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ひっぱりだこ

後期に入り、通常の授業の合間に寮対抗戦への準備が本格的に始まり、放課後の練習場には候補に選ばれた選手達の活気溢れた声が響いていた。

前期には二十五名いたレヴィアカンプフェのメンバー候補も、今では十八名にまで絞り込まれている。そのメンバーの中には、ディアナとクラリッサの姿もあった。

このチームでは、ディアナはエースとして、またクラリッサの方も司令塔として、それぞれが重要な役目を担っていた。


「行かせるかっ!」


守備力に定評のあるフランツが、ディアナの前に立ち塞がった。

フランツは、ディアナの突破を阻止すべく進路をふさいだ。それでも強引に突破しようとしたディアナに、身体を当てて防御しようと試みた。しかし次の瞬間、はじき飛ばされたのはフランツだった。


「くっ、まるで岩だ!?」


かろうじて落下を免れたフランツは、次々と突破していくディアナを見上げ、大きく目を見開いていた。


「ディアナさんには一人で行ってはダメです。必ず三人で当たりなさい!」


クラリッサの叱責が飛ぶ。

彼女は周囲を見回しながら的確に指示を出し、フェアタイディガーが二人がかりで突破を何とか阻止し、その間に体勢を立て直したフランツが合流し、ディアナは「むぅ」と頬を膨らませながら、不満そうに一旦距離をとった。


「それでいい。相手がどれだけ優れていたとしても、今のように落ち着いて複数人で当たれば阻止できるんだ!」


今のディアナの突破を防いだ三人の連携に、ゲラルトが手を叩いて賞賛していた。


「ようし、もう一度だ。ディアナ、今度はもう少し速度を上げてみてくれ」


「ん」


ゲラルトの指示によって、何度も繰り返し守備の確認がおこなわれていた。

ディアナは、その圧倒的な魔力量に裏打ちされた機動力でフィールドを縦横無尽に駆け巡り、さらに身体強化魔法を同時起動することで、小柄ながらも肉弾戦にも対応可能な万能ぶりを発揮していた。彼女の他を凌駕する圧倒的な個人能力には、コーチであるゲラルトも舌を巻き、当初の組織的なチーム作りから、ディアナを中心とした戦術へと大きく方向転換せざるを得なかった。

ゲラルトのコーチ就任から数カ月が経ち、チーム全体の底上げは図られたものの、昨年の他寮のチームにはまだまだ及ばない現状では、ディアナへの依存は避けられない状況だったのである。

クラリッサもまた、的確な判断力と認識力でチームに落ち着きをもたらし、チームの心臓として機能していた。彼女達の連携が、レヴィアカンプフェの鍵を握っているのは間違いなかった。

ある日、ディアナは談話室の一角で、クラリッサと共に魔力濃縮の研究発表の準備に追われていた。

去年のナハトゲレートの発表は視覚的に分かりやすい展示物で成功を収めたが、今年のディアナの研究は性質上、地味な資料が中心になるのは否めない。


「やはり、ポットスチルを展示するのが、分かりやすいのではないでしょうか?」


魔力濃縮という抽象的な概念を、巨大な蒸留器であるポットスチルという具体的な形で示すことで、聴衆も何となくイメージしやすいのではという意図があった。


「でもそんな大事なもの、貸してくれるとは思えない」


「そうですわよね……」


二人は腕を組み、考え込んだ。

魔力濃縮のイメージとしては、巨大なポットスチルで魔力を蒸留することだ。だとすれば実際にポットスチルを展示するのが手っ取り早い。

彼女らは、王都の醸造所からポットスチルを借りるという案を検討した。しかし、それは現実的ではなかった。分解や移設の手間がかかる上に、稼働中のポットスチルを貸し出すなど、醸造所側が承諾するとは到底思えなかった。学校の備品である実験用の蒸留装置なら簡単に借りることはできる。しかし、高さ三十センチメートルと小型なものでは、あまりにもインパクトに欠け、展示会場に並べても失笑を買うだけだろう。


