77. 6日目⑧ ミステリー風味ファンタジー添え
ギルのお使いの内容は、下処理した食材の配達だった。近所のバーやレストランから手間のかかる食材の下処理を請け負っていたらしい。子供たちの夕食用の食材がやたらと多く見えたのは、依頼された食材が混じっていたせいだった。
丁度、住宅街に埋もれそうな小さな店の裏口が見えたところだった。ここが一軒目のお使い先だというので、先に配達を済ませてもらい、次の店へと歩きながら会話を続ける。
「ドリフィ・ローフを作りにヴィクトルの家に行ったあの日、俺とユーリスが一緒にキッチンから離れたことがあったの、覚えてます?」
言われて思い返してみる。確か下ごしらえの時に、ユーリスの手伝いでギルが席を外したことがあったはずだ。私が追いかけられたエレメントは何かおかしいという話になって、ユーリスが念のため魔術を掛けてくれることになった、あの時だ。
「全部の窓を閉めて鍵を掛けるってことで、最初はユーリスと一緒にヴィクトルの寝室に行ったんです。その時、ユーリスにちらっと聞かれたんすよね。『初めてアヤネに会った日、この家の玄関に鍵は掛かっていたのか』って」
『玄関の鍵?』
初めてセイヴェルで目を覚ました時、私はヴィクトルの寝室のベッドの上にいて、ギルとダニーが寝室の扉の向こう側にいた。二人は孤児院から通ってきたのだから、なるほど、あの日の玄関の鍵の状態を知っているのはギルとダニーだけだ。
『掛かってなかったの?』
「掛かってましたよ。ユーリスにもそう答えたんすけど」
ギルはどこか歯切れ悪く言葉を切った。
「でもその後、一階の窓を閉めてた時に……玄関横に、出窓あるじゃないですか。あそこの鍵が開いてることに気が付いたんです」
ヴィクトルの家の間取りを思い出してみる。ギルの言っている出窓にはすぐに思い当たった。ベティに初めて会った日、髪に飾られた大量の小花をどうしようか迷って、コップに入れて窓辺に飾った。ギルが言っているのはあの窓のことだ。
「その時はあんまり気にしてなかったんすよ。でもだんだん、おかしい気がしてきて」
どうしてあの窓の鍵が開いていたのだろう? 自分の家の掃除も滅多にしないヴィクトルだ。「空気の入れ替え」という概念があるかも怪しい。
夏場ならともかく今は春先、ここ何ヶ月かは窓を開けようとも思わない気温だったはずだ。魔術の作業場やキッチンからも離れた場所にある窓なので、習慣的に開けているとも思えない。何かの薬品や火を扱って換気が必要になったとしても、別の窓を優先的に開けるだろう。しかし二階の寝室を除き、他の窓はしっかりと施錠されていた。
「ヴィクトルって、結構戸締りを気にする人なんすよ。どっかに出かけるときも、外に出てしばらくしてから急に『鍵を閉め忘れたかも』とか言って、一旦戻って確認することもあったくらいで」
ここで二軒目の配達先にたどり着いたので、再び会話が中断される。配達を終えて戻ってくるのを待つ間に、ギルが言いたいことはなんとなく推測できた。
『つまり、私がヴィクトルの家で目を覚ます前に、家の中に誰かが居たってこと? その人が開いてた窓から出て行ったかもしれない、っていう』
「その可能性もあるかもしれないっすね。ただあそこは、色々ごちゃごちゃ物が置いてあるんで……俺は誰かが鍵を持って玄関から出て、開いた窓から鍵を中に放り込んだんじゃねえかなって考えてました」
私がヴィクトルのベッドで目覚めた日の朝、玄関の鍵は一階のテーブルの上に置かれていたそうだ。それ自体はたまにあることだが、位置的に開いていた窓から投げ入れられる場所にあったことが気になった。
「別に、ヴィクトルが酔ってたか何かで、友達か誰かが連れて帰ってたっておかしくはないんすよ。けど、ユーリスに『寝室の中で動かしたものがないか』とか、色々聞かれて」
ギルは私と同様、ヴィクトルの寝室で触ったものがないか聞かれた他に、簡単な魔法陣の様なものを見せられて、「これが書かれた紙や布の場所に心当たりがないか」と聞かれたそうだ。
(スクロールってやつだ)
私もこの間、ユーリスとヴィクトルの寝室を漁った時に探した、携帯用の魔法陣のことだ。私が探したときは、スクロール自体はいくつか見つけたが、どれも降霊術に当たるものではないとユーリスが言っていた。
「俺はそれ、見覚えがあったんです。デスクの一番大きい引き出しに入ってるやつに似てたんで。それで、引き出しを開けてみたんですよ」
貴族たちの降霊会にヴィクトルが参加する際、準備を手伝ったことのあるギルは、ヴィクトルが降霊術のために持ち出す道具をある程度把握していた。しかし過去に何度も急いで鞄に突っ込んだ覚えのあるスクロールは、ギルの知っている場所にはなかった。
「鞄に入ってないかも探したんすけど、やっぱりなかったんすよね。ユーリスと話して、これ以上考えても分からないってことで、あの日の探し物は終了になったんですけど……」
ドリフィ・ローフの食事会が終わってしばらくした後、日常生活を送る中で、「ヴィクトルがアヤネを憑依させる前に、誰かと一緒に居たかもしれない」という推測と行方不明のスクロールが、ギルの頭の中で結び付いた。
「もし、……本当にただの推測なんすけど、もし、アヤネが取り憑く前にヴィクトルの家に来たやつが本当に居るなら、そいつがその魔法陣を使って、ヴィクトルとアヤネに何かしたってことも考えられるんじゃねえかなって……」
(うおお)
ヴィクトルではなく、知らない誰かに魔術を掛けられて、一週間近く元に戻れていない状態かもしれない? 話がホラーっぽくなってきた。
「……すんません、考えすぎっすかね。俺、割と探偵小説とかが好きで……」
『ううん。すごい推理だと思う』
ちょっと整理しよう。
手帳の記述から、私がセイヴェルで目覚めた日の前日、ヴィクトルはお茶会(手帳では「お茶会?」とクエスチョンマークがついていた)に参加していた。お茶会では降霊術の披露を望まれることがあるので、ヴィクトルが降霊術のスクロールを持って行ったとしてもおかしくはない。
ここで今現在のヴィクトルの寝室の状態に疑問が残る。お茶会(?)からヴィクトルが帰ってきているのに、手元に降霊術のスクロールが無いのは何故だろう?
ギルがヴィクトルの降霊術の準備で同じスクロールを何度も見たなら、一回使い切りの消耗品ということもないはずだ。ユーリスの話によれば私が降霊術でヴィクトルの身体に憑依していることはほぼ間違いがない。
ヴィクトルが私を憑依させた術者だとすれば、私を呼び出した降霊術のスクロールが、私の目覚めた場所で見つからないのはおかしい。ユーリスの現場検証の結果、スクロールを使わずに降霊術を使った形跡もないという話だった。
降霊術が、術者の意識を憑依した霊に明け渡す術なら、ヴィクトルが私に知られずスクロールを持って行くこともできないはずだ。つまりその場に、スクロールを持ち出すことが出来る別の人間がいたということで……。
『うわ、そう考えるとめちゃくちゃ陰謀っぽくない? ミステリーっぽくない?』
ちょっと興奮してきた。
「あんたのそういうとこ、マジすげーっすよね……」
ギルは珍獣を見る目でこちらを見た。そんなに尊敬されると照れちゃうな。




