36.コムラサキ侯爵邸
コムラサキ侯爵邸に到着し、眠っているアサギを起こした。きっとスイーツを出してもらえるはずなので、起こさないと後で怒られるかもしれないからだ。
先に降りたアセビが差し出してくれた手を取り、馬車から降りる。
窓から見えていたから知っていたが、さすが侯爵家。絢爛豪華だ。ここが旅行先の観光地なら、「わぁ、素敵」と声を上げていたことだろう。
「サンスベリア伯爵令息様、フリージア様、お待ちしておりました。昼食会場にご案内いたします」
執事っぽい青年が、丁寧に頭を下げてきた。
青年が「こちらです」と背筋を伸ばして歩く後ろ姿を、アセビと並んで追いかける。アサギは飛んでついてきている。
「はぁ、緊張する」
「王宮よりも?」
「ううん。先週に比べたら、まだマシだよ。今日はアセビ様もいてくれるしね」
「私も一緒に来られて嬉しいよ」
わたしの感想とちょっとズレているけど、それでいいよ。今は軽快にツッコんでいる余裕ないからね。
すぐに到着した昼食会場は、花に囲まれた庭園に楕円形の大きな机が置かれ、日陰になるよう大きなパラソルが机の周りに設置されている。
わたしとアセビが最後だったようで、座って談笑していた人達は立って出迎えてくれた。
「よく来てくれたね。ようこそコムラサキ邸へ。私達は恩人であるフリージア嬢を、心より歓迎するよ」
赤い髪をコームオーバーの髪型にしていて、青色の瞳で眼鏡をかけている男性がにこやかに微笑んでいる。やっぱり謁見室で魔法を使った男性が、コムラサキ侯爵だったようだ。
「招待いただき、誠にありがとうございます。しかし、わたしが恩人というのは、たぶん、違うと思うのですが……」
「何を言うか。間違いなく君の功績だよ。もっと胸を張りたまえ」
明るい声で否定をしてきたのは、紫色の髪をポニーテールにし、青紫色の瞳を輝かせている綺麗な男性だ。
間違いなくアセビの父親であるサンスベリア伯爵だろう。アセビとよく似ている。母親似じゃなくて父親似だったのかとビックリした。
「まぁまぁ、皆様。楽しいお話は、お食事をとりながらいたしましょう。いつまでも立ち話はいけませんわ」
物腰柔らかそうに会話に加わってきたのは、線が細い艶やかで麗しいお姉さん……ううん、ローダンセとの間にお姉さんらしき人がいるので、たぶんこの人がローダンセの母親、コムラサキ侯爵夫人だろう。赤色の瞳に、柔らかそうなピンク色の髪がよく似合っている。
「母上の言う通りです。座って落ち着いてから、自己紹介をしましょう」
ローダンセの母親で合っていた。
この家族というか、この空間にいる人達の容姿がバグっていて、ヒロインであるはずのわたしなんて霞んでしまっている。攻略対象者のDNA半端ない。すごい。
案内してくれた使用人の人が引いてくれた椅子に座ると、ぞろぞろと侍女達がカートを押して現れた。
王宮での昼食と夕食は大皿が机に並べられていて、使用人がそこからサーブしてくれる形式だったが、ここではコース料理での配膳をされるようだ。
スプーンとフォークは外側から使うはずだけど、どのお皿もコムラサキ侯爵が口をつけるまで食べない。コムラサキ侯爵が使う順番に使えば、問題ない。
王宮では王妃様相手にそうした。いい感じに微笑んでくれたから、それで合っているはず。※王様は王妃様に弱いと判断したため、そうしただけである。
「フリージア嬢、白竜様。自己紹介をさせていただきます。私の名は、エイレン・コムラサキ。コムラサキ侯爵家の当主の任に就いております。そして、妻のラナン、娘のフヨウになります。息子のローダンセはご存知でしょうから省かせていただきます。最後に私の友人のラークス・サンスベリア伯爵になります。エスコート役を買って出たアセビの父親ですね」
コムラサキ侯爵に名前を呼ばれた際に、みんな浅く一礼してくれた。
「ご丁寧にありがとうございます。わたしはフリージアと申します。そして、白竜のアサギです。本日はこのような歓待をしていただき、誠にありがとうございます」
わたしはしっかりと一礼したが、アサギは腕を組んでブスッとしている。
「そんなに畏まらないくていいよ。非公式の場だ。肩の力を抜いて、夢物語が好きなおじさん達の相手をしておくれ」
「夢物語ですか?」
人好きが良さそうな笑顔を浮かべるコムラサキ侯爵が、緩く頷いてくれる。
「白竜様が目の前にいらっしゃる。それだけで十分夢物語だよ」