「ポットスチルがあるかどうかで展示会場の大きさも変わりそうですし、早めに決めてしまいたいですわね」


クラリッサは焦燥感を滲ませた。発表の規模やレイアウトが、展示物の有無に左右されるため、早急な判断が求められた。


「ん。最悪、原寸大のポットスチルの絵でも飾るしかない」


「それはそれで時間がかかりそうですけど、ディアナさん、貴女、絵は描けるのかしら?」


苦肉の策として絵を提案したディアナに、クラリッサが訝しげに尋ねる。


「無理。クレアは?」


「わたくしは静物程度なら描けますけれど、さすがにポットスチルみたいな大きなものは描いたことありませんわ」


クラリッサは貴族の嗜みのひとつとして、静物画の心得はあったが、巨大なポットスチルとなると話は別だった。

肖像画などの専門的な絵は絵師に依頼するのが常だが、ポットスチルの絵となると、その依頼にかかる時間や費用、そして出来栄えも全くの未知数だった。最悪、実物大の絵を飾るにしても、果たしてそれが期待通りの効果を生むのか、ディアナとクラリッサには確信が持てなかった。

廃棄寸前のものだとしても、本物のポットスチルが用意できれば、そのインパクトは絶大だろう。二人の脳裏には、巨大なポットスチルが展示会場の中央に鎮座し、来場者の度肝を抜く光景が描かれていた。


「やあ、調子はどうだい?」


研究発表の準備で忙殺されているディアナとクラリッサの元に、ライナーが満面の笑みを浮かべながら近づいてきた。研究発表の準備をしている二人に、ライナーが声をかけるのは珍しい。何だか嫌な予感がした二人は、思わず顔を見合わせた。しかし、ライナーはそんな二人の様子には全くお構いなしとばかりに、彼女たちが何かを言う間もなく、二人の向かいに堂々と腰を下ろした。そのあまりにも自然な態度に、二人はますます警戒心を募らせる。


「何か用?」


ディアナは、取り繕うことなく、不信感を露わにした固い表情で問いかけた。


「ちょっとディアナに相談があるんだよ」


ライナーはわざとらしいほどに笑顔を浮かべ、いかにも親しげな口調で答えた。そのわざとらしさが、ますますディアナの不信感を煽る。眉間に深い皺を寄せ、ディアナは冷たい視線をライナーに向けた。


「何?」


無表情になったディアナが、冷たく言い放った。

ハウスリーダーであるライナーに対して、これほどの態度を取るディアナも珍しい。しかし、傍にいるクラリッサもまた、不機嫌を隠すことなく軽くライナーを睨みつけており、ディアナの心情を代弁しているかのようだった。

だが、さすがはアルフォンスに毅然とした態度で接し、「勇者」と呼ばれるほどの男、ライナーだった。ディアナとクラリッサの冷たい視線を受けながらも、その笑顔を崩すことはなかった。


「ディアナ、せっかくだし全種目にエントリーしないかい?」


ライナーの口から飛び出したのは、寮対抗戦の個人全五種目へのエントリーという、常識破りの提案だった。


「はへっ!?」


言われた意味を理解できず、ディアナは間抜けな声を上げた。クラリッサも珍しく口を半開きにして呆然としている。それほどまでに、ライナーの提案は予想の斜め上を行くものだった。しかし、ライナーにしてみれば、これは十分根拠のある提案だった。


「ディアナなら、全種目制覇も夢じゃないんだ!」


実際、ディアナはヴェットカンプの全ての競技で、突出した能力を発揮していた。その圧倒的な能力を目の当たりにしていれば、たとえライナーでなくても、同じような提案をおこなっていただろう。


「もちろん、全種目に出場するだけでもディアナには、ものすごい負担をかけることになる。だけど、もし全種目を制覇できたら、もちろん前人未到の偉業なんだ! それは、負担を補って余るほどの栄誉なんだよ!」


