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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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79. 6日目⑩ 普通のエレメント

『うげ……』


 見えないふりをするのが遅かったかもしれない。地図の近くに小さな光が一つだけ降りて来ていた。「ちり、ちりりり、りり」という、私にとってちょっとした恐怖の象徴になってしまった音がかすかに耳に届く。


(見えないふり、見えないふり……。これ、やっぱ動きがおかしくない? 気のせい? どんなのが魔術師の作ったエレメントっぽくて、どんなのが自然なのか、見ただけじゃ分かんないよー!)


 もっと詳しく聞いておけばよかった。後悔しても後の祭りである。


 前みたいに軽く叩いてみたら消えたりしないだろうか? しかしあの時、私の手が当たった程度でエレメントが消えたのは「守護の魔法が掛かっていたせいかも」という話で、その魔法はあの日にはすでに弱まっていると聞いていた。そこからさらに二日経った今、前回と同じだけの効力を発揮するとは考えにくい。


——見えていない相手に危害は加えられません。

——見えたり聞こえたりした場合も、こちらが気づかないふりをすれば相手が諦めてやり過ごせることがありますよ。

 

 以前のユーリスの説明をもとに考えるなら、まだ見えないふりをする方がいい段階かもしれない。


 私は地図に集中して、気づかないふりを続けることにした。頃合いを見計らって、自然にこの場を去ろう。それでも追いかけてくるようなら一か八か、殴って消えるか試すしかない。それでも消えなかった場合は……。


「あれ? 魔術師ヴィクトル? あー、いえ、ひょっとしてまだ幽霊さんだったりします?」


 明確にこちらへ掛けられた声にびくっとして振り向くと、ひょろりとした青年がこちらを覗き込んでいた。


「……ティモシー!(......Timothy!)」


 ギルド員の服装に帽子、大きな書類鞄。そういえばこの辺りは、彼の巡回範囲の近くだった。


「あ、まだ幽霊さんなんですね。えっと確か、ア、ア……アニヤでしたっけ?」

「アヤネよ(I'm Ayane.)」

「アヤネ! そうだ、そうだ。すみません。僕、人の名前を覚えるのがものすごく苦手で」


 ティモシーはあはは、と少し気まずそうに誤魔化し笑いをした。きちんと話したのは一度だけなのだし、そんなものだろう。


 こんなところで何をしているのかと聞かれて、観光する場所に目星を付けていると簡単に説明する。彼の方は巡回が終わり、トラムでギルド本部まで戻ろうとしていたところなのだそうだ。


(相変わらず、ゆるっとした人だなあ)


 変わらない緩い話し方と態度にほっとする。ちらりと横目で見ればエレメントはまだ地図の近くを漂っているが、話し相手が出来たおかげで気がまぎれた。このままいなくなってくれ。


「あれ? キラキラさんがこんなところに……アヤネの魔術ですか?」

『えっ?』


 気づいていることに気づかれないよう必死になっていた私をよそに、ティモシーは躊躇うことなくエレメントに手を伸ばした。


「この光がこんな触れる場所にいるの、初めて見ました」


 未だ地図の上にいるエレメントをつつこうと指を伸ばす。エレメントはティモシーに触れられるのが嫌なようで、すいとその指を避けた。


「ティモシーにもエレメントが見えるんだ(Can you see the elemental too?)」

「え? ええ、まあ、はい。へー、これってエレメントっていう名前なんですか」


 ティモシーは避けられても頓着せず、蝶と戯れる仕草で光を追いかけ続けた。エレメントは「ちりり、ちりり」と小さな音をさせながらその追跡を躱す。言葉は聞こえないが、抗議をしているようにも見えた。

 嫌がっているようには見えるものの、爆発する気配がないことに私はほっとした。


 ややあってエレメントの方が根負けしたのか、「ちりり、ちりり」とティモシーの頭をつついた後、どこかへと飛び去って行った。最後のは明確に文句を言っていたような気がする。


「ありゃりゃ、いなくなっちゃいましたね」


 ティモシーがのんびりと言う。少し残念そうだ。その隣で私は大きく安堵の息をついた。


『はー……』

「あれ? ひょっとしてアヤネはキラキラさん、苦手なんですか?」


 ティモシーはきょとんとしている。同じくエレメントのことを知っていそうなティモシーがここまで無防備に触ろうとするということは、普通のエレメントは本当に無害なものなのだろう。ユーリスの言を疑っていたわけではないが、最初のインパクトが強すぎた。


「苦手っていうか……初めのときに見たやつ、変なケースだったらしくて、ちょっと怖いんだよね……。ティモシーは、あれをよく見るの?(It's not that I dislike it, but......the one that I saw at first was strange, so I'm a bit scared. Do you often see them?)」

「よくってほどじゃないですけど、小さい頃からたまに見かけましたよ。こんな近くで見たのは初めてですけど」


 近くで見たのは初めて? ということは、あんな風に近寄ってくること自体が「エレメントの変わった動き」なのだろうか? 私が見たエレメントは今のところ全部人に近寄ってきていたし、今回を含め、三回は触れる場所に来ている。


「普通のエレメントは人に近づいてこないの?(Elementals usually don't come close to people?)」

「うーん、人の頭の後ろとかにいるのは見たことありますけど、こっちから近づいたらすぐにいなくなってました。今日みたいに、触ろうとしてもしばらく近くにいたのは、これまでなかったんじゃないかなあ」


 その後に続く英語は上手く聞き取れなかったが、「物心つく前のことは思い出せないけど」みたいなことを言っているのだろう。


「ティモシーは魔術師じゃないの?(Aren't you a wizard?)」


 ドッピーに引き続き、エレメントもはっきり見えているようだ。皆には見えないものが見えるのが魔術師の才能なら、ティモシーはまさにその才能に恵まれているように思う。しかし「魔術師」ではなく「魔術師ギルド員」として働いているようなのは何故だろう?

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