わたしにとってもだったけど、この国の人達にとっても、アサギは雲の上の存在すぎるんだろうな。
気紛れだとしても、わたしの所に来てくれて本当にありがとうね。大切にするからね。
「それで、その、白竜様は何か怒っているのかな?」
「あ、えっと、その、たぶんですが、アサギの分の食事がないからだと……すみません! 催促とかではなく、スポンジケーキやバタークッキーがあるんじゃないかと……その、来る前に話をしていまして……」
コムラサキ侯爵が声を上げて笑った。
宰相というフィルターをかけて見てしまっていたから、恐い人かもとビビっていたが、少年のように笑う姿に緊張が解れてくれた。笑顔って魔法みたいだ。
「白竜様、失礼いたしました。ローダンセから聞き、用意しております。すぐに持って来させますね」
『うむ、美味いやつを頼む』
それは通訳しないからね。絶対、最高級のお菓子が用意されているはずだからね。
「アセビ。君の白蛇様はスープでよかったかな?」
「はい。ありがとうございます。ピエリスはコーンスープが好きなので、喜ぶと思います」
「いやはや、まさか使役魔物達が、我々の食事を好むとは思いもよらなかった。これも、フリージア嬢。君の功績だよ」
サンスベリア伯爵にそう声をかけられて、反射的に首を横に振った。さっき緊張が解れたせいで、体が勝手に動いてしまったようだ。
「いいえ、いいえ、アサギが食べたいと言ったから判明しただけで、わたしは何もしていません」
「いいや、君が行動したからだよ。使役魔物に側に居てもらうという発想を、誰もしてこなかったからね。君が先生に頼んだと、息子から聞いているよ」
アセビをチラッと見ると、アセビは得意気にウインクをしてきた。
どんだけ大袈裟に言ったんだろうとアセビを恨めしく睨みたかったが、「恐縮です」と返すことで、とにかくこの場を終わらせることにした。
アサギ達の食事も運ばれてきて、和気藹々とした昼食会が始まった。
みんなが興味あるのはアサギのこと。これに関しては、先週の王様・王妃様の質問とあまり変わらない。アセビも交じってくれるので、簡単に受け答えができた。
少し恥ずかしかったのは、魔法詠唱の短縮や複写の魔法が欲しいと言ったことについてだった。「あれば書類仕事が捗る」と目を輝かせるコムラサキ侯爵に、「複写禁止の案まで考えつくなんて素晴らしい」と唸るサンスベリア伯爵に、「放課後の勉強が楽しいんですよ」と声を弾ませるローダンセに、「フリージアは私を楽しませてくれる天才だよね」と微笑んでくるアセビにで、早く話題の中心が自分以外にならないかと強く願っていた。
静かに男性達の話は聞きながら、盛り上がりすぎないように、時折声をかける侯爵夫人はさすがだった。ただ王妃様とは違う怖さを肌は感じ取っていたので、どこの家庭も手綱を握るのは奥さんの方なのだろうと密かに思っていた。
ローダンセの姉のフヨウに関しては、この食事会がよっぽど楽しいようで、ずっと笑顔だなという印象だった。ニコニコニコニコと、発言している人に視線を動かしては笑っている。顔色もいいし、病弱だったと聞いていなければ分からないほど、元気ハツラツに見えた。
食事が終わり、そのままお茶に移行する。そこで、コムラサキ侯爵が改めてお礼を口にした。
「フリージア嬢。君はいらないと言いそうだが、もう一度だけ最後に言わせてほしい。君が刺繍をしてくれたハンカチで、娘のフヨウの体調が良くなりつつある。ベッドから出られないほどだったのに、今では庭を散歩し、外で食事をとれるようになった。君の思い付きで助かった人間がいる。本当に心から感謝する」
立ち上がるコムラサキ侯爵に続き、夫人もフヨウもローダンセも腰を上げ、見惚れるほど綺麗に頭を下げられた。
ハッとしたわたしも慌てて立ち上がり、突き出した両手をあわあわと振った。
「あたま、頭を上げてください。美味しい食事をいただき、楽しい時間を過ごさせていただいているだけで十分ですので。これ以上は過分すぎます。それに、刺繍は本当におまじないでしかなく、治癒師の方の力との相乗効果があったとかだと思うんです」
可笑しそうに鼻で笑ったコムラサキ侯爵に「先週も思ったが、もっと欲深くてもかまわないよ」と言われ、もう正直に「いえ、本当にわたしには過分なんです。喜びより恐怖が勝るんです」と伝えると大声で笑われた。サンスベリア伯爵も大笑いしている。




