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10月、よく晴れて心地のよい風が吹く文化祭当日。
朝から校内は色鮮やかな装飾で彩られ、生徒たちの楽しそうな笑い声があちこちから聞こえてくる。
午前中、体育館では吹奏楽部の演奏会が開かれていた。
里桜は美術部の友達の紗希と一緒に体育館の後ろの方に立ち、静かにステージを見つめていた。
照明に照らされたステージで、制服姿の部員たちが一斉に楽器を構える。
その中に智哉の姿があった。
トロンボーンを手に、背筋をまっすぐ伸ばして椅子に座っている。
普段教室で見る穏やかな表情とは違って、真剣で凛としていた。
演奏が始まると、美しくなめらかな旋律と音色が体育館いっぱいに響き渡った。
智哉のトロンボーンが照明を受けてきらりと光るたび、里桜は思わず目を奪われた。
様々な楽器の音色が重なり合い、まるで1つの美しい織物を紡ぐような演奏に、里桜の心は感動で震えていた。
(すごい……)
教室で見せる優しい笑顔とはまた違う、一つひとつの音に気持ちを込める姿が、とても格好よく見えた。
曲が終わると、体育館は大きな拍手に包まれ、智哉は仲間たちと一緒に一礼し微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、里桜の胸はまた温かくなる。
(本当に、素敵だな……)
演奏が終わっても、里桜はしばらくその余韻から抜け出せなかった。
智哉の演奏が頭の中で何度も蘇る。
そんな里桜の横顔を見ながら、紗希はくすっと小さく笑った。
「瀬田君、かっこよかったね。」
「……え?」
突然声をかけられた里桜は、反応が少し遅れてしまう。
ぽかんとした表情のまま紗希を見ると、紗希はますます楽しそうに笑った。
「分かるよ。里桜の頭からハートが飛んでるし。」
「えっ!?」
里桜は慌てて自分の頭を押さえる。
その様子があまりにも可愛くて、紗希は声を上げて笑った。
「見えないって。でも顔見たらすぐ分かるよ。ずっと瀬田君しか見てなかったもんねー」
「う……。」
否定できず、里桜は頬を真っ赤に染める。
紗希は優しく微笑みながら続けた。
「瀬田くんかぁ。良い奴だしなぁ。」
腕を組み、うんうんと一人で頷く。
「うん!里桜を任せてもいいかな!」
「え?!紗希?!」
里桜は顔を真っ赤にして紗希へ詰め寄る。
「誤解だから!恥ずかしいよ!」
「ふふっ。」
紗希はまるで妹をからかう姉のように笑った。
「だって、本当じゃん。それに、瀬田君も里桜を見る目、すごく優しいし。」
「え……?」
里桜は思わず瞬きをする。
「そんなことないよ!」
「そうだよ。」
紗希は迷いなく頷いた。
「ねぇねぇ、瀬田くんに声かけてきなよ。一緒に文化祭回ろうって。」
「え?」
里桜は目を丸くした。
「む、無理、無理無理!そんな急に誘えないよ!」
「どうして?」
紗希は首を傾げる。
「隣の席なんだし、廊下でも話すようになったんでしょ?」
「そうだけど……でも……。」
里桜は自信なさそうに視線を落とす。
すると紗希は少しだけ真面目な顔で声を落として言った。
「瀬田くん、人気あるから。誰かさんに先越されるかもよ?」
「えぇ!?」
里桜は思わず大きな声を出してしまう。
「ほら。今だって演奏終わったら、女の子たち結構見てたよ。」
その言葉に、里桜の胸がどきりと鳴り、ステージでの智哉の姿を思い返す。
真剣な横顔と、優しく穏やかな笑顔。
あんな姿を見たら、きっと自分だけじゃなく、誰だって格好いいと思うはずだ。
(もし、本当に誰かに誘われたら……)
胸の奥から、不安が広がっていく。
紗希はそんな里桜の表情を見て、にっこり笑った。
「気になるなら、勇気出してみよ。大丈夫。瀬田君、きっと嬉しいと思うよ。」
里桜はぎゅっと胸の前で手を握った。
ふと見ると吹奏楽部の生徒たちは楽器を片付けながら次々と体育館の外へ出て行っている。
その中にはもちろん、トロンボーンのケースを肩に掛けた智哉の姿もあった。
(……一緒に、文化祭を回りたい)
その小さな願いが、今までで一番強く胸の中に広がっていた。
目線を落とし、しばらく考えていた里桜は大きく深呼吸をした。
(……今しかない!)
心臓がうるさいくらいに高鳴って、緊張で息が上がる。
紗希が背中をそっと押すように微笑んだ。
「行っておいで。」
その一言に勇気をもらい、意を決して里桜はゆっくりと歩き出す。
吹奏楽部の生徒たちの中から、トロンボーンケースを肩に掛けた智哉の背中を見つけた。
「あ……あの!」
少し高くなった声に、智哉が振り返る。
「あ、大宮さん。」
いつもの優しい笑顔がそこにあった。
その笑顔を見た瞬間、せっかく集めた勇気がまた逃げそうになる。
それでも里桜は真っ直ぐに智哉を見て声を出した。
「えっと……。」
言葉が喉につかえる。
頭の中で何度も練習したはずなのに、全部真っ白になってしまう。
「い、一緒に……」
言い淀む里桜を智哉は黙って待ってくれていた。
焦れば焦るほど、言葉がぎこちなくなる。
「文化祭……回りませんか?」
緊張しすぎて、思わず敬語になってしまった。
言った瞬間、里桜は「間違った!」と思う。
(敬語になっちゃった……!)
智哉は目を少し丸くして、その場でぴたりと止まった。
「え……。」
驚いたような表情。
その一瞬が、里桜にはとても長く感じられる。
(やっぱり急すぎたかな……。)
不安がどんどん胸いっぱいに広がりかけた、その時。
「えっと……。」
智哉は少し照れたように笑って、
「いいよ。」
そう答えた。
実は智哉の頭の中では、たった今聞いた言葉が何度も繰り返されていた。
(一緒に文化祭回りませんか?……大宮さんが……俺を?……文化祭を、一緒に……。)
驚きと嬉しさに胸が熱くなる。
そして突然の出来事で、頭が追いつかず固まっていた。
しかしすぐに思い出し、
「あっ……ちょっと待ってて。トロンボーン、片付けてくるから。」
そう言うと、足早に音楽室の方へ走っていった。
その背中が見えなくなると同時に、里桜の力が一気に抜ける。
「……。」
恥ずかしさで顔が熱い。
思わずその場にしゃがみ込み、両手で真っ赤になった顔を隠す。
(いいよって……いいよって言ってくれた……!)
胸の奥から、じんわりと温かいものが広がっていく。
嬉しい。
信じられないくらい嬉しい。
思わず笑顔がこぼれてしまう。
少し離れたところで見ていた紗希は、そんな里桜を見て小さくガッツポーズをした。
「よくやった!」
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
それから数分後。
「大宮さん!おまたせ。」
優しい声が聞こえて、里桜は振り向いた。
制服姿の智哉が軽く息を弾ませながら戻ってきた。
「待たせちゃってごめんね。」
里桜は慌てて首を横に振る。
「ううん、大丈夫。」
智哉はふっと穏やかに笑う。
そして少しだけ照れたように視線を揺らしながら、
「……回ろっか。」
その一言に、里桜の胸はまた大きく高鳴った。
「うん!」
里桜は今までで一番大きな笑顔で頷く。
色鮮やかに澄み渡った秋空の下、文化祭の賑やかな声に包まれながら、里桜は心は幸せでいっぱいだった。




