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異世界&ギークス  作者: 弥乃
1章 初めの一週間

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74. 6日目⑤ 結局私はなんなのか

 ティモシーは現在巡回に出ているのだそうだ。ギルドに戻ってくる時間は日によってまちまちだが、場合によっては夕方を過ぎるらしい。

 私たちの後の予定に差し支えるので、魔術師ギルドで待つわけにはいかないと、ヘレナはおおよその巡回範囲を聞いてきてくれた。


「東街の孤児院への方向と一緒、よかったね(It's good for us that the area is in the same direction to the East-town orphanage.)」


 巡回場所はヴィクトルの家周辺。孤児院は微妙に巡回範囲から外れているが、今いる魔術師ギルド本部から見ればおおよその方向は同じと言える。

 会えるかどうかは未知数だが、会えたらいいなという希望を込めて、多少回り道をしながら孤児院に向かうことにした。



 

 結局、担当巡回範囲の近くを歩いてもティモシーには行き会うことはなく、そのまま孤児院にたどり着いた。


「よっ、アヤネ! ギルも丁度戻ってきてるぜ」


 ダニーに出迎えられて孤児院の談話室に入ると、馴染みのある四人に加えて、会ったことのない子供たちが何人かいた。半分は大きなテーブルに集まって、豆の筋取りや芋の皮むき、奥の方ではナッツらしき何かの殻割りをしている。夕食の仕込みだろう。大所帯は大変だ。


 彼らは入ってきた私たちをちらりと見たが、特に興味を持つこともなく、おしゃべりをしながらそれぞれの作業に戻っていった。


「アヤネ。すんません、今汚れちまってて」


 部屋の端で何やらラナと話していたギルが、珍しくこちらの手に触れないまましゃべった。通訳魔術を通さないギルの声を久々に聴いた気がする。


「何、ギル、急に日焼けした?(Wow, Gill, did you get tan?)」

「日焼けじゃねえっすよ」


 苦笑しながら言うギルは、全身煤まみれだった。いつものシャツとズボンではなく、固そうな生地の作業服を着ている。今日は肉体労働の日だったらしい。


「俺はちょっとシャワー浴びて、着替えてきます。ダニー、ヘレナになんか用があるんじゃなかったか?」


 すれ違う際に、ギルの耳元に通訳魔術のイヤーカフが付いていないことに気づいた。会話の補助はダニーに頼んでくれということだろう。


「あー、そうそう! アシュクロフトさんのとこから使いが来てたんだよ。ヘレナが来たらこれを渡してくれって」


 ダニーから渡された書付には、すぐに屋敷に戻ってくるようにという旨の伝言が書かれていた。流麗な筆記体すぎて私には読めなかったが、急な来客の予定が入ったと書いてあるらしい。


 私に対しては、「客との対話の実践を積みたければ帰りは十八時までに、正面玄関から入るように。礼装必須」とのメッセージが書かれていた。今着ている服ならぎりぎり及第点だろうが、見ず知らずの客に挨拶するメリットはあまりない。客に会いたくなければ、十八時まで正面玄関は使わない方がいいという意味だろう。


 そんなわけで、ここからはヘレナと別行動をとることになった。長距離を歩いたばかりなのに、休憩もなしに戻っていくヘレナの背中を見て、ついリアルな職業としてのメイドの過酷さに思いを馳せてしまう。日本人のイメージするメイドさんは、ひたすら可愛さとロマンを詰め込んだ感じだったが、現実は相当違うようだ。


「これ、お世話になったみんなへのプレゼント。院の皆で食べてよ(This is a present for you all. Please enjoy it.)」


 気を取り直して、私は院の皆に一番大きいクッキーの包みをプレゼントした。運んでいる間に多少端が欠けてはいたが、素人の包装なのでご愛敬だ。


「うわっ、クッキーじゃん! すげー! いっぱいある!」

「すごいじゃない! こんなにもらっていいの?」

「もちろん。こないだ泊めてもらったことのお礼もだから、よかったらシスターにも渡して(Of course. This is a present in return for the stay here before, so give some to Sister too if she likes them.)」


 ダニー、ラナ、ベティも含め、その場にいた他の子供たちも歓声を上げた。これほど喜んでもらえるなら作って来た甲斐がある。


「ね、アヤネ。一人、何枚?」

「二枚は食べていいよ(You can have two.)」


 ベティにそっと聞かれて、屈みながら答える。人見知りのこの子ともずいぶん打ち解けた。


 大きな包みの中に大量に詰めたと思ったクッキーは、子供たちが群がるとあっという間に無くなってしまった。

 年齢はばらばらだが、皆十代前半より下に見える。元気で遠慮がなく、食欲旺盛。ギルが激安の鶏ガラに目がくらんで、深く考えずに買ったのにも納得がいく。この様子なら、食料はいくらあっても足りないだろう。


「泊めてもらったお礼、か。あんたもマメよね」


 ラナが私の近くにやってきた。指揮を取っていた食材の下ごしらえは休憩にしたようだ。全員にクッキーが行き渡るよう横目で注意を払いつつ、その場にいない子供たちとシスターの分のクッキーを避難させるのも忘れない。


「ん、おいしい。あんたの家のレシピ?」

「うん、そんなとこ(Yes. Something like that.)」


 正確にはSNSで見かけた簡単レシピだが。ともあれ料理の得意なラナのお墨付きは嬉しい。


「明後日にはセイヴェルにいないかもしれないからさ。元々、一週間でヴィクトルの身体から出ていくかもって話だったの。だから今のうちに、出来るだけたくさん、ありがとう言いたいなと思って(I might leave Seivel the day after tomorrow. I heard I might leave Victor's body in a week. So, I want to say thank you as much as I can.)」


 せっかくアシュクロフト氏からお小遣いを貰ったことだし、と言うのは口に出さずにいた。お金の話をするとラナやギルがまた気にしてしまう。


「もう帰るの? あっという間ね」

「だねー(Right.)」


 旅行ってそんなものだ。物足りないぐらいがちょうどいい。最後に「楽しかったなあ、また行きたいなあ」で終わるならパーフェクト。


 今回の旅行で観光っぽいことを出来たのは全日程の半分くらいだったが、もう半分では英語を学び、友達と遊んだ。全体的に充実した一週間だったと思う。


「アヤネ、もう国に帰っちゃうの?」

「そうなの?」


 ベティの声に、他の友達と話していたダニーもこちらに寄ってきた。


「多分ね。代わりに、ヴィクトルが戻ってくるよ(Maybe. Instead of me, Victor will be back.)」

「そっかー……」


 分かりやすく寂しそうな顔をするベティと、複雑そうな顔に少しの寂しさを滲ませるダニー。仲良くなった子たちに別れを惜しまれるのは嬉しい。私は二人の頭をぽふりと撫でた。


「ま、国に戻れるなら、アヤネにとっては悪いことじゃないわよ。家族とか友達とかが待ってるんだろうしね。笑って送り出しましょ」

「ん」


 慰めるラナに、ベティは素直にうなずいた。一方、ダニーはちょっと首を傾げた。


「結局さー、アヤネは霊じゃなかったってこと? 普通に生きてて、ヴィクトルと入れ替わりに国に帰れるの?」

「いやー……どうなんだろ?(Well, I'm not sure....)」


 そのあたりは結局、分からないままだ。

他の制作活動に注力するため、9月から更新頻度を週一(金曜日固定)に変更します。

次回の更新だけ9/4(金)→9/7(月)になります。

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