72. 6日目③ クララとの別れ
「クララ! 忙しいんじゃなかったの?(Clara! Aren't you busy?)」
「大丈夫よ。来てくれて嬉しいわ」
クララはいつも通りの様子で歓迎してくれた。今日も独創的なドレスを纏っている。
ドレス自体は首元まで布で覆っている保守的なデザインで、色味もトーンが暗め。そこに大ぶりのアクセサリーを付けることで、アクセサリーの持つ華やかさが引き立つ。今まで見た中で一番シックな装いだ。
「今日は雰囲気の違うドレス、いつも通り素敵。これもクララがデザインしたやつ?(I like your dress today, as usual, but it looks like different style from what you usually wear. Is this one you designed as well?)」
「あら、ありがとう。そうよ、これはずいぶん前に仕立てたもので……アヤネって本当にドレスが好きなのねえ」
もちろん好きだ。ドレスもそうだし、お洒落なものは見ていて気分が上がる。
「お客さん、放っておくいいの?(Is it okay that you leave your guest?)」
「ええ。今、彼はユーリス様とお話をされているの。わたくしは暇になったから、その間にアヤネと少しだけでもお話しできるかしらと思って来たのよ」
やっぱり忙しいんじゃないか。以前、私がユーリスと面会した時と同じなら、クララは客とユーリスの話が終わる頃には戻って、屋敷の主人として客を迎える流れになるはずだ。
「わざわざありがとう! 私、ひょっとしたら多分、明後日にはセイヴェルを離れるかもしれないからさ、挨拶しに来たの(Thank you so much for coming to see me! Perhaps, I might leave Seivel the day after tomorrow, so I came here to say goodbye.)」
「まあ、そうなの?」
そう言えば、クララにはヴィクトルの降霊術の期限が云々という説明はしていなかった。ヴィクトルの魔術で今の状態(ヴィクトルの身体に私が憑依した状態)になっていることはアシュクロフト氏が軽く説明していたが、その後のユーリスの見立てについては何も話していない。
私は改めて、ヴィクトルの降霊術が明後日には効果を無くすかもしれないことを伝えた。
「ユーリスにも細かいことは分からないらしいから、ただの……仮定していること?なんだけどね。ひょっとしたら多分、来週も変わらず普通にいるかもしれないし(I heard that Yuris also doesn't know details about Victor's magic, so it's just a ...... assuming. Perhaps, I might stay here next week with no change.)」
我ながらなんとも中途半端な状態である。
「まあ、そうなのね。せっかくお友達になれたのに、寂しくなるわねえ」
「あたしもだよ~!(Me toooooo!)」
仲良くなれたばかりだというのに、すぐにお別れは寂しい。もっとクララのドレスやコスメの話を聞きたかった。古き良きジャポニズム時代(結構前、セイヴェルに日本文化ブームが来ていたらしい)を参考にしたドレスをデザインしてみたいと言っていたから、それも見てみたかった。
「アヤネの国は日本だったわよね。本当に遠い場所だけれど、また遊びに来て欲しいわ」
ほぼ不可能に近い話なので、私は何も答えなかった。実際は距離どころか時代も遠いのだ。
「あはは、ありがとう。これで明後日に全然戻れるしてなかったら、ちょっと恥ずかしいけど(Well, thank you. If I won't go back my country the day after tomorrow, it's kind of embarrassing.)」
「そうしたらまた遊びに来て頂戴よ。ああ、そうだわ、アヤネに渡したいものがあったの。ちょっと待っていて」
使用人が動こうとしたのを止めて、クララは自分の脚で別室に何やら取りに行った。プライベートな場所に置いてあるらしい。
しばらくして、クララが持って来てくれたのは、細くて小さなはさみだった。
「これ、眉切ばさみだ!(Oh, it's mayukiribasami!)」
私が二十一世紀で使っていたような百均のチープな造りではなく、小さいながらしっかりと厚みのある鈍色の金属で出来ている。細い軸に細工が入っていてかっこいい。小洒落たアンティークショップで売っていそうだ。
「前に、眉のお手入れ道具が見当たらなくて困っているって言っていたでしょう? 餞別に持っていきなさいな」
「いいの!? ありがとう!(Are you sure? Thank you!)」
なんと小さなブラシまで付いている。この二つがあれば、ずっと気になっていたヴィクトルのもさもさの眉毛を綺麗に出来てしまう。
クララははさみとブラシを布のケースにしまって手渡してくれた。
「このデザインかっこいいね。私がここから居なくなるしたあと、ヴィクトルにも使ってもらえるように、使う方法のメモ、作っとこう(I like the design. I'll make a memo how to use it for Victor so that he can use it after I left here.)」
明後日に元に戻る場合、私がこの眉切ばさみを使えるのはお茶会前くらいだ。宝の持ち腐れにするのももったいない。差し出されたそれを大事に鞄にしまいながらそう言うと、クララは「じゃあ次にヴィクター様にお会いした時は、ちゃんと眉の手入れをしているか、わたくしがチェックするわ」と笑った。初対面のクララに急に眉をチェックされるヴィクトルの図を想像するとおかしくて、私も笑った。
と、部屋の外からやってきた使用人が、焦った様子でクララに何か耳打ちした。私と主人との会話が途切れるタイミングを待っていたのかもしれない。
内容を聞くなり、クララは顔色を変えてさっと立ち上がった。
「ごめんなさい、アヤネ。わたくし、急いで戻らなくちゃ。あなたはゆっくりして行って頂戴ね。お茶も用意させるわ」
「お客さんでしょ? 私、気にせず行って。私はすぐに帰るよ。他の場所にもお別れを言いに行うしなければだからさ(Your guest must be calling you, right? Don't mind about me. I'm going to leave now. I must go to say goodbye to other friends.)」
私は鞄からクッキーの包みを取り出し、書いたばかりのメッセージカードをクララに手渡した。
「これ、私が作ったクッキーなの。クララのと、こっちはユーリスの。いろいろ、本当にありがとう!(These are cookies I made. This one is for Clara, the other is for Yuris. Thank you for everything!)」
クララは包みを受け取ると、ぎゅっとハグをしてくれた。
「元気でね、アヤネ。また会いましょう」




