アセビはピエリスから聞いていて、コムラサキ侯爵達にはアセビが説明をしてくれた。サンスベリア伯爵が唸っている。
「なるほど。魔力の扱い方か。極秘で扱っていた品物だが、研究は続けても、やはり陛下にだけ話すくらいが良さそうだな」
「魅了関係のまじないもあったんだったね」
確かめるように問うコムラサキ侯爵に、サンスベリア伯爵が答える。
「ああ、そうだ。お針子達には詳しく話していないし、フヨウ嬢と同じ健康の図柄しか渡していないからな。私のいつもの悪ふざけとして扱われ、漏れることはないだろう」
え? いつもの悪ふざけって……楽しいことを追求してしまうところまで、親子そっくりなのね。
「それよりもフリージア嬢よ。魔力調整ができるのか? どうやっているんだ?」
サンスベリア伯爵に尋ねられて、イキシア殿下とローダンセと初めて図書館で話した時のことを思い出した。ローダンセも思い当たったらしく、にこやかに「実は」とローダンセが話してくれた。
アセビは知っていたらしく「あれ? 私、父上に話さなかった?」と首を傾げて、「聞いてないぞ」と怒られていた。
「あの、極秘扱いになるということは、わたしももう刺さない方がいいんでしょうか?」
「そうだなぁ。何を刺すかによるな。今日はその話もしようと思っていたからな」
「そうなんですか?」
「ああ、君なら大丈夫だと思うが、人の心を操ってしまう心配があるものは刺さないでほしい」
「それは、魅力が上がるおまじないもですか?」
「悪用されると怖いからな」
コムラサキ侯爵にも頷かれて、わたしは素直に受け入れた。
「分かりました。刺したかったのはアセビ様とイキシア殿下分ですので、健康運や幸運とかにします。そもそも2人には恋愛運関連は必要ないでしょうからね」
「え? フリージア……私にくれるの?」
「はい。いつも優しくしてもらっているお礼に刺そうと思っていたんです。先にハンカチを貸してもらわないといけないですけどね」
おちゃらけながら軽く伝えると、アセビは花が綻ぶようにふわっと微笑んだ。その笑顔が喜びに溢れていて、息が止まりそうになる。
「嬉しいよ。すぐに新しいハンカチを貸すよ」
「もしかして2人は恋人なんですか? いいな。私もイキシア様とデートできるようになりたいです」
ん? イキシア殿下とって言った?
「フヨウ。イキシア殿下はアマリリス嬢と婚約している。諦めなさい」
「いいえ、お父様。それは私の体が弱かったからですわ。元気になれば、私の事も考えてくださるはずです。イキシア様と結婚する夢を諦めたくありません。私はアマリリスより可愛いですもの」
意識が宇宙にぶっ飛んでしまったわたしは、アセビが肩を叩いてくれたおかげで戻って来られたが、「なにこれ? わたし、盛大にやらかしてしまったんじゃないの?」と胃を重くするのは避けられなかった。
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