ライナーはいかに自分の提案が素晴らしいかを、身振りを交えて熱弁を振るった。その言葉には、どこか自己陶酔にも似た響きがあり、ライナーの視線は目の前の二人ではなく、虚空を見ているようだ。


「いい。興味ない」


しかしディアナは、その提案を枯れ葉を払い落とすかのように、バッサリと切り捨てた。

「は?」と、ひと言発した後、しばらく呆けたように固まっていたライナーだったが、ディアナの言葉の意味が脳内で反芻され、完全に理解できると、信じられないという表情を浮かべ、思わず腰を浮かせた。


「な、なぜだい!? ディアナなら全種目制覇だけでなく、全種目フルスコアも夢じゃないんだぞ!?」


彼は「この素晴らしい提案をどうして理解できないんだ」と、まるで子供が駄々をこねるかのように、ディアナに詰め寄った。だが、ディアナは深く溜息を吐くと、やれやれといった様子で首を振る。


「栄誉はいっぱい貰ったから、もうお腹いっぱい」


ディアナは去年の寮対抗戦で、史上初のフルスコアを叩き出してアングリフを優勝している。そのインパクトは絶大で、彼女はすでに学校では知らない者はいない存在となっていた。

さらに、先日の休暇時には、長年王国を悩ませてきた人さらいを討伐し、その功績によって騎士爵や家名を賜っていた。探索士協会からも、その功績によって一等級探索士に任命されてもいる。ディアナにとって、これ以上の栄誉などまったく必要ではなかったのだ。


「全種目出場は、いくら何でも負担が大きすぎますわ! ディアナさんは、レヴィアカンプフェや研究発表も控えているのですのよ」


ディアナの言葉に愕然とするライナーに対し、クラリッサも彼女の負担が大きすぎると、憤慨したように苦言を呈した。

ヴェットカンプの個人種目は、全てトーナメント制だ。一週間にわたる寮対抗戦の二日目から、一日一種目ずつ競技がおこなわれていき、最終日には花形競技であるレヴィアカンプフェがある。もし全種目出場ということになれば、ディアナはほとんど休みなしで競技に出続けることになる。加えて、彼女は魔力濃縮の研究発表の主催者としての立場もあり、せっかくの研究発表の舞台に、初日以外ほとんど不在という事態にもなりかねない。


「分かってる。それはもちろん分かってるんだ。だけどディアナなら全種目優勝することも夢じゃないんだ」


「それはライナーの夢。あたしの夢じゃない」


諦めきれないライナーは、苦渋の表情で言葉を絞り出す。だが、ディアナは吐き捨てるように言うと、クラリッサを伴って席を立った。その足取りは、一切の迷いもなく、ライナーの夢を打ち砕くには十分な力を持っていた。

それでも未練を捨てきれないライナーは執拗に食い下がり、補欠メンバーとして全種目に登録することをディアナに認めさせたのは、勇者と呼ばれた者の意地だったのかも知れない。

その後、予備登録が締め切られ、ディアナは「ルンド」「アングリフ」「模擬戦」「レヴィアカンプフェ」の四競技で代表メンバーとなった。もちろん、ライナーの執念が実を結び、他の競技ではしっかりと補欠メンバーとしてディアナの名が記されていた。

しかしその後、メンバー表を確認した実行委員から、まさかの注文が入った。

全種目に記されたディアナの名前については何も言われなかった。問題視されたのは、ディアナにとって連覇のかかった「アングリフ」についてだった。実行委員が言うには、彼女が出場すれば「アングリフ」の優勝がほぼ確定してしまう。それでは見所の少ない競技となり、盛り上がりに欠けてしまうとして、ディアナには出場を辞退して欲しいと懇願されてしまったのだ。

その要請に最後まで渋っていたライナーだったが、ディアナは嬉々としてそれを受け入れ、彼女の出場種目は三種目に絞られたのであった。それはディアナにとっては、負担が減ることに加え、まさに渡りに船の提案だった。

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