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文化祭が終わって、一週間ほどが過ぎた。
文化祭の飾りも片付けられ、校内はすっかりいつもの空気を取り戻し、教室では授業や部活動の話が飛び交う。
けれど、里桜の胸の中だけは違っていた。
文化祭の日、智哉と二人で校内を歩いた思い出は、今でも鮮明に残っていて、 楽しかった時間を思い返すたびに、自然と頬がゆるんでしまう。
でも、その一方で――
(連絡先……聞けなかったな……)
昼休みにお弁当を食べ終えた里桜は、向かいに座る紗希を何度も見ては口を開き、また閉じた。
「ねぇ、紗希……?」
「ん? どした?」
「あの……その……」
言葉が続かない。
紗希は箸を置き、いつものようにからっと笑った。
「何? そんな改まって。」
里桜は意を決して、小さな声で尋ねた。
「……連絡先って……教えてもらうのって、できるかな?」
「連絡先?」
紗希は首をかしげる。
「え?普通に私と繋がってるやん?」
「あの……違うの……その……」
目を泳がせる里桜を見て、紗希はすぐに察した。
「あー、なるほど。」
にやり、と意味ありげな笑みを浮かべる。
「誰の連絡先知りたいのかな? 里桜。」
その一言で、里桜の顔は耳まで真っ赤になった。
「え、えっと……」
「……ていうかさ。」
紗希は楽しそうに身を乗り出す。
「文化祭の日、一緒に回ってたよね? あの時聞かなかったの?」
「……聞けなかった。」
「向こうからも聞かれなかった?」
里桜は小さく頷く。
「……うん。」
(あのへたれーーっ!!)
紗希は心の中で思い切り叫んだ。
「うーん……でも連絡先って、きっかけがないとなかなか聞けないよね。」
「……うん。」
しょんぼりと肩を落とす里桜。
その姿を見た紗希は、小さくため息をついた。
(まぁ、この二人らしいけど……)
そんなことを思いながら、苦笑するしかなかった。
その日の放課後、美術部の活動が思ったより長引き、里桜は慌てていた。
「急がなきゃ……!」
小走りで昇降口へ向かい、下駄箱の前まで来た、その時だった。
「あれ? 大宮さん?」
聞き慣れた優しい声が里桜の耳に入ってきた。
声のした方へ顔を向けると、そこには靴を履き替えている智哉がいた。
「今帰り?」
突然のことに、里桜は思わず固まってしまう。
(瀬田くん……!?)
頭が真っ白になる。
「……大宮さん?」
もう一度名前を呼ばれて、ようやく我に返った。
「あっ! せ、瀬田くん!」
「珍しいね。この時間。」
「えっと……部活が長引いちゃって。」
慌てながら答える里桜は、落ち着かない様子で何度も髪に触れてしまう。
そんな仕草を見て、智哉は少し微笑んだ。
「俺はいつもこのくらいなんだ。」
靴を履き替えると、自然と二人は並んで歩き始めた。
夕暮れの校門へ向かう道に少し冷たくなり始めた秋風が舞い、二人の制服の裾を揺らす。
「大宮さんって、いつも何で帰るの?」
「私はバスだよ。」
「ほんと? 俺も。」
思わず二人とも顔を見合わせる。
「え、同じ方面?」
「うん。」
それだけで、なんだか嬉しくなった。
校門を出て、そのまま並んでバス停へ向かう。
「今日は何を描いてたの?」
「文化祭で展示した絵の片付けとかかな。」
「そっか、お疲れさま。」
他愛もない会話をしながら歩くだけなのに、里桜の胸は幸せでいっぱいだった。
自然と笑顔がこぼれる。
そんな里桜を見て、智哉もつられるように笑った。
(……かわいい)
ふと、そんな言葉が胸に浮かぶ。
(今なら……聞けるかな)
文化祭の日に聞けなくて、その後も何度もタイミングを逃して聞けていなかった連絡先。
智哉は胸の鼓動を押さえるように、小さく息を吸った。
(……今、聞こう)
そう決めても、口が開かない。
「……。」
開きかけては閉じて、また迷う。
(……いや、今しかない!)
ぐっと拳を握りしめ、覚悟を決めた。
「あの!大宮さん!」
少し俯いて歩いていた里桜が、はっと顔を上げる。
「なに?瀬田くん。」
真っすぐ見つめられて、一瞬だけ智哉は言葉を失った。
それでも、勇気を振り絞る。
「あの……よかったら……」
一呼吸置いて、最後まで言った。
「連絡先、交換してくれないかな。」
「……えっ?」
里桜の時間が止まる。
(今……連絡先って言った?言ったよね?!)
鼓動が一気に速くなり、頭の中で智哉の言葉がぐるぐるとまわっていた。
智哉は返事がないことに焦って、
「あ、もちろん、よかったらだから!」
慌てて言葉を重ねる。
その必死そうな声に、里桜の口から思わず本音が飛び出した。
「私も知りたかったの!」
言った瞬間、二人とも目を丸くした。
「あっ……」
里桜は自分が何を口走ったのか気づき、耳まで真っ赤になる。
「……。」
恥ずかしさに耐えきれず、里桜は俯いてしまった。
一方の智哉も、驚いたように目を丸くしたあと、ふっと嬉しそうに笑う。
「よかった。」
その一言だけで、里桜の心はじんわり温かくなった。
バスが来るまでの短い時間で、二人は少し照れながらスマートフォンを取り出し、ぎこちなく連絡先を交換した。
画面に表示された互いの名前を見つめるだけで、思わず笑みがこぼれる。
文化祭の日には踏み出せなかった一歩。
一週間遅れで踏み出した勇気が、二人の距離をまた少しだけ近づけてくれた。




