75. 6日目⑥ 「本当に、戻れると思ってます?」
(ユーリスは何て言ってたっけ?)
確か、「私が降霊術でヴィクトルの身体に憑依しているのは間違いない」と言っていた。それから、「私が霊以外の何なのかはユーリスにもよく分からない」とも言っていた。
(ユーリスが言うには、「普通の霊なら時間と共にだんだん弱っていって、精神状態が良くない状態になる」ってことだったよね)
今の状態になって六日経つが、私の精神状態はいたって健康だと思う。周りとも普通に会話が出来ているので、「自覚がないだけで実はおかしくなっている」ということもないだろう。であれば、やっぱり、幽霊ではないのかもしれない。
一昨日のヴィクトルの部屋の痕跡確認の結果、ユーリスがどういう結論を出したのかも、そういえば聞きそびれていた。
ヴィクトルの部屋に降霊術の痕跡がなかったことは分かっている。ユーリスからアシュクロフト氏には書面で結果を伝えると聞いていたが、もうアシュクロフト氏に届いているのだろうか? 同じ日にオドの測定も行ったが、結果はどうだったのだろう?
(我ながら呑気すぎ? でもなあ……)
ヴィクトルの家のベッドで目覚めて以来、特に差し迫った危険を感じていないのだ。生活にも、言葉にはちょっと苦労したが不自由はしていない。ギルとダニーという親切な友達が最初からそばに居てくれて、そのあとはヴィクトルのお兄さんが生活面の面倒を見てくれた。
エレメントが爆発した時や追いかけられた時は怖かったが、その場ですぐに解決している。体感的にも魔術的にも、身体に何か異常があるわけでもなさそうだ。一昨日の調査結果は知らないが、もし何か問題があったなら、ユーリスがきちんと言ってくれていると思う。
唯一引っかかるとしたら、あの金髪の少年のことだが——
(あ、やば……)
頭痛の気配を感じて、慌てて考えるのを止めた。皆の前で倒れるわけにはいかない。
「家族とか友達とかのこと、覚えてんの?」
ダニーの声で、考え事から引き戻された。
「ああ、うん。覚えてる覚えてる(Yes, yes, I remember.)」
ダニーは、私が記憶喪失か何かだと思っていたらしい。そう言えば最初に会った時「何も覚えてない霊じゃないか」みたいな話をしていた気がする。家族や友達の話も、ダニーにはまだしたことがなかった。
「それに、死ぬをした記憶ないんだよね。だから、まだ生きてるとは思うんだけど(And I don't have any memory I died. So, I think I'm still alive.)」
その場合、「死んでないのに降霊術で呼ばれるとは」という話にはなるけれど。
(考えても仕方ないし)
お茶会の後どうなるかは分からない。何も起こらない可能性だってある。だったら都合よく考えていたほうがいい。
出来ればお茶会終了と共にヴィクトルの身体から離れて、二十一世紀の日本で目覚めるのが理想だ。戸松絢音の身体で、夢から覚めるみたいに。
「なら、また遊びに来れる?」
ベティがはにかみながらそう聞いてくれたけれど、そんなことが可能なのかは私にも分からなかった。
「はいはい、休憩はおしまい! 夕食までにもう一息頑張るわよ!」
ギルがシャワーから戻ってきて、クッキーを渡したところでラナが子供たちに号令をかけ始めた。
「ラナ、なにか手伝うことある?(Lana, can I do anything?)」
「今はお願いしたいことはないわね。今日で会えるのは最後かもしれないんでしょ? ギルとも話して来たら」
ギルはと言えば、クッキーの追加をねだる年下の子供たちに囲まれていた。ベティと同じ年か少し下くらいの子たちだ。
「ジム、マリア、パット、ジェニー! そのクッキーはギルのなんだからダーメ!」
「いいよ、ラナ。ほら、分けてやるから、お前ら俺の代わりに豆と芋を頼むぞ」
「ええ~? 少なーい!」
「文句言うな」
ギルは一枚目のクッキーを咀嚼しながら、もう一枚を四つに割って子供たちに分けてやった。子供たちは口々に文句を言ったが、楽しそうに笑っている。きゃらきゃら声を上げながらクッキーの欠片を口に放り込むと、素直に料理の下ごしらえに戻っていった。
(この光景もよく見たなあ)
ギルは年下に強請られるたびに食料を分けている気がする。ギル自身、育ち盛りだろうに、大変だなあと思った。兄弟がいるとこんなものなのだろうか?
『もうちょっと持ってくればよかったね』
「十分ですよ。あいつらが遠慮ってもんを知らねえだけっすから」
しっかりその耳に通訳魔術のイヤーカフが付いていることを確認し、手に触れながら話しかけると、ギルは苦笑した。十五歳とは思えないくらい年上に見えるのは、何も見た目だけのせいではないのだろう。
「明日には例のお茶会なんですっけ。あっという間っすね」
『だねー。本当にお茶会が終わったら、元に戻るといいんだけどな』
苦笑いしながら言うと、ギルはふと真顔になってこちらをじっと見た。
「……本当に、戻れると思ってます?」
『え?』
その時、談話室にシスターが駆け込んできた。焦った様子でギルとラナを呼ぶので、呼ばれた本人たちだけでなく、周りの子供たちも振り返る。
「何かあったんすか、シスター」
ギルは私とつないでいた手を離してシスターに近づき、そのままギルとラナとシスターの三人で、早口の相談を始めた。私はぽかんとそちらを眺めた。自力で聞き取る努力は数秒で諦め、同じようにぽかんとしているダニーを見つけて声を掛ける。
『ねえ、何かあったの?』
「えーっとねー、んー……」
ダニーは年長者たちの話し合いをしばらくじっと聞いていた。私の耳にも断片的に分かる言葉はあるが、意味のまとまりとしては追いきれない。「アヤネとヴィクトルは別の人」みたいなことを、ラナとギルが説明しているのだけ聞こえた気がした。
「客が来るって」
ダニーが顔を上げて言った。
『お客さん?』




