78. 6日目⑨ ギルとの別れ、望まぬ再会
『うわー、今、めちゃくちゃユーリスに会いたくなってきた! ユーリスなら色々分かりそうなのになー! 今日は忙しいみたいで会えなかったんだよね』
使った後のスクロールがどうなるかとか、降霊術を使うと使った本人はどうなるのかとか、魔術関連に不確定要素が多すぎる。ここにユーリスが居れば全部確かめられたのに!
明日ちょっとでも会えないかなあ。午前中から英語のレッスン、その後はアシュクロフトさんも一緒にお茶会に行く準備をする予定だから無理な気がする。お茶会って何時くらいまで続くんだろう?
うずうずする私を眺めつつ、ギルは、ふう、と息を吐いた。呆れ半分、安堵半分といった感じだ。
「俺も、ユーリスに一階の出窓の鍵が開いてたってことは伝えときたいっすね、念のため」
アシュクロフトさんが紹介してくれた魔術師って、ユーリスのことで合ってますよね?
ギルに聞かれて頷いた。アシュクロフトさんに連れられて初めてクララの屋敷を訪れてから、もう三日くらい経つのか。
「『信頼できる魔術師にアヤネとヴィクトルの状態を確認してもらおう』って話になってたじゃないですか。あの後、特に問題とかなかったんすか?」
『ああ、そういえばギルにはその辺のこと話してなかったっけ』
私はユーリスに確認してもらった今の状況をかいつまんで話した。
私が降霊術で呼び出されたのは間違いないらしいこと。私がヴィクトルの身体を乗っ取るような兆候はないこと。どうして私がいまだに憑依したままなのかは、術者本人でないと分からない部分が多いこと。
『ってことで、今は「次のお茶会が終わったら戻れる説」を信じてお茶会後の結果を待ちつつ、変な兆候が出てないかユーリスに経過観察してもらってる感じ』
「そうすか……アヤネにもヴィクトルにも厄介な何かが起きてないならよかったです」
いやまあ、現時点で十分厄介な状況だとは思いますけど、とギルは慌てて付け加えた。その通りだとは思うが、私もいまいち危機感が薄いので気にしないで欲しい。
『でも私がこっちで目を覚ます前の日に、何かあったんじゃないかって話は出てたんだよね。さっきギルの言ってた「誰かがヴィクトルの家に居て、スクロールを持ち出したのかも」って話は、ユーリスとアシュクロフトさんにも伝えとくね』
ここで三軒目の配達先に着いた。配達はこれで最後のようで、ギルはすっかりしぼんだ大きなバッグを縦に折って縛ると、輪になった部分を指に引っ掛けた。
「それじゃ、俺は戻りますけど、アヤネは次の行先に目星つけてます? ぶらぶら歩きたいってことでしたよね」
『ううん。これから決めるとこ。他に面白いところってない? さっきのモロー・レーンみたいなやつ。今日は地図を借りて来てるんだけど』
アシュクロフトさんから借りた地図を見せると、ギルは少し考えた。
「そうっすね……書くもんあります?」
私はヴィクトルの万年筆と、手帳に挟まっていた白紙の紙切れを渡した。ギルは地図を指さして説明しつつ、めぼしいスポットをメモしてくれた。
ついでに近づかない方がいい場所のおまけつきだ。スラム化しているエリアはもちろん、大きい駅にも変な連中がたむろしているので、一人で歩くのはお勧めしないのだそうだ。
「中央広場みたいな王城の近くは、取り締まりがしっかりしてるんでまだマシなんすけど、他は……やっぱ人の集まるとこには変なのも集まるんで。トラムの中にもスリが出るんで、気を抜かないで下さい」
(トラムでしっかり寝ちゃったこと、あるけどなー……)
あの時何事もなかったのは、ティモシーが一緒に居てくれたからなのかもしれない。改めてお礼を言いたくなってきた。
ギルは来た道とは違う道を通って孤児院に戻るようだ。住宅街の真ん中の、こじんまりした飲食店の集まる道をついて歩く。
この道をまっすぐ行くとトラムの通る大きい道に繋がっていて、その線路に沿って歩けば孤児院近くのトラム駅にたどり着ける。逆にこの道を反対方向にずっと行くと物騒なエリアに入るので、行かない方がいいとのことだ。
地図の目印として分かりやすいので、近場のトラム駅が見えるところまで送ってもらい、ギルとはお別れになった。
「じゃ、気を付けて」
『色々ありがとう! またね!』
またね(See you)という英語の別れの言葉が、もう会わないかもしれない相手との別れに当てはまるのかが、ふと気になった。日本語にそのまま訳すと、果たせない約束をしているような、微妙なニュアンスになる。
(でもまあ、お茶会で元に戻らなかったらまた会いに行くしね)
そう考えると、軽い約束を表す言い回しもしっくりくる気がした。
こっちに来た最初の夜も似たような挨拶をして別れたっけ。ギルとの別れはこういう感じでいいのかもしれない。
(さてと)
ギルの後姿を見送ってから、私は辺りを見回した。
トラム駅近くはスリや物乞いが集まりがちなので避けたほうがいい。その近くの路地も近づかない方がいい。となると、地図を眺めるのは見通しが良く、人通りがまばらにでもある場所が良いだろうか。
私は少し歩いて、見つけた街路樹の近くの縁石に身を寄せ、書いてもらったメモと地図を照らし合わせて次に行く場所を検討した。
体感だが、十八時までまだ時間がある。客に見つからないようアシュクロフト邸の自分の部屋に戻ることはできるが、屋敷の皆はお客の対応で忙しいに違いない。私のやることといえば明日に向けての英語の復習くらいだ。一人で練習してもあまり身にならないだろうし、せっかくだからもう一か所か二か所くらい、セイヴェルの散策をしていた方が楽しく過ごせるだろう。
幸い快晴で、日光と乾いた空気のおかげで昨日の雨の名残も早々に消えていた。
(あ……)
空を見上げたところで、街路樹の葉の影の間にきらりと光るものが見えた。瞬きをしても消えず、ふらふらと移動している。この蛍のような動きは、エレメントだ。
(大丈夫、大丈夫。普通は爆発しないって言ってたし)
エレメントは、木の高い位置をふよふよと漂っている。今までに見たエレメントとは違い、こちらに寄ってくる気配はない。
こういうときは見えないふりをするのがいいんだっけ。
私は手元の地図に視線を戻し、極力そちらを見ないようにした。そういえば、初めてユーリスと会った日、彼が魔術を使う時に近くを漂っていた光も木の近くをうろうろしていた気がする。あれがユーリスの言う所の「自然に生まれたエレメント」なのだろうか。だったら、怖がらなくていいはずだ。




