白川老人
鳩舎の方に行き階段を昇って行くと、やはり小雨の降る鳩舎の前で傘も差さずに川上氏が立っていた。香月が近くに来たのも分からない様子であった。香月が声を掛けた。
「川上さん・・」
「おっ!・・驚いた。香月君、何時・・来たんだい?」
「今しがたですが、気づきませんでした・・?」
「ああ・・そうだったのか」
「どうされました?」
「ああ・・今日は10羽戻って来たんだが、全部若鳩なんだよ。私は600キロでストックしなかったから、700キロには56羽参加させた。帰舎は全部で今の所30羽と、5割以上は戻ってきてるんだが、昨年の1000キロ記録鳩が3羽、1100キロ記録鳩が2羽戻って来てないないんだ。どうも、今年は100キロレースの時の1200キロ記録鳩と言い、凄く記録鳩の帰舎が悪いみたいだよ・・」
「僕の所でも、今朝例の文部杯の1000キロ記録鳩が戻ってきましたが、この血統はそう言う悪天を避ける傾向にあるのでは?」
「そう言う傾向はあるよ。しかし・・いくら悪いと言っても、もう2日目の夕方だからね。昨日鳩舎の近く100キロ圏内に戻っていれば、今朝帰舎できた筈。それが、未だに戻って来ないとなると、事故か、或いは帰舎コースを大きく迂回して、海側を通った可能性がある」
「それは・・?」
「ああ、700キロレースは丁度、山際の放鳩地だから、山際を通って帰るのが普通だが、経験鳩は、悪天を避けて、高度を低く、海岸線を迂回して帰るケースがある。気圧の低い山際のジグザグコースを忌避して、安全である海岸線を通るコースだね。」
「成るほど・・乱気流ですね?」
「その通り!君には全部説明の必要はなさそうだ。だが・・」
「だが・・?